表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧鳥村忌憚  作者: 睦未
21/35

21

     21


 古い木造校舎の一室。深夜の静けさと暗闇が恐怖を掻き立てる。その暗闇を、たった一つの小さなロウソクがわずかな光を発し、二人の姿を浮き上がらせていた。男が静かに口を開いた。

「今から六十二年前にこの村に起こった惨劇を君は知っているか?」

「それとなくは聞いています。」

 ショウゴが答える。

「そうか・・・ 僕はこの村の生まれなんだ・・・ その事件があった時は、まだ赤ん坊で覚えていないんだがね・・・」

「この村の? じゃあなんでこんな隠れる様にしてるんですか?」

 ショウゴが不思議に思い男に尋ねると、男は少し表情を和らげて言った。

「そうなんだが・・・ もう僕の事を知っている人間はいないしね・・・ それに・・・ まだ見つかる訳にはいかないんだ・・・」

「それって・・・ どういう事ですか?」

「それを、これから話すんだ。もう、あまり時間がない。」

 男はそう言うと、古ぼけた腕時計を見た。


「今から六十二年前の今日・・・ その日は朝から濃霧に見舞われた。まるで今日みたいな何も見えない位にね・・・ 夜が明けても、そんな状況では畑仕事もままならない。そうして、村人達は皆、家で霧が晴れるのを待っていた。」

 ショウゴは黙ったまま頷く。

「惨劇はある家の異変から始まった。その家は代々この村を治めていた程の家だった。」

『コトコさんの家のコトかな?』

 ショウゴは不意にコトコの事を思い出した。

「君は霧原の家には行ったのか?」

 男が不意に聞いてきた。ショウゴは、黙ったまま頷いた。

「そこの『トシヤ』にはあったのか?」

 気のせいか、男の口調が強くなったように聞こえた。ショウゴは慌てて続けた。

「でも、その『トシヤ』って人には会ってないです。コトコさんに名前だけは聞いたけど・・・ 家に上がった時も会わなかったし・・・」

「・・・そうか・・・ それは良かった。」

 男は、近くに置いてある缶ビールを手に取り、それを一気に飲み干した。それを見ていたショウゴは、自分も持っていたコーヒーを飲みながら言った。

「・・・どういう意味ですか・・・?」

 男は、飲み干した缶ビールを置いて、もう一本の缶ビールのプルトップに手を掛けた。

「まあいい・・・ まずは順序だって話そう・・・」

 男は、ショウゴの質問には答えず、缶ビールに口を付けた。

「まず第一の惨劇が霧原の家で起こった・・・ その後、霧原の家を出た殺戮者は次々と 民家に襲い、手に持った包丁や鉈で村人を次々と手に掛けて回った・・・ そして、最後に霧宮の家に上がり込み、そこで霧宮の人間を手に掛け、家に火を着けて自ら命を断った・・・ その後、村はダムの底に沈んだ・・・」

「ちょっと待って下さいっ!」

 ショウゴが割って入る。

「今の話って、六十年以上前の話なんですよね? でも分からない事がたくさんあって・・・  なんで今そんな話をするんですか? それに・・・ 今の話からすると、霧宮の家は燃えたって・・・ 村はダムに沈んだって・・・ どういう事ですかっ?」

「・・・霧宮の人達は元気だったか?」

 男は話を反らす。

「・・・みんな元気でしたよ?」

 不審に感じながらも答える。

「・・・良くしてくれたか?」

「・・・はい、とっても・・・」

「そうか・・・」

 男は静かに言った。どこか寂しそうな表情である。

「あんた一体誰なんですかっ? さっきの質問だって答えてくれてないっ!」

 ショウゴが少し強い口調で言った。すると男は顔をうつむけて答えた。

「僕の名前は『佐伯ケンジロウ』・・・ 佐伯姓は僕を引き取って、育ててくれた義理の親の姓だ・・・ 本当の姓は『霧宮』・・・ 僕はね、霧宮の長男として産まれたんだ・・・!」

 ショウゴは良く理解出来ないでいた。

「コトコさんの・・・ お父さんですか・・・?」

「君は、僕のカバンを開けたろう? そこで写真を見たはずだ。」

 ショウゴは思い出した。昼間、ここにいた時にこの男のカバンを開けて、中を調べた事を。そして、その中にあった古ぼけた写真の事を。ショウゴは嫌な予感を感じたが、やはり素直に理解する事が出来ない。

