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部屋の外が、妙に騒がしい。数人の話し声と走り回る足音。それで目が覚めた。
「タマキ・・・ 起きてるか?」
ケイイチが布団に入ったまま、隣で寝ているタマキに声を掛けた。
「ああ起きてるよ・・・ なんか騒がしいな? なんか人が集まってるみたいだ・・・」
タマキが布団に入ったまま答える。そして言った。
「・・・ショウゴがいないんだよ・・・」
「なんだ? トイレでも行ったんじゃないのか?」
ケイイチが言うと、タマキは冷静に答える。
「布団が冷たい・・・ 多分いなくなってから結構時間が起ってるって感じだ・・・」
ケイイチが壁に掛かっている時計を見た。
四時十五分
「どこ行ったんだ?」
ケイイチが布団に入ったまま言うと、タマキは、
「・・・知らないよ・・・ まあ、あいつの事だから、心配はいらないと思うけどな・・・」
と、やはり布団に入ったまま答えた。
「ところでさ・・・」
ケイイチが話題を変えた。
「・・・なんか、身体が動かないんだよ・・・」
「! お前もか? 実は俺も身体が動かせなくって、布団から出る事が出来ないんだ・・・」
タマキが驚いた様に答える。
「・・・これって・・・ 金縛りってヤツかな・・・?」
ケイイチが言うと、タマキが、
「かな・・・? こんな事初めてだから、分からないよ・・・?」
と、困惑気味に答える。
「・・・」
「・・・」
沈黙が流れる。その僅かな沈黙を破り、タマキが口を開いた。
「・・・外の様子がおかしくないか?」
「・・・そういえばなんか静かになったな・・・?」
ケイイチが答える。先程迄聞こえていた、人の話し声や人の歩き回る音が、まるでしなくなっていたのだ。
「一体、なんだったんだ・・・?」
ケイイチが言うと、タマキは天井の一角を見据えたまま答えた。
「お前・・・ お経って唱えられるか・・・?」
「お経・・・? なんだよこんな時に・・・?」
ケイイチが動かない身体に苛つきながら、目だけをタマキに向けた。
タマキは、やはり天井の一角に目を向けたまま言った。
「・・・なんかやばいぞ・・・? お前・・・ 見えないのか?」
ケイイチは動かない身体で、視線だけをタマキに合わせた。
「!」
ケイイチは叫ぶ事も出来無かった。あまりの光景と恐怖で絶句してしまったのだ。
「・・・お前にも見えるのか?」
タマキの声で、ようやく我に返った。が、ようやく出た言葉は、
「・・・あう・・・ うん・・・」
と、それだけであった。
「・・・大丈夫か?」
タマキが言うと、ケイイチは恐怖で声が裏返りながら答えた。
「・・・ああ・・・ でも・・・ あれってなんなんだよ・・・?」
二人の視線の先にあるモノ・・・ それは、たくさんの眼であった。恨めしそうな、それでいて悲しそうな眼が、動く事の出来ないタマキとケイイチを凝視しているのだ。その、まばたきをする事も無い眼は、まるで二人を監視しているかの様に、一瞬たりとも二人から視線を逸らさない。
「俺が知るかよ? ・・・でもいわゆる幽霊とかお化けとかってヤツだろ・・・?」
タマキが静かに答える。
「・・・それでお経か? ・・・お前は・・・ 平気なのか・・・?」
タマキの妙に冷静な言い方に、ケイイチもやっと落ち着きを取り戻した。
「平気じゃないけどな・・・ 今のところ、身体が動かないって事と、あの目があるって事だけだしな・・・ 取りあえず・・・ 動けないんじゃどうしようもないだろ?」
タマキが淡々と言うと、ケイイチも納得出来ないまでも、
「まあ・・・ そうだな・・・ 今のところ恐いだけで、実害も無いしな・・・」
と、天井の眼を見て言った。
「見てんじゃねぇよ・・・っ!」
思わずケイイチが呟く。
「・・・ところでさ、ショウゴの奴・・・ 戻って来ないな?」
ケイイチが、思い出した様にタマキに話し掛ける。
「そういえばそうだな・・・ 何やってんだか・・・」
タマキが答える。
その時、ふすまが開いた。廊下の明かりが暗い部屋に入ってくる。それと同時に天井にあった多数の目が一瞬のうちに消えた。
「!」
「身体が動くぞ?」
ケイイチが言うのと同時にタマキが起き上がり、ケイイチも勢いよく起き上がる。そして叫ぶ。
「ショウゴっ! お前、どこ行ってたんだっ?」
「違うぞ、ケイイチっ!」
タマキが叫ぶ。ケイイチも気が付いた。ショウゴじゃない・・・!
