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霧鳥村忌憚  作者: 睦未
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 夜が明けて、辺りが白けてきたのは分かった。が、相変わらず濃霧が村を包み込み、一寸先も見えないような状態が続く。こんな状態で霧原トシヤに出会ってしまったら、まず 無事ではすまないであろう事は容易に理解出来る。

「ショウゴ君っ! そんな闇雲に走っては危ないぞっ!」

 姿は見えないが、背後からケンジロウの声が追いかけて来る。そんなケンジロウの声にショウゴは、後ろも振り返らずに走りながら言った。

「ケンジロウさんは先に行ってて下さいっ! 俺は後から行きますっ!」

「馬鹿をいうなっ! 大体、どこへ行こうというんだっ?」

「湖ですっ! 湖に行って、あと二つの人形の頭を取ってきますっ!」

「っ! この霧じゃ無理だっ! どこにあるかだって分からないんだろうっ? 一緒に切取神社へ・・・っ!」

 ケンジロウの声が少しずつ小さくなっていく。それでも構わずにショウゴは走ったまま叫んだ。

「大丈夫っ! あとで切取神社で・・・っ!」

「・・・っ!」

 ケンジロウの声が聞こえなくなった。何かを叫んでいるようであったが、周りの霧によってかき消されるように聞こえなくなった。それでもショウゴは走った。

 不思議と道が分かる。濃霧で見えない筈の道が、何故だか知らないが分かるのだ。しかも、自分が間違いなくダム湖へ向かっている事が分かるのだ。だが、それを不思議に感じる前に、とにかくダム湖へ向かって走った。

「待ってろよっ! タマキっ! ケイイチっ!」

 ショウゴは、そう叫ぶと勢いよく飛んだ。

 一瞬、ショウゴの身体が宙に浮いた。次の瞬間、ショウゴは勢いよく湖に飛び込んでいた。激しい水音が響き渡り、水柱が勢いよくあがる。

「プハーッ!」

 一度、水面に頭を出して、深呼吸をする。水面は霧に隠れているので場所の把握が出来ない。ショウゴは思い切って水中に潜り込んだ。そして目を開ける。

『いけるっ!』

 ショウゴが目を開けた先には、昼間見た時のように、限り無く透明な水中の 中に浮かび上がる『本物』の霧取村の姿があった。

『あそこは・・・っ!』

 見覚えのある建物が見えた。三人がこの村に来て、初めて見た家。雨宿りをしたあの民家である。ということは、ここが村の入り口にあたる場所であるということだ。

『よし・・・』

 ショウゴは場所を確認して、一度水面に顔を出す。そして、思い切り息を吸い込み、再び水中へと潜り込んだ。

『ここが入り口なら・・・』

 ショウゴは水中で、キョロキョロと辺りを見回した。遠くにうっすらと見える建物の影。それはもはや朽ち果て、半分崩れているが間違い無かった。

『コトコさんの家だ・・・ という事は、神社は・・・』

 ショウゴは、昼間歩いた道のりを懸命に思い出そうとした。

『あっちか・・・?』

 鳥居が見える。間違い無い。今迄いた、あの村と全く同じ配置である。

『よし・・・!』

 ショウゴは再び、水面に頭を出した。相変わらず濃い霧が周囲を取り囲み、まるで周りが見えない。が、ショウゴは構わずに息を吸い込み、水中へ勢いよく潜った。神社の鳥居迄、結構な距離があるが、それでもショウゴはがむしゃらに泳いだ。不思議と息が苦しく無い様に思える。ショウゴは一気に鳥居迄泳いだ。