「あの写真に写っていた少女に抱かれていたのが僕だよ・・・」

 ケンジロウがうつむいたまま言う。その表情は伺えないが、妙に悲しそうな声に、ショウゴは真実を見たような気がした。

「・・・じゃあ・・・ あそこに写ってた女の人って・・・ コトコさん・・・ですか?」

「ああ・・・ 僕の姉さんだ・・・ テイコ姉さん・・・ ネイコ姉さん・・・ 父さんや母さんもみんな殺されてしまった・・・」

 ケンジロウはそう言うと顔をあげた。六十歳を超えたケンジロウは、そのシワの入った顔に、涙を溢れさせている。

「・・・でも・・・ ちょっと待って下さいよ? じゃああのコトコさんは? テイコちゃんやネイコちゃんは・・・? 他の村人や・・・ この村は?」

 ショウゴの頭の中は、パニックを起こしかけていた。

「僕達は今、現実とあの世の境い目にいる。ここにいる人間で生きているのは、僕と君達三人だけなんだ・・・! 村人は全員、六十二年前の事件で殺された人達なんだよ!」

 ケンジロウが言った言葉で、ショウゴはようやく我に返った。とはいえ、幽霊とか信じていればの話であるが。だが、話のつじつまを合わせるには、それを信じる他に考えられないのだ。

「・・・『祭』ってなんですか・・・? あのおじいさんが殺されて、村の人達は祭の日を一日早めて欲しいって、さっき迄コトコさんと話しあっていたみたいですけど・・・」

 ショウゴが、意を決して言うと、ケンジロウは慌てた様子で言った。

「なんだってっ? 誰かがもう殺されたのかっ?」

「知らなかったんですか? 霧島っていうおじいさんが『ドーナツ池』で殺されたんですよ?」

 ショウゴが言うと、ケンジロウはまだ中身の入っている缶ビールを投げ捨てた。

「何故だ? 時間軸が狂ってきているのか? じゃあ、『マツリ』は今日行われるのか?」

 ケンジロウのその表情は、まるで鬼の形相である。それでもショウゴは怯まずに言った。

「ケンジロウさんはその『マツリ』ってのをやめさせる為にきたんですよねっ? なら、ちゃんと教えて下さいっ! 協力出来るかもしれないっ!」

「無理だっ! 君はもう彼等の生け贄に選ばれているっ!」

「生け贄っ? なんですかそれっ!」

「彼等に付けられた印だっ! その印がある限り、最後は彼等が成仏する為の生け贄になるって事だっ!」

「だからどうなるんですかっ?」

「生け贄は生け贄だっ! 彼等は生きた人間を殺して、切取様に捧げるんだっ! 選ばれた者は『マツリ』の儀式で必ず殺されるっ!」

「・・・っ!」

 ショウゴは血の気が引くのを覚えた。タマキとケイイチにあった三角形のアザを思い出した。

「あれが生け贄の印だっ! あいつらが危ないっ!」

 ショウゴが思わず叫ぶ。

「俺にはその印がなかったっ! でもあいつらにはあったっ!」

 ケンジロウには訳が分からない様子である。

「どういう事だ? 君には印が無いのか?」

「無いっ! 三人で風呂に入った時、確認したから間違いないですっ! でも、タマキと ケイイチにはそれがあったんです。どうすればいいんだっ?」

 ショウゴがパニックなっているのを見て、落ち着きを取り戻したケンジロウが言った。

「君が生け贄でないのなら話は別だ。なんとかなるかもしれない・・・ とにかく落ち着くんだ。」

「落ち着けたって・・・」

「君の名前を教えてくれないか? いつまでも『君』じゃあ話がしづらいからな?」

 ショウゴはイライラ感を感じながらも、素直に答えた。

「矢口ショウゴです。」

「ショウゴ君。まずはあの人形の頭を返してくれないか?」

 ケンジロウが静かに言う。ショウゴは頷き、上着のポケットに入っていたあの人形の頭を取り出した。ケンジロウはそれを受け取ると、ポケットに入っていた桐箱に丁寧に収めた。

「この人形の頭は、切取神社に奉納されている人形の頭だ・・・ 本当はあと二体分あるのだが、どうしても見つからなかったんだ・・・ だが一つでもどうにかなるかもしれない。」

 ケンジロウは微妙な事を言っている。

「どう言う事ですか?」

 ショウゴが言うと、ケンジロウは霧箱をポケットに入れながら答えた。

「ああ、『マツリ』の儀式をするのはコトコ姉さんなんだ。コトコ姉さんは進んで儀式を行っている訳ではないんだ。村人達の為に仕方なく儀式を行っている。それは自分が成仏出来ないから、ある意味運命的な役割として担っているだけなんだ。」

「それって・・・」

「コトコ姉さんが成仏出来れば、『マツリ』は出来なくなる。そうすれば、少なくても儀式はなくなり、生け贄という存在も必要なくなるからな。」

 ショウゴの記憶にある言葉がよぎった。

『・・・私はいいんです・・・ でも、あの子達は・・・』

「ダメだ・・・っ ダメなんですっ! コトコさんだけ成仏させようとしてもダメなんですっ!」

「どうしてだ? なんでそんな事が言える?」

「コトコさんは、二人の妹の成仏を願っているっ! だから、人形の頭一つあっても、コトコさんは成仏出来ないっ!」

 ショウゴは、今ハッキリと自分がするべき事が分かった。あの可哀想な三人の姉妹を救ってあげなければっ!

