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ドーナツ池に残って状況を窺っていたショウゴは、村人達の話に聞き耳をたてていた。
「・・・どうする? マツリを一日早めてもらうか・・・?」
「でもなぁ・・・ 霧宮のとこの嬢ちゃんは納得してくれるか?」
「そんなコト、言ってる場合じゃないだろう? このままじゃあまた繰り返されるぞ?」
「そう言ってもな・・・ まあ、高霧宮司と先生に相談して決めてもらおうか?」
やはり、人が死んだと言うのに・・・ 殺されたかもしれないのに、この連中は『マツリ』の話を深刻そうに話している。
「君はそろそろ帰りなさい。子供がいつまでもこんな所にいるものじゃあないよ?」
突然、高霧に声を掛けられたショウゴは、思わず言ってしまった。
「これって殺人事件ですよね? どうしてみんなお祭の話をしてるんですか?」
一瞬、高霧の顔がこわばった感じがした。
「この村にとって、それだけ大事なお祭なんだよ。」
気のせいだったのか、高霧の口調は柔らかい。
ショウゴは死体の方を見た。サヨコがおじいさんの死体を綺麗に洗っている。死体には間違いなく手足が無かった。思わず吐き気を覚える。と、嫌な事を思い出した。
『そういえば・・・ 湖に潜った時に、手足の無いコケシの様な人形を拾ったんだ・・・ まさか・・・ 関係ないよな?』
「でも、人が殺されたかもしれないのに・・・ ですか?」
ショウゴが言うと、高霧は少し考える様な顔をしながらも話し始めた。
「この池には、昔から色々な噂や伝説があってね・・・ 実は底なし沼で、子供が溺れて そのまま沈んでしまったとか、カマイタチの噂・・・ 人が殺されて投げ込まれたとか・・・ それから、江戸時代には、処刑場があって、この池の水で切り落とした首を洗ったとか・・・ね? まあ、よくある噂話しだよ。」
「底なし沼とカマイタチの話は、コトコさんから聞きました。」
「そうか・・・ 今話したのは全部根も葉も無い噂ってヤツだけどね・・・ そうだな・・・ 今から約六十年位前に起こった事は、本当にあったことなんだ・・・」
「何かあったんですか?」
「凄惨な事件だったよ・・・ 狂った村人の一人が、何本もの日本刀や包丁で住人を殺害した事件だよ・・・ 老人や子供ばかり三十七人殺された。」
高霧はどこか遠くを見ながら言った。続けて、
「君は、昼間に御堂の中を見ただろう?」
と、ショウゴに言った。ショウゴは咄嗟に頷いた。
「首の無い人形が三体入っていたろう? あれは、その時殺されて、首を落とされた三人姉妹の供養の為なんだよ・・・」
「供養って・・・ 首無しの人形がですか・・・?」
ショウゴは思わず切り返した。
「ああ・・・ 他の被害者はみんな切り殺されたり、刺されて殺されたんだけど、その三姉妹だけ首を刎ねられ殺された・・・ その首は、結局今でも見つかっていないんだ・・・」
「・・・」
「首無し人形じゃあ供養にならないと思うだろう? 当然、私達も最初からそのつもりじゃあなかったんだが、何回普通の人形を入れても、その翌日には首が無くなってしまうんだよ・・・」
「そんな・・・ 誰かのイタズラとかではなくてですか?」
「そうかもしれない・・・ でも違うかもしれない・・・ もしかしたら、三姉妹の無念な思いが・・・ 首が見つかる迄晴らされないという怨念ともいえる思いがそういう現象を起こしているのかもしれない・・・」
高霧はそう言うと、一つ溜め息をついて言った。
「その事件が起こった前の晩・・・ 今日のこの事件と全く同じ事が起きたんだよ・・・」
ショウゴは、高霧の話を黙って聞いていたが、
「でも・・・ それとお祭って・・・?」
と、不意に思い出した疑問を投げ掛けた。すると、高霧は静かに答えた。
「・・・とても大事な事なんだよ・・・」
と、一言だけ。
「宮司さんっ!」
突然、村人の一人が割り込んで来た。
「こんな時になんだけど、『マツリ』のコトでちょっと話があるんですよ・・・」
村人は、霧原らを囲んで集まっている場所を指差して言った。高霧は、軽く頷くと、ショウゴに言った。
「君はもう帰りなさい。友達やコトコちゃんが心配しているだろ?」
「あっ・・・! 一つだけ思い出した事があるんですけど・・・」
ショウゴはそう言って、高霧を呼び止めた。すると、高霧は少し迷惑そうな顔をしながらも、
「何か変わった事でもあったのかい?」
と言った。
「この村の学校って、誰か住んでるんですか?」
ショウゴが言うと、高霧は興味ありげに言った。
「いや、そんなコトはないけど・・・?」
「そうですか? 今日、あの学校に人がいたんですよ。気になって覗いたら、寝袋とか・・・ 食料とか置いてあったんで・・・」
ショウゴが言うと、高霧は少し険しい表情をした。しかし、すぐに表情を戻した。
「今は夏休みだし・・・ 多分、浮浪者か何かが勝手に住んでいるのかもしれないな・・・ もしかしたら霧島さんを殺したのはそいつかもしれないな・・・ 一応、村人何人かで様子を見にいってもらおう。」
高霧はそう言うと、再びショウゴに言った。
「とにかく君は、コトコちゃんの家に帰りなさい。その君が見た男が、もし殺人犯なら、なおさらこんな所にいないほうがいい。」
「高霧宮司っ! 何をしてるのかねっ? 早くこっちへ来んかい!」
イライラした霧原医師の怒鳴り声がした。待たされて、かなり御機嫌ななめの様子である。
「すみませんっ! 今そちらに行きますっ!」
高霧はそう言い返すと、急いで村人達の元に走り寄った。
ショウゴは、その姿を見ながら思った。
『俺・・・ 男なんて言ったか?』
続く




