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霧鳥村忌憚  作者: 睦未
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「ショウゴ? どこだ?」

 タマキは、息を整えながらショウゴの名を呼んだ。しかし、霧の中から返事はない。

「また、はぐれたのか? やばいな・・・」

 タマキは近くにあった木の根本に腰を降ろした。身体中、ひっかき傷や擦り傷でヒリヒリ痛む。周囲を見回すが、人の気配は感じられない。あの人影は一体誰だったのだろうか?  本当に包丁小憎なんかいるのだろうか? ただ、手に光っていたのは、多分包丁に間違い無かった。


「訳が分んねーよ・・・」


 タマキはそう呟くと、背負っていたリュックを降ろして、中から水の入ったペットボトルを取り出した。 蓋を回して口をつけた瞬間、背後の木が大きく揺れた。心臓が止まる程に驚き、思わず水を吹き出す。

「誰だっ? ・・・ショウゴかっ?」

 タマキは、木の揺れた方向をジッと見据えたまま声を掛けた。

「誰かいるのかい?」

 返事が返ってきた。しかし、ショウゴの声ではない。タマキは身構えて声のした方を見た。ガサガサと木が揺れて、ぼんやりと人影が見えてきた。

「誰だっ?」

 タマキは、目を凝らしてその影を見る。右手には・・・やはり包丁のようなモノがぼんやりと確認できる。

 タマキは心臓が早まるのを感じつつ、足下に転がっていた木の枝を拾って、身構えた。そして、声の主が近寄ってくるのをジッと待った。

「おやおや、こんな所で何をしてるんだい?」

 現れたのはおばあさんであった。背中には大きなカゴを背負い、包丁だと思っていたのは、大きな鉈であった。

「おや? 今朝見た時は三人だったようだけど、今は一人なのかい? 他のお友達はどうしたんだい?」

 思い出した。今朝、水霧線で一緒だった行商のおばあさんだ。

「霧ではぐれてしまって・・・」

タマキはホッとしたように言った。すると、おばあさんは、にっこりと笑って言った。

「小さい山でも、こう霧が濃いと外の人にはきついわな。なーに、霧が晴れればお友達にもすぐ会えるだろうさ?」

「おばあさんは、ここで何をしてたんですか?」

 タマキが聞くと、おばあさんはカゴの中身をタマキに見せた。山菜やキノコが入っている。

「これは・・・なんですか?」

 タマキは、山菜やキノコに混じって、一際大きな塊を見つけて言った。それは、人の頭程ある大きさの木の実の様なモノである。

「ああ、これはこの辺りでしか採れない『カシラギ』の実だ。トロッとした甘い果物だよ。」

 おばあさんは、そう言うとカゴからカシラギの実を取り出し、タマキに渡した。

「へぇ・・・ 聞いた事も見た事もないですね・・・」

 タマキが受け取る。

「そりゃあ、この村でしか採れないからねぇ・・・ たくさんは採れないからお店には出せんのよ。」

 淡い茶色をしたそれは、まるで大きなミカンの様である。手に取ると意外と重たい。皮の表面には、桃の様な細かい産毛が生えている。微妙な凹凸がまるで人間の目鼻の様に感じられる。少し気持ち悪い。

「霧も晴れんしな、もし良かったら食べてみるかい? 他所じゃ食べれるモンでもないしな。」

 おばあさんはそう言うと、タマキの返事を待つ迄もなく、タマキからカシラギの実を奪い取った。そして、持っていた大きな鉈で実を真っ二つに割った。真っ赤な汁が飛び散る。                                                                                                                                        


「ぎゃあぁぁぁっ!」


 一瞬、叫び声が聞こえたような気がした。

 しかし、それは気がしただけだったのだろう。おばあさんは、その鉈で器用に皮を剥き始めた。

 タマキはそれを黙って見ていたが、妙に生々しく見えた。

「ほれ、滅多に食べれるもんじゃあないて・・・ 甘くておいしいから食べてみい。」

 タマキは嫌々ながらも素直に実の切り身を受け取った。となりではおばあさんが、満面の笑みを浮かべてタマキを見ている。

 タマキは覚悟を決めた様に、目をつむって恐る恐る口へ運んだ。少し生臭い。それでも口に入れてみた。その果肉は甘美な甘さと、とろけるような舌触りでとてもおいしい。今迄、食べた事のないおいしさである。

「ほんとにおいしいですね。こんなにおいしいのに、お店に出せないなんて、なんかもったいないですね?」

 タマキはそう言うと、おばあさんが差し出したもう一切れも口へ運んだ。もう、あの生臭さも気にならなかった。

「ところで、お前さんがたは、いつまでこの村にいるつもりなんだい?」

 唐突におばあさんが言った。

「いや、今日中には帰ろうかと思ってるんですけど・・・」

 タマキが答えると、おばあさんは残念そうな顔をして言った。

「そおかい? 明後日のお祭を見て行けばいいのにな? めずらしいお祭だから、記念にもなるだろうにな。」

「でも、僕らはまだ子供だし、子供だけで外泊すると親に心配を掛けますから・・・」

 タマキは少し申し訳なさそうに言った。


 だいぶ霧が晴れてきた。

「それじゃあボチボチ村に戻るとするかい?」

 おばあさんがタマキに声を掛けた。

「そうですね。ショウゴも探さないといけないし、ケイイチやコトコさんも心配してるでしょうから・・・」

 タマキはそう言うと、腕時計を見た。


 十八時二十分


「うそ・・・っ? もう六時半になるのか? ・・・やっぱり壊れたかな?」

 タマキはそう言うと、おばあさんに時間を尋ねた。

「んー、時計は持ってないんだわ。でも、大体の時間は分かるがね。」

 おばあさんはそう言うと、霧の晴れ間を見つけて言った。

「六時半てとこかいな。 ・・・あんた早く帰らないとバスが無くなるよ?」

 そう言われて、タマキは慌てた。そうだ、バス! バスが無くなったら帰れなくなってしまう。あんな山道、歩いてなんか帰れないぞ。しかも、間違いなく夜道になってしまう。夏ゆえにまだ結構明るいが、それでも確実に山越えは無理であろう。

「すみません、おばあさん。急ぎますのでこれで失礼します。村の方向を教えてもらえませんか?」

 タマキが小走りで尋ねると、おばあさんは人指し指で方向を示した。

「ありがとうございます。あと、ごちそうさまでした。」

 タマキはそう言うと、走り出した。と、急に足に力が入らなくなった。

「あれ?」

 タマキは前のめりに倒れて閉まった。そして、身体に力が入らなくなっていくのを感じながら、意識を失ってしまった。


『あと一人・・・』


 一瞬、どこからからそんな声が聞こえたような気がした。


     続く


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