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「ん・・・」
妙な寝苦しさを感じて、ショウゴは目を覚ました。暗いのでまだ夜が明けていないのは確かなようである。枕元に置いてあった腕時計を手に取り見てみる。
二時四十分
急にトイレに行きたくなる。
トイレは、一階の奥にあったな・・・?
ショウゴは布団からモソモソと出た。隣を見ると、タマキとケイイチが気持ちよさそうに眠っている。ショウゴは、イタズラっぽい笑みを浮かべると、
「ほっ・・・ 包丁小憎がでたぁーっ!」
と、二人に向かって叫んだ。・・・が、二人ともまるで気付かずに眠り続けている。
「ちぇっ・・・」
ショウゴは、ちょっとくやしくなって軽く舌打ちをして、ふすまを開けた。
「うわ・・・ ちょっと恐いな・・・」
廊下に出たショウゴが、一人呟く。壁の所々に小さな灯りがあるが、この広い家の長い廊下の先はまるで見えない。一歩廊下へ踏み出す。意外と冷えるので、上着を羽織る。
ギィー・・・
床板が軋む音が、いやに廊下に響き渡る。ショウゴは、ソロリソロリと廊下を進んだ。廊下がやけに長く感じられる。
「!」
廊下の先に、何か白いモノが見えた。
「? なんだ・・・?」
ショウゴは目をこすり、目を凝らしてその白いモノを見つめた。よく見えない・・・
ショウゴは思い切ってそれに近付いた。
「うわっ!」
ショウゴは思わず声をあげてしまった。それは、風呂場で無くなった筈の、あの人形の頭であった。何故、こんな場所にあるのかは分からないが、確かにあの人形の頭である。人形の顔は、ジッとショウゴを見ているような感じである。この時間で、こんな暗い場所に転がっている人形の頭は、非常に無気味である。
ショウゴは恐る恐る人形の頭をつついてみた。・・・別に何も起こらない。
「そりゃそうだよな・・・」
思わず呟く。
ショウゴは、人形の頭を手に取り、上着のポケットに収めた。そして、再びトイレに向かおうと、階段を降りようとした時、下から誰かが上がってきた。
「あれ? ショウゴ君。どうしたの?」
コトコであった。
「いや・・・ ちょっとトイレに行きたくなっちゃって・・・ コトコさんはどうしたんですか・・・?」
驚いたショウゴが言うと、コトコはかなり疲れている様子で、
「うん・・・ 今迄、高霧さんとか霧原センセとか来てたから・・・ ちょっと遅くなっちゃった・・・」
と、答えた。実際、コトコは笑っているが、力のない笑顔である。
「大丈夫ですか?」
ショウゴは少し心配になって言うと、コトコは、
「うん・・・ ありがとう・・・」
と、優しい笑顔で答える。そして、
「早く寝なさい? 子供が夜更かししちゃダメだよ?」
と、茶化すように言った。
「はーい。コトコさんも休んで下さいね?」
ショウゴは素直に返事をした。
「・・・うん。」
コトコは、少し濁すような返事で答えると、下へ降りていった。
「おやすみなさい。」
ショウゴが言うと、階段下から、返事が返ってきた。
「・・・おやすみ。」
「トイレ、トイレ・・・」
ショウゴは、トイレに行く途中だった事を思い出して、階段を降りた。
奥にあるトイレで用をたして、ホッとして部屋に戻ろうとした時、
『ガタンっ!』
と、庭の方から物音がした。
「ん・・・?」
長い廊下のすぐ隣が庭なのだが、引き戸がしてあり外の様子は見る事は出来ない。少し不審に思ったショウゴだが眠気には勝てず、その場を通り過ぎようとした。が、
『ガサガサ・・・』
と、続け様に何かが移動しているような音に、さすがに目が覚めた。
「・・・コトコさんかな・・・?」
ショウゴは引き戸をずらして外を見ようとしたが、何故か引き戸は全く動く気配がない。 怪しい物音は、庭の裏手の方へ移動しているようである。
嫌な予感はしたが、ショウゴの好奇心がそれを凌ぐ。ショウゴは、急いで玄関へ回り、勢いのまま外に出た。
「うわっ・・・!」
ショウゴは思わず声をあげた。トビラを開けた瞬間、真っ白い壁にぶちあたったのである。それは霧であった。が、一寸先も見えない程の濃霧であった。昼間の霧もかなり濃かったが、比べ物にならない。肌に纏わりつくような霧は、まるで生き物の様に家に入ってくる。ショウゴは、慌ててトビラを閉めた。
「なんだよ、この霧は・・・? 尋常じゃあないぞ?」
ショウゴはそう呟きながら玄関の周りを見回した。傘立てに金属バットが立ててある。ショウゴはそれを手に取り、意を決して再度トビラを開けた。霧の塊がゆっくりと中に入ってくる。ショウゴは周囲を警戒しながらゆっくりと外に出た。まるで周りが見えない。自分の身体さえ、まるで見えないのである。金属バットを持っている筈なのだが、それすら分からなくなってしまう様な感覚に陥ってしまう。