『切取神社』


 鳥居の扁額に、確かにそう書いてある事を確認した。ショウゴは、腐りかけた鳥居をくぐり、未だ形を残している本堂の脇、例の小さな御堂を探した。

『あった・・・』

 本殿の脇にひっそりと建っている。昼間は恐くなって、ろくに確認しなかったが、間違い無くあの御堂である。御堂はかなり痛んでいるが、それでも形は残っている。

 ショウゴは、今度は迷い無く御堂の近く迄泳ぎ、そして格子戸の中を覗き込んだ。

『・・・あれ?』

 人形が無い。ショウゴは水面に頭を出した。

「・・・なんで無いんだ・・・? あっちの御堂には確かにあったのに・・・」

 そう呟いて、再び潜る。やはり御堂は見当たらない。

「ぷはぁーっ!」

 ショウゴは水面に上がり、思い切り空気を吸い込んだ。

「なんで・・・っ? なんで無いんだっ?」

 考えれば考える程に、訳が分からなくなる。そればかりかずっと泳いでいたので、かなりの体力の消耗を感じていた。

「くそ・・・ 早く見つけないとあいつらが・・・っ!」

 ショウゴは思わず吐き捨てる様に言った。と、遠くの方で何かが湖に入って来るような音がした。視界が悪いので、視認する事は出来ないが、確かに何かが泳いでいるような音がする。

 ショウゴは息を殺して耳をすませた。泳ぎの音の他に、人の話声が聞こえる。しかも、一人二人ではない。十人以上の忙しない話声だ。

「小憎を聖域に入れるな・・・!」

「ああっ! 穢れてしまう・・・」

「小憎を捕らえれば、あと一人いけるぞっ!」

「早く捕まえろっ! もうすぐ『マツリ』が始まってしまうぞっ!」

 ざわざわとした会話が、激しい水音と共に聞こえて来る。濃霧のせいで、姿は見えないが、そんなに遠くではないようである。幸いにもこの霧は、ショウゴの姿を隠してくれているが、この連中は間違いなくショウゴを捕らえに来た連中だろう。

 ショウゴは慌てて息を吸い込み、水中に潜った。そして、再び御堂へと向い、改めて人形を探した。

『くそ・・・っ! やっぱり無いっ!』

 ショウゴは格子戸を無理矢理外そうと、力一杯格子戸を引いた。が、格子戸はいとも簡単に外れ、その拍子に思わず息が漏れた。苦しい。ショウゴはたまらず水上へと向った。身体を翻した一瞬、崩れかけたコトコの家が視界に入った。少し遠いが、位置からいって間違いない。

 ショウゴは水面に上がると、再び息を吸い込み、勢いよく水中へ潜った。そしてそのままの勢いで、コトコの家へ泳いだ。

『これは・・・』

 コトコの家は、無惨にも燃えかすがそのままに残っていた。

『・・・トシヤが三人を殺して、火を着けた・・・』

 そう言ったケンジロウの言葉を思い出した。家の全体が燃え落ちた訳ではないようだが、一部激しく燃えた跡があった。

『ここに火を着けたのか・・・?』

 ショウゴは再び水面に上がった。確信はないが、何故だかここに探しているモノがある気がしたのだ。ふと、周囲を見渡す。相変わらずの濃霧が周囲を固めている。耳をすませるが、追っ手の音は聞こえない。

「あいつら・・・ 見当違いの場所でも探してんじゃねぇ? これならゆっくり探せるな・・・」

 ショウゴは思わず呟いたが、そんな余裕があるわけではないのだ。

「そうだっ! 『マツリ』ってのがもうすぐ始まるって言ってたな。急がないとあの二人が生け贄にされちゃうぞっ!」

 ショウゴは思わず叫んだ。そして今迄に無い位に大きく息を吸い込み、勢いを乗せて一気に潜り込んだ。辺りを見回しもせずに、焼け跡の最も激しい場所へ、一直線に向った。焼け落ちた瓦礫を力任せに退かすと、一瞬にして視界が悪くなった。ショウゴは砂煙りを避ける様に回り込むと、今度は慎重に隙間を探ってみた。床の間の跡だろうか? 崩れていて隙間の奥迄は見えないが、何となく『それ』がそこにありそうな気がした。

