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「すごい霧だな・・・ なんにも見えない・・・」
ケイイチが言うと、前を歩いているタマキに言った。
「ああ・・・ はぐれないようにしないとな?」
二人は、コトコに縄を解かれた後、社務所の応接室から抜け出したのだ。入り口には村人が二人、座ったまま、死んでいるかのように眠っている。途中、タマキが床に置いてあった壺をひっくり返してしまったが、まるで気が付かずに眠ったままである。もしかしたらコトコがこの部屋に入る為、先程二人に施した何かを使ったのかもしれない。そして社務所を抜け出した二人は、社務所の壁をつたいながら、ようやく切取神社の境内から抜け出したのだ。が、この濃霧の中、どこへ行ったらいいか分からない。
「やっぱ、コトコさんと一緒に行った方が良かったかな?」
ケイイチが言うと、
「かもな。」
と、タマキが言葉少なげに答えた。神社の裏手の小山を越え、霧の中この場所迄来たのだ。
二人は一件の朽ちた平屋に辿り着いた。二人は恐る恐る中へ入ろうと、木製の引き戸を引いてみた。ミシミシと音がして、ようやく引き戸が開いた。
「立て付けが悪いな・・・」
ケイイチが引き戸を戻しながら言う。そんなケイイチを横目に、タマキは霧の入り込んだ部屋の中を探索している。家の中は、外に比べればそんなに濃い霧ではないが、少し薄暗い程度である。
「何探してるんだ?」
ケイイチが、ようやく引き戸を閉じて言った。
「いや・・・ 何か使える物がないかなと思って・・・」
不思議な事に、その家は既に人が住んでいないにもかかわらず、妙に色々と揃っているように見える。確かにホコリがかぶり、あちらこちらに蜘蛛の巣が張ってあるなどしているが、タンスやテーブル、それに鍋等の調理器具。食器等は散らばっているものの、まるで、夜逃げでもしたかのように生活の跡が見え隠れしている。
「なんだか気持ち悪いな・・・」
ケイイチが思わず身震いする。
「あったっ! これは使えるかも。」
タマキが長めのロープを見つけた。工事現場等でよく見る黒と黄色のロープである。
「お前も何か探せよ? あまりかさ張らない物がいいぞ?」
タマキがケイイチに言うと、ケイイチは言われるまでもないとばかり、何か色々と探っている。
「タマキ、これなんか使えないか?」
錆びた包丁をタマキに見せる。
「やめとけよ。もっとお手頃なのがあるだろう?」
タマキが土間の片隅に目をやった。そこには木製のバットが転がっている。
「バットか・・・ ってあるの知ってたなら先に言えよ?」
ケイイチがバットを手に取った。古いが使えそうである。ケイイチがそれを振っていると、部屋の奥で物音がした。
「っ!」
「っ?」
二人の息が一瞬止まった。二人は物音がした一点に視線を集めた。そして、一回お互いに顔を見合わせて頷いた。
「だ・・・誰かいるのか?」
タマキが恐る恐る呼び掛ける。ケイイチは手にしたバットを構えている。
返事は無い。
「気のせいかな?」
ケイイチが言う。
「いや・・・ 確認しよう!」
タマキが慎重に言う。
二人はゆっくりとゆっくりと、物音がした方へにじり寄った。
「待ってくれっ!」
突然、声が響いた。
「っ!」
「っ!」
二人は驚いて歩みを止めた。
「誰だっ?」
ケイイチがバットを振りかぶった。
「待て・・・ ケイイチ。」
タマキが制止すると、物陰に隠れていた人影が立ち上がった。
「・・・あんたは・・・?」
タマキが思わず呟く。
物陰に隠れていたのは、あのサングラスの男だったのである。男はゆっくりと物陰から出てきた。そして二人の顔を見回した。
「君達がショウゴ君の友達か・・・? どうしてこんな所にいるんだ? てっきり捕まっているものだと思っていたが・・・」
「なんでショウゴを知ってるんだっ?」
ケイイチがバットを握り直す。
「ショウゴをどうしたんだっ?」
タマキが、いつの間にか手にしていた長めの角材を構える。
「ちょっと待ってくれ。タマキ君とケイイチ君だろう? 君達を助けに来たんだよ。僕は佐伯ケンジロウ。ショウゴ君も君達を助ける為に後から来るよ。」
ケンジロウはそう言うと、その場に座り込んだ。そして、状況のよく飲み込めていない二人に向かって、改めて言った。
「どっちがタマキ君で、どっちがケイイチ君だい?」
そう言われて、二人はようやく落ち着きを取り戻した。少なくとも危害を加えられる心配はなさそうである。それでも少しばかり警戒しながら、二人は自己紹介をする。そして、生け贄に選ばれて拉致された事、それをなぜかコトコが助けてくれた事等の経緯を話した。