「本来なら三人だったが、仕方が無い・・・ 我々には時間が無いのだ・・・」
そう言ったのは霧原老人である。その表情はあまりに無表情で、言葉も異様に淡々と冷たい。
「今度はいつ『マツリ』が出来るか分かりませんし、機会を逃す訳にはいかない・・・ 皆も承知しています・・・」
そう言ったのは高霧宮司である。その表情も昼間見た時と全く違う。焦点の合っていない冷ややかな目で二人を見つめる。
「もう一人は逃げたのかえ? 友達を見捨てて一人で逃げたのかえ?」
そう言ったのはあの行商の霧森の老婆である。深いシワを歪めて笑っているように見えるが、目は笑っていない。
その三人の背後には、村人が何人も見える。その村人達は皆、何かに取り憑かれたように、まばたきもせずに二人を見つめている。まるで、先程迄天井から二人を見つめていた 無気味な眼のようである。というか、まさにあの眼であった。
「一体何なんですかっ?」
タマキが叫ぶように言うと、ケイイチも続けて叫ぶ。
「あんたらなんかおかしいぞっ?」
しかし村人達は何も答えず、ジリジリと二人に近寄って来る。二人はゆっくりと壁際に追い詰められていく。
「残念だけどこの村に来た事を、不運だと思って諦めてくれ・・・」
高霧が冷ややかに言う。相変わらず無表情である。
「・・・不運ってなんですか・・・?」
タマキが言うと、今度は霧原が答える。
「わしらが成仏する為の生け贄じゃよ・・・ 一人の生け贄なら一人が成仏出来る・・・ 二人なら二人が成仏出来る・・・」
「本当なら、三人成仏出来る筈だったのに・・・ あの男のせいで一人減ってしまった・・・」
淡々と言ったのは、霧原の背後にいたサヨコである。
「ちょっと待てよっ! 生け贄ってどういう事だよっ?」
ケイイチが激しく言うと、
「私達の為に死んで欲しい・・・ってことよ・・・」
と、村人を分け入って部屋に入ってきたのはコトコであった。
「コトコ・・・さん・・・?」
ケイイチが、力無くコトコの名を呼んだ。
コトコは、昼間ケイイチが着付けを手伝った巫女の着物を羽織っている。
「もうすぐ『マツリ』が始まる。そこであなた達二人は、儀式の生け贄になるの・・・」
コトコはそう言うと、うっすらと明るくなってきた窓の外を見て言った。そして窓を指差した。
「この晴れる事のない霧の世に、救いの光を甦らせる魂を・・・!」
窓の外は相変わらず濃い霧が囲っている。その時、玄関に掛かっていた壁時計が時報を告げた。
「ボーン・・・ ボーン・・・ ボーン・・・」
鳴り響く音は五回。五時である。
「・・・さあ、生け贄の準備を始めるのじゃっ!」
霧原がスッと左手をあげる。村人達は待ってましたとばかりに二人に襲い掛かった。
「何するんだっ?」
「離せよっ!」
タマキとケイイチは抵抗するが、何故か力が出ない。あのアザの部分が妙に熱い。村人達に囲まれる中、タマキとケイイチの目に映ったのは、手を合わせ、妙な祝詞を唱えているコトコの姿であった。その姿を見た瞬間、二人の意識は遠のき、気を失ってしまった。
続く




