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「待ったか?」
ショウゴはそう言って、寝室のふすまを開けた。既に布団が敷いてあり、いつでも眠れる準備が整われている。
「意外と早かったな?」
布団の上に座っていたタマキが言う。
「ああ、でっ? どうだった?」
そう言ったのは、布団の上に寝転がっていたケイイチである。
「あの二人は?」
ショウゴが部屋を見回しながら言う。テイコとネイコの二人の姿は見えない。
「ああ、もう自分達の部屋に戻ったぞ?」
タマキが答える。
寝室の壁時計を見る。
二十三時十分
「なんか時間が経つのが早くないか?」
ショウゴがそう言いながら布団の上に座る。
「昼間は時間の感覚がなかったな? ダムに行った時あたりから、ハッキリと分かった気がする。お前はどうだ?」
タマキがケイイチに言うと、ケイイチは考えながら答える。
「なんとなくなんだけど・・・ バスに乗ったあたりかな? 結構乗ってたと思ったけど、実際には意外と乗ってなかったんだなって思った・・・」
「ああそれ、俺も思った。一時間位は乗ってた気がするんだけどな・・・? 実際は三十分位だったよな?」
ショウゴが思い出した様に言った。
「気のせいだと思ってたけど、今考えると確かにそうだよな?」
タマキも同調する。
「ところでさっき客が来てたのは何だったんだよ?」
寝転んでいたケイイチが、起き上がって言うと、タマキも身を乗り出してきた。
「ああ、そうだよ。やっぱりこの村変だよな? 人だって死んだんだろ? なのに村全体が妙に冷静な感じがするんだよな・・・? なんか、その人が死ぬのを知ってたみたいな・・・」
「だよな?」
ケイイチも頷く。
「で? 一体何の集まりだったんだ?」
タマキに促され、ショウゴはゆっくりと口を開いた。
「なんか、村の中心的な人達の集まりだな。二人とも見たろ? ほら、昼間コトコさんと行った、あの金持ちの家。そこであったサヨコさんと一緒にいた、あの偉そうな爺さん。あれが、霧原って医者らしい。」
「村の唯一の医者って言ってた?」
ケイイチが言う。
「ああそうだ。それから『切取神社』の高霧宮司。あとは名前は知らないけど、それなりの雰囲気の人達・・・ で、なんか『マツリ』とかの件で来たらしい。」
「まつり? 村祭りの事か?」
ケイイチが口を挿む。
「分からないよ? でも『マツリ』って位だからそうなんじゃないか?」
ショウゴが言うと、タマキが思い出した様に言った。
「そういえば、村祭りって明後日の日曜日って言ってなかったっけ?」
「そうだよ。コトコさんが着物を着て踊るって言ってた。見てみたいな。」
ケイイチが言う。
「それかな・・・? なんか祭の日程を早めるお願いをしていたみたいだ。」
ショウゴが言うと、タマキが不審に感じたのか、首を捻りながら言った。
「でも、人一人死んでるんだろ? しかも、ケイイチの話を聞く限り、殺人事件って感じもあるだろう? 祭なんていってる場合じゃないよな?」
「そういえば、警察とかって来てないよな? どうなってるんだよ?」
ケイイチが言う。
「ああ、それについては高霧さんに聞いた。この村には警察がいなくて、呼ぶにしても、霧が濃いと来れないらしいんだ・・・」
ショウゴはそう言うと、窓を開けて外を指差した。二人が外を見る。かなり濃い霧が出ている。特に山裾の辺りは真っ白である。
「いつの間にこんな霧が・・・?」
「まるで気が付かなかったよ。」
タマキとケイイチが、少し驚いた様に言った。
「切取神社で思い出したけど、お前あそこの御堂で何見たんだよ? すごくビビってたじゃんか?」
ケイイチが、不意に言ってきた。そういえば、ケイイチには話すのを忘れていた。そして思い出した。
「そういえば、俺のポケットに入ってたあの人形の頭、あの二人持ってた?」
すると、タマキが首を振って答える。
「いや・・・ 持ってなかった。っていうか、全く知らないって感じだった。」
「ああ、嘘ついてるふうには見えなかったよな。」
ケイイチも答える。
「でもなぁ・・・ 無くなるか、普通・・・?」
ショウゴはどうも納得出来ない様子であったが、疑ったらキリがない。まあ、あんなモノに執着する理由もないので、とりあえず話を元に戻した。