 ショウゴは手探りで『それ』を探してみた。

『! んっ?』

 何か丸い物が指先に触れた。ショウゴはそれを取り出した。

『これだ・・・っ! 見つけたっ!』

 それは人形の頭だった。焼け跡にあったにもかかわらず、不思議と燃えた形跡はなかった。

『まだあるはずだ・・・』

 ショウゴは人形の頭をズボンのポケットに押し込むと、再度その隙間に手を入れた。が、息苦しさを感じたショウゴは再度浮上した。

「ぷはぁーっ!」

 ショウゴは、思い切り息を吸い込んだ。息を整えようと深呼吸をする。

「くそっ! 時間がないのに・・・!」

「こっちだっ! こっちで音がしたぞっ!」

 叫び声が聞こえた。どうやら村人に気付かれたようである。だが、まだ声は遠い。水音も聞こえるが、まだ近く迄は来ていないようである。大体、この霧ではお互いの姿迄は見えるはずがない。まだ見つかっていない。だが、もたもたしていたら見つかってしまうだろう。

ショウゴはすぐさま息を吸い込んで、湖底の焼け跡に向った。

『早く・・・ 早く見つけないと・・・』

 先程、人形の頭を見つけた焼け跡に向かい、違う隙間に手を入れた。


 無い。


 更に違う隙間に手を入れてみる。


 無い。


『一個の筈ないんだ・・・ まだどこかに・・・』

 もう一度、最初に探した隙間に手を入れた。精一杯手を伸ばして、見えない人形の頭を探す。湖底の砂が積もっている。それに手を入れた。

『あったっ!』

 指先に、固い丸い物体が触れた。が、ギリギリのところで掴み取れない。

『くそっ! 届けっ! 届けぇ!』

 ショウゴは、がむしゃらに手を伸ばす。指先に何かが触れる。人形の髪の毛だ。水に揺らいだ髪の毛が触れたのだ。

 ショウゴは人指し指と中指でゆっくりと手を引いた。間違い無い。人形の頭であった。

『よしっ! 後はこれを持ってケンジロウさんと合流すれば・・・っ!』

 ショウゴは人形の頭をポケットに押し込んだ。

『やばいっ!』

 水面に向かって泳ぐショウゴの目に、こちらに向かって泳いで来る村人の姿が見えた。

『見つかったっ!』

 この透明度の水中なら、潜った時点で見つかる事は容易である。こちらで気が付いたということは、向こうも気が付いて当り前である。

 ショウゴは、とにかく水面に向かった。息が苦しい。

「ぷはぁっ! はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 ショウゴは水面に上がると、そのまま陸に向かって泳いだ。

「見つけたぞぉーっ! あそこにいるぞぉっ!」

「逃がすなっ! 捕まえろっ!」

 背後から激しい声が聞こえる。何人もの人間が泳いでくる水音と声が、こちらに向かって来る。

 ショウゴは声のする方向とは逆の方向へ泳いだ。が、相変わらずの濃霧で、自分がどこに向かって泳いでいるのかが分からない。

「せめて、ここがどこだか分かれば・・・ そうだっ!」

 ショウゴは息を吸い込み、水中へと潜った。透き通る水中に見えた物。それはくぼみであった。なんとなく見覚えがあった。

『そうか・・・ ドーナツ池の跡か・・・ ってことはあっちには・・・ 学校があるはずだ。』

 ここからでは見えないが、方向があっていれば間違いはずである。とにかく早く湖からあがらなければ、『マツリ』に間に合わないどころか、村人達に捕まってしまう。

 ショウゴは、とにかく学校のあるはずであろう方向へ泳いだ。そこから陸にあがれる確証は無かったが、場所も分からず闇雲に泳ぐ事に恐怖があった。

「くそっ! 何やってんだオレっ!」

 なにか腹がたってくる。その怒りを泳ぐ力へと注ぐ。背後に迫る追っ手が気になるが、ショウゴはがむしゃらに泳いだ。


     続く

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