「・・・しまったかな・・・? こんなんじゃ、怪しいヤツを見つけるどころじゃないな・・・」
ショウゴはそう呟くと、急に不安になった。そして、家の中に戻ろうとしたが、今度は玄関のトビラが見つからないのである。
『いくら他人のウチだからって、家の敷地内で迷子で遭難? シャレになんないな・・・』
ショウゴはそう思いながら、とにかく建物を探して歩いた。家の壁を見つければ、壁ぞいに玄関を見つけられると考えたのである。
『ガサガサっ』
少し離れた場所で何かが動く音が聞こえた。が、この状況では探す事は無理である。しかし、相手にとってもこちらを見つける事は困難である事は確かである。
「とにかく一回家に戻らなきゃな・・・」
ショウゴは、家の外壁を探して一歩一歩ゆっくりと歩く。
『ガサガサガサ・・・』
気のせいか物音が近くなった気がした。何かの気配は感じるが、一面真っ白で何も見えない。異様な恐怖感がショウゴを襲う。
「うわっ!」
何かにつまずいた。思わず前のめりに倒れ込む。
「いってぇー・・・」
ショウゴはそう言うと、座り込んでぶつけた膝を擦ろうとした。が、自分の膝さえも見えない。ショウゴは四つん這いのまま、壁を探し始めた。
『ガサっ!』
物音がすぐ近くで聞こえた。思わず身体が強張る。そこで『ハッ』とした。
「しまった・・・っ」
金属バットがない。転んだ時に手を離してしまった様である。
突然、白い壁から手が現れた。
ショウゴの顔を掴み、強力な握力で締め上げる。
「ち・・・ チキショウ・・・ 離せ・・・っ」
ショウゴは激しい痛みに耐えながら、必死に抵抗する。相手の正体は分からないが、あの老人を殺した殺人鬼かもしれない。そう思うととてつもない恐怖感がショウゴを襲う。ショウゴは力任せにその腕を殴るが、顔を掴んでいる腕は、力を緩める事をしない。意識が遠のく。ショウゴは最後の力を振る絞り、顔を掴んでいる親指らしき物を思い切り噛んだ。一瞬、力が緩んだ気がした。が、ショウゴの意識はそれと同時に失われてしまった。
ショウゴが気が付くと、どこかで見たような景色が広がっていた。
「ここは・・・? 学校・・・?」
まだ夜が明けていないのか、部屋はかなり暗い。が、昼間と同じように小さなロウソクが一つ、弱々しくも周囲を照らしている。身体に異変は無いようである。ショウゴはゆっくりと身体を起こして、用心深く周囲を見回す。やはり、学校の教室のようである。
「目が覚めたのか・・・」
突然、暗闇から声が掛けられた。聞き覚えのあるしわがれた声。ショウゴは血の気が引くのを感じ、その声のした方に顔を向けた。うっすらと男の顔が見える。間違いない。あのサングラスの男が、椅子に座ってこちらを見ている。今はそのサングラスを取っているが、間違いなくあの男である。
「コーヒーでも飲むか? 目が覚めるぞ?」
男はそう言うと、おもむろにコーヒーの缶をショウゴに投げた。ショウゴは飛んできた缶コーヒーを受け取った。冷たい。
「・・・昼間のケガを治療してあげたのに、君は僕の大事なモノを盗んでいったね? あれは今どこにあるんだ?」
男の口調は静かだが、その目には鋭い威圧感が感じられる。
「・・・おじいさんを殺したのはあんたですか?」
ショウゴは男の質問には答えず、逆に男に聞いた。
「・・・」
男は答えない。
「俺も殺すんですか・・・?」
ショウゴは、恐怖を感じながらも、懸命に男に喋りかけた。すると男はニヤリと笑い、言った。
「僕が君を? 何の為に?」
「・・・理由なんて知らないけど・・・」
ショウゴはそう言うと、コーヒーのプルトップを開けて、口を付けた。
「・・・」
「・・・」
微妙な沈黙が流れる。
「・・・君はこの村に来て、何か変に感じた事はないか?」
男が静かに口を開いた。
「変な事?」
ショウゴは考えていたが、考えれば考えるだけ変に感じた事が多い事に気付く。
「・・・人が殺されたっていうのに警察は来ないし・・・ 村の人達は『祭』の事ばかり気にしている・・・」
「・・・そうだな・・・ それだけこの村にとって大事なマツリだって事だ。」
男が思わせぶりに言う。そして続けた。
「その『マツリ』に必要不可欠なモノを君は持っているだろう?」
「俺が?」
「君が昼間、僕のカバンから取ったモノだよ?」
思い出した。あの人形の頭だ。思わずポケットに目をやる。男はそれに気付いた様子だったが、無理にそれを追求しなかった。ただ、
「あれは、『マツリ』をやめさせる為に必要なモノなんだ。」
と、一言思いもよらぬ事を言った。
「祭をやめさせる? どういう事ですか?」
ショウゴは、当然の疑問を投げ掛けた。すると、男は不意に立ち上がり、話し出した。それは、あまりに現実離れした恐ろしくも、悲しい話であった。
続く