「いやあ・・・ 暗くて良く見えなかったんだけどな・・・」
「首無しの日本人形だろ? もったいぶるなよ?」
タマキが突っ込む。
「何・・・? 首無しの日本人形?」
ケイイチがいぶかし気に聞き返す。
「なんでお前が言うんだよ? ・・・まあいいけど・・・ そう、タマキの言う通りだよ。 でも、すぐにコトコさんにすぐ見つかったろ? ハッキリと確認してないけどな?」
ショウゴが言う。
「でもなぁ・・・ 気味悪いな? なんか霧まで出て来て『包丁小憎』のシチュエーションにピッタリだ・・・」
ケイイチが寒そうに言う。
「おまえなぁ、冗談でもそんなコト言うなよ? でも・・・ 確かに、首無し人形とか、おじいさんの死体とか・・・ なんか『切る』とか『切断』とか、繋がりが気になるよな?」
タマキが、妙に真剣に言う。ケイイチが続ける。
「あと、神社の名前だって『切取神社』だろ? 『包丁小憎』の噂だって、この村の事件が発端だって言ってたじゃないか?」
「村の名前だって『きりとりむら』だろ? ・・・高霧さんに聞いたんだけど、神社の首無し人形ってな、その事件で首を切られて殺された三姉妹の供養の為の人形で、もとはちゃんとした人形だったらしいんだけど、何回も何回も新しい人形と交換しても、その翌日には首が無くなってるんだってさ・・・」
ショウゴが息を潜めて言うと、タマキが思い出した様に言った。
「・・・実はさぁ、裏山でお前とはぐれたろ? その時、偶然、電車で会った行商のおばあさんに会ったんだよ・・・ それで山で取れた珍しい果物を食べさせてくれるって言うから、貰って食べたんだけどな・・・」
「なんだよ? お前、俺が酷い目にあってた時、そんな事してたのかよ?」
ショウゴが口を挿む。
「ショウゴ。黙って聞けよ?」
ケイイチがショウゴを止める。
「ああ、悪い・・・」
ショウゴが妙に素直に謝る。
「どんな果物だったと思う?」
タマキが、勿体ぶったように言う。
「分かるかよ? どうせメチャクチャうまかったっ、とか言うんだろ?」
ショウゴが言うと、タマキはちょっととぼけた感じで、
「ああ、めちゃくちゃうまかったよ?」
と、ショウゴに言った。
「なんだよ? それで終わりか?」
ショウゴが呆れたように言うと、タマキは再び真剣な眼差しで答えた。
「いや、それがさ・・・ 見た事ない果物で・・・」
「勿体ぶるなよ?」
ケイイチが言うと、タマキは黙って頷き、話を続けた。
「大きさとか形とか・・・ 人の頭みたいだった・・・ 汁とか真っ赤で血みたいだったし・・・」
「お前・・・ よくそんなの食べたな?」
ケイイチが言うと、タマキは静かに返した。
「別に本物の頭じゃないしな? 珍しいだけで、本当に美味しい果物だったんだぜ? たしか『カシラギ』とか言ってたな・・・」
「カシラギ?」
ショウゴが言う。
「ああ、この村でしか採れないらしいぞ? 数が少ないから売物にはならないらしいけどな? ・・・でも、あれ食べた後、急に気を失ったんだよな・・・」
タマキが答える。
「そういえば『カミヅカ』って聞いた事あるか?」
ショウゴが突然、二人に尋ねた。
「カミヅカ?」
タマキが首を捻る。ケイイチも知らないようである。
「で、その『カミヅカ』ってなんだよ?」
タマキが、ショウゴに言うと、ショウゴは、
「いや、さっき村の集会を立ち聞きしてたろ? その時、コトコさんが言ってたんだよ。『カミヅカがあれば、こんな事をウンタラカンタラ・・・』って。」
と、答えた。
「そのウンタラカンタラってなんだよ?」
ケイイチが言う。すると、ショウゴは真面目な顔で、
「しょうがないだろ? あまり聞こえなかったんだよ。でも、なんかあと一つとか・・・ そういえばダムがどうのこうのって言ってたな・・・ で、見つからないとか・・・」
と、なんとか思い出そうとしながら答えた。
「なんか、大事なトコが全然分んないな? まあ、他になんか無かったのか?」
タマキが、呆れた様に言う。
「あとな・・・ そうだっ! 俺、ダム湖に潜ったろ? ダムの底に『切取神社』があったんだよっ! すごく古くてボロボロだったけど、鳥居の所に名前が書いてあったから、間違いないよっ!」
ショウゴが、思い出して興奮気味に言った。が、冷静なタマキが、