「そうか・・・ しかし・・・なんで君達を逃がしたんだ? 大事な生け贄だろうに・・・」
ケンジロウが首をかしげる。
「・・・もしかしたら・・・」
と、家の外で声がした。村人達だ。何人かいるようである。三人は息を殺して様子を窺う。
「コトコ様を見なかったか? 先程から神社で姿を見ないんだけどな・・・」
「そういえば見てないな・・・ もうすぐ『マツリ』の時間だし・・・ まあそんなに遠くへは行っていないと思うから、何人か集めて探してみるか?」
「そうだな? 何年か前にも儀式直前までミソギとか言って、お屋敷の大浴場にいた時もあったしな? あの時はギリギリで間に合ったけど、霧原のじいさんに大目玉くらってたし。」
「じゃあお前とお前はコトコ様のお屋敷に行ってきてくれ。俺達はこの辺りの家をあたってみるから。」
「っ!」
「っ?」
そんな会話を聞いていた三人は、かなり焦りながらも、物陰にそっと移動した。取り合えず、生け贄の二人が逃げ出した事はバレてはいないようであったが、
「おーいっ! 生け贄がいないぞぉーっ!」
と、怒鳴り声がそんな希望を打ち壊した。
「探せぇーっ! どのみちこの村からは出れんのじゃっ! 必ず探し出して、切取様の前に差し出すのじゃっ!」
霧原の声が響き渡る。それと同時に、
「ごおおおおおおお・・・」
と、強い突風が吹き荒れ、大勢の人間が走り出す音が聞こえた。
「まずいっ! 早く逃げようっ!」
ケンジロウが二人に促す。物陰から様子を窺いながら静かに身を乗り出そうとした。
「待ってっ!」
タマキがケンジロウを引き止める。
「どうした? このままじゃまた捕まってしまうぞ?」
ケンジロウが振り返る。するとタマキが天井の角を指差した。そこには、二人が拉致された時にあった例の目玉が二つ、部屋の中をキョロキョロと見回していた。まだ、気付かれてはいないようである。
『なんだあれは?』
ケンジロウが声を潜めて言う。
『さっきも見た・・・ あれで俺達を監視していたんだ・・・』
ケイイチが声を殺して答えた。
『あれがいなくなってから動いた方がいい・・・』
タマキが、目玉に視線を向けたまま言った。
『以前来た時はあんな物はいなかったが・・・ 今年は色々とおかしな事が起きているな・・・』
ケンジロウが、何かブツブツと独り言を言っている。
確かに今回の『マツリ』は何かがおかしい・・・
今迄、この村に入ってきたヨソモノは例外なく生け贄の印を押され、必ず儀式でその命を断たれていた。が、今年は三人の中の一人が未だに印を押されずにいる事。
殺される時でない時に人間が死に、『マツリ』の日が早まった事。『マツリ』の日取りがずれる事等、今迄ありえない事であった。
捕獲した生け贄を、『マツリ』の直前にコトコが何故か逃がした事。そして、それを探す大きな目玉。
そして何よりも、トシヤがいない事。今迄は『マツリ』が始まる前に霧原の家を抜け出して、六十年前の惨劇を繰り返す。それが儀式である。その時、生け贄の数だけを殺さず、逃げ切った村人が成仏出来る。が、『マツリ』迄、あと十分程度しかないのだが、いまだ姿を見せない。それどころかその気配すら感じられない。と、
「ここにおったか・・・ この村から逃げられると思ったのか・・・?」
霧原の声が聞こえた。
「えっ・・・?」
三人が一斉に声のした方を見る。朽ちた格子窓の隙間から霧原が覗き込んでいた。そして『ガラッ』っと勢いよく扉が開いた。そこにはサヨコを先頭に十数人の村人達が立っていた。
「どうやって逃げたか知らないけれど、もう逃げられないわよ?」
サヨコがにんまりと、耳迄裂けそうな程に口元を歪め笑っている。
「うわ・・・ 口裂け女だよ・・・」
ケイイチが後ずさりしながら呟いた。
「さあ、生け贄を捕まえるのよっ!」
サヨコが叫ぶと、後ろに控えていた村人達が、待ってましたばかりにジリジリと三人に寄って来る。
「そう簡単に捕まるかってぇーのっ!」
タマキが握りしめた錆びた鉄パイプを振り上げた。それを見たケイイチも持っていたバットを握り直し、
「捕まえられるもんなら捕まえてみろっ!」
と、ケンジロウの前に出た。
「いくら足掻いたところで、所詮は生身の人間・・・ だが時間も無い・・・ 早く捕らえて、切取様に捧げるのだっ!」
格子窓から覗く霧原が、激しく村人を急き立てる。その声と同時に、人の声とも風の音ともいえぬ『おおおおおぉぉぉぉぉ・・・っ!』と、大きな音が響き渡り、村人達が一斉に三人に襲い掛かった。
続く