「そうなのか・・・ だが、残り二つの人形の頭が、どこにあるのかが分からないんだ・・・」

 ケンジロウは、力無くうなだれて言った。

「何か手掛かりは無いんですか?」

「・・・もしかしたら、ダム湖の底にあるかもしれない・・・」

 ケンジロウが自信なさそうに言う。だが、それを聞いたショウゴは、昼間の湖の事を思い出した。

「・・・そうかっ! あのダム湖だっ! あの底にあった村にあるかもしれない・・・っ!」

 ショウゴが興奮して、思わず大声で言った。

「しっ・・・!」

 ケンジロウがショウゴを制した。

「ショウゴ君に生け贄の印が無いという事は、彼等は知っている筈だ・・・恐らく、君がいない事に気が付いて探している筈だ。」

「でも・・・生け贄って言ったって・・・ 生け贄を切取様に捧げて、それでどうなるっていうんですか?」

 ショウゴが初歩の疑問に気付く。

「・・・生きた人間を一人、生け贄として捧げると、村人の一人が成仏出来る・・・ その儀式を行うのが彼等の言う『まつり』なんだ・・・! 今回は三人・・・ 三人が成仏出来る筈だったんだ。」

 ケンジロウが答える。

『そうか・・・ あの時、『誰を選ぶ』とかって話は、成仏する為の村人選びだったんだ・・・』

 ショウゴは、夜に盗み聞きした事を思い出していた。だんだんとつじつまが合ってきた。

「ところでショウゴ君。君はあのダム湖に入ったのか? 村を見たのか?」

 ケンジロウが、驚いた表情で聞いてきた。

「昼間に潜りました。でも、霧が出てきたんですぐに上がっちゃいましたけどね・・・」

 ショウゴが答える。

「・・・よく無事だったね・・・ あの湖底の村こそが、本来の霧取村なんだ。だから、 ここの村人は他所者がそこへ近付く事を許さない。彼等にとっては聖域だからね・・・」

 ケンジロウが言う。

「詳しいんですね・・・? ケンジロウさん・・・ この事って初めてじゃないんですね?」

 ショウゴが不意に、ケンジロウに言った。するとケンジロウは、静かに答えた。

「ああ・・・ これで三回目だ・・・ 前の二回は失敗して、生け贄になった人を救う事が出来なかった・・・ その時は僕も準備不足で、命からがら逃げてきたんだ・・・」

「じゃあ、殺人鬼も知ってるんですね・・・?」

「・・・もちろん知っている・・・」

「誰なんですか?」

 ケンジロウは少し迷っている様子であったが、小さな声で言った。

「トシヤだ・・・ 霧原トシヤ・・・ 僅か十歳の子供の仕業だったんだ・・・」

「!」

 ショウゴは思わず息を飲んだ。予想していた人物であったが、まさか子供だとは思わなかった。

「でも・・・ じゃあその『トシヤ』って奴を成仏させれば住むんじゃないですか?」

 ショウゴが言うと、ケンジロウは首を小さく横に振って言った。

「二回目にこの村の『マツリ』に潜入した時、トシヤを何とか止めようとしたが、逆に返り打ちにあった・・・ 普通の十歳児とは訳が違った・・・」

「何が違ったって十歳の子供じゃないですか? 力ずくでも止めなきゃっ!」

 ショウゴがいきりたつ。

「会えば分かるっ! ・・・彼は生まれつき病気だったらしいんだが、医者である祖父のキハチが、何とか病気を治そうとして無理な治療をしたらしい・・・ その所為で人としての知性も理性もなくして、その身体も子供のモノじゃあなかった・・・ だから、トシヤはその事件を起こすその日迄、家から一歩も出た事がないんだ・・・!」

 ケンジロウが霧原家の秘密を話した。

「・・・ なぜか、テイコ姉さんとネイコ姉さんだけはトシヤと仲が良かったらしいんだが・・・ その姉さん達も、トシヤに首をはねられて殺されてしまった・・・」

「トシヤを成仏させる事は出来ないんですか?」

 ショウゴが言うと、ケンジロウは力無く答えた。

「無理だろう・・・ さっきも言ったが、トシヤはもう人間らしい心を持っていない・・・  ただひたすらに何かを壊す事だけを目的に行動している怪物だ・・・」

「とにかく、僕達は今出来る事・・・ 『マツリ』をやめさせて、君の友達を助ける・・・!」

 ケンジロウの言葉はもっともである。ショウゴは何か引っ掛かるモノ感じたが、優先するべき事をハッキリさせたかった。

「分かりました。『まつり』をやめさせるっ! タマキとケイイチを・・・ コトコさん達を助けるんだっ!」

 ショウゴは、自分に言い聞かせる様に、強い口調で言った。


 窓の外がうっすらと明るくなってきていた。相変わらずの濃霧が村を呑み込んでいるが、夜の暗さから朝の明るさへと変わってきていた。


 そして『マツリ』が始まる時が、刻一刻と近づいていた。


     続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