「それって、ダムに沈んだ神社だろ? 今のは新しく建てたんじゃないのか?」
と、ショウゴの興奮が覚める程に、冷静に言った。しかし、ショウゴは、
「でもなぁ・・・ あの小さな御堂もあったし・・・ ホントにそっくりだったぜ?」
と、納得いかない様子で言った。
「その御堂には『首無し人形』はあったのか?」
ケイイチに言われ、
「悪い。恐くなって見てない。」
と、ショウゴは素直に答える。
「でもな、変な人形は見つけた。」
「どんな人形だよ?」
ケイイチが言うと、ショウゴは少しトーンを落として言った。
「手足の無い人形・・・」
「それってコケシだろ?」
タマキが言うと、ショウゴは首を振って答える。
「いや・・・ 多分・・・ 普通の人形の手足を切り落としたヤツじゃないかと思う・・・」
「げぇ・・・ なんだよそれ?」
ケイイチが舌を出して、露骨に嫌な顔をする。
「なんか、さっきのおじいさんの死体・・・ 思い出しちゃったよ・・・」
「ああ、なんか関係なくないって感じだな・・・?」
タマキが頷きながら言った。それを聞いたショウゴが改めて言った。
「そうか・・・ 言われてみれば確かにつながりがありそうな感じだ・・・」
「お前、今迄気付かなかったのか?」
ケイイチが呆れた様に言った。
「ところでお前は不思議な事とかなかったのか?」
タマキがケイイチに言う。すると、ケイイチは急に顔を赤くして言った。
「いや・・・ 無くはなかった・・・ かな?」
「どうした?」
タマキが心配そうに、ケイイチの顔を覗き込む。
「・・・ 二人がダムに行った後、コトコさんに頼まれて、村祭りの準備の手伝いをしてたんだよ。それで、コトコさんが着物を着るの手伝った・・・」
ケイイチが思い出して、更に顔を赤らめる。察した二人が、ニヤリと笑う。
「こいつ、なんかやらしいぞ?」
ケイイチがニヤニヤと笑いながら言うと、
「やるなぁ、ケイイチ?」
と、タマキも続ける。
「別に変な事はしてないぞっ! ・・・そりゃ、すごくドキドキしたけどな・・・ だって、コトコさんみたいな綺麗な人が、半分裸で抱き着いてきたんだぜ? そりゃ分かんだろっ?」
ケイイチは真っ赤になって弁解する。が、かえって誤解される内容になっていた。
「お・・・ お前、マジ? 抱き着かれたのか? 裸のコトコさんに・・・?」
ショウゴも興奮気味になってきている。
「で、それからどうしたんだよ?」
タマキも珍しく熱くなっている。
「だから、どうもしないってっ! 勘違いするなよっ? ただ・・・」
「ただ・・・?」
二人が興味津々でケイイチの顔を覗き込む。
「ただ・・・ その後、なんか後頭部を殴られたみたいな感じで、気を失っちゃったんだよ・・・」
ケイイチは、面目ないといった表情で言った。
「なんだよ? 期待させといて・・・ なあ、タマキ?」
ショウゴが、本気でガッカリした様子でタマキに振る。
「・・・ お前も気絶したのか・・・?」
タマキが真剣な表情になっている。
「みんながみんな、気絶するなんてあるのか? しかも、その間に時間が異様な迄に早く進んでいるし・・・ やっぱりおかしいよ。なんか、この村から俺達を出さないようにしてるみたいだ・・・」
「気絶した事ないから分かんないけど、そんなモンじゃないのか?」
ショウゴが言うと、タマキは考えながら答えた。
「とにかく、これからは三人一緒に行動しようぜ? なんか嫌な予感もするし・・・」
「そうだな・・・ どっちにしても明日には帰れるし、それまでは別行動をとらないようにしよう。なっ、ケイイチ?」
ショウゴがケイイチに言った。
「ん? ・・・ああ、そうだな。」
ケイイチの返事はどことなく濁っている。が、二人はそれを気にする事無く言った。
一時二十分
普段であれば既に眠っている時間である。
「そろそろ寝るか? 明日、もう一度行ってみたい所があるし・・・」
ショウゴが、時計を見ながら言った。
「どこに行くんだ?」
タマキが、布団に潜り込みながら聞いてくる。
「・・・ああ、神社とダム湖・・・ ちょっと気になることがあるし・・・」
ショウゴが眠たそうに答える。
「明日は俺も行くからな?」
ケイイチが部屋の電気を消した。いきなり真っ暗になる。三人は急激な眠気に襲われ、すぐに深い眠りについた。
続く




