06 恵美「規格外の剣士」(後編)
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松元さんの竹刀が私の面を、小手を、胴を、抉るかのように激しく打ちつける。私も負けじと竹刀で受け流すけど、それでも時々防具にかすり、赤旗が一本上がる度に、一本とられたのではとひやひやする。というかこれじゃあ逃げてばっかで攻撃に転じられないじゃない! ……落ち着きなさい恵美。いくら熟練の剣士だからって、三分間(中学生の試合時間は三分が一般的だ)休まず動き続けられる訳じゃない。必ず動きの止まる場所がある。その一瞬の隙を突くのよ。ほら、引き面で下がっていった今とかーー
「コテェェェェエ!」
松元さんが本能的に面を防いだところに、小手を打ち込む。少し体勢は崩れたけど、確かな手応え。左に見える副審二人のうち、一人が白旗を上げている。主審は……?
「小手有りッ!」
私が振り返ると同時に主審の声が響く。私、一本とったんだ。あの化け物級の剣士、松元優奈から。
開始線にゆっくりと戻るとき、少しだけ会場外の音が聞こえた。何を言ってるのかは分からないけど、ざわつき具合から会場全体が驚きに包まれているだろうことは分かった。そりゃあ無名の剣士が圧倒的優勝候補から一本とったとなれば、そうなるか。でも再び松元さんと向き合うと、そんな音は全て遮断された。顔を見なくても分かる。向き合う前から凄まじい殺気を感じ、身体が震えそうになる。でも怖いとは思わない。むしろ楽しい。これこそが本当の剣道なのだと、私は始めて知った気がした。
「勝負ッ!」
試合再開。お互いに一本をとっているので、次の一手次第で勝負が決まるかもしれない。時間はよくわからないけど、勝負がつかなかったとしても延長戦が待っている。そこは考えなくてもいい。考えるべきはーー
「ハイヤァァァァアッ!」
「ヤアァァァァァアッ!」
この人から一本をとることだけだ。
「メエェェエン」
慣れとは恐ろしい。松元さんの打突のスピードも重さも、もう怖いとは思わない。
「ドオォォォォォウッ」
面抜き胴、は外した。タイミングは良かったんだけど、先読みした松元さんに距離を詰められ、潰された。
「コテェェェェエッ」
すかさず引き小手。これは鍔で防がれる。
「コテメェェン、メエェェェエンッ」
鬼のような形相で追従してくる松元さんの連続技を全てかわし、今度は下がっていった彼女を私が追従する。
引き面を打った勢いのまま腕を上げている松元さんの小手を打つ素振りを見せる。さっきのことがあってか、予想通り瞬時に腕を下ろし、小手を防ごうとした。それこそが私の狙い。がら空きになった面に、全力の面を打ち込むーーっ
「や、ヤメッ。合議」
主審が紅白の旗を右手にまとめて持ち、掲げた。私はと言えば、予想外の喉への衝撃に吹き飛ばされた体勢から動けずにいた。そんな私の前に、このような状況を引き起こした張本人、松元優奈が歩み寄り、黙って手を差し伸べた。思わずその手を掴む。
「ありがと」
「……メン」
彼女が何て言ったかは分からなかった。でもさっきまでの鬼のような形相が嘘のように、申し訳なさそうな顔をしている。その顔だけで松元さんが何を言わんとしているかは分かった。
合議が終わり、主審が左手をーー白旗を掲げた。
「赤、反則により負け。勝負有り!」
中学までは突きは禁止されている。試合で使おうものなら、反則負け。そういう規則だ。頭では分かっている。でも、さっきの松元さんの突きは、今日私が見たどの一本よりも鋭く、綺麗で、文句のつけようがない一撃だった。公式的には私は松元さんに勝ったが、私の中では負けたも同然だった。そういうわけで私にとって、この試合は細かい挙動の一つ一つでさえ忘れられない、貴重な体験になった。
「ということで、この二人にも剣道部に入ってもらうことになりました。二人とも軽く自己紹介してね」
琴美先輩の声に、私は思わず我に帰った。
「私は松元優奈。琴美さんと同じ、丘中出身だ。あとこいつは里奈。私の双子の妹だ」
髪の長い方の子、私と戦った松元優奈が、軽く微笑みながら言った。そういった表情は普通に可愛らしくて、ああ彼女も私と同じ女子高生なんだなと実感する。
「もうっ、自分のことは自分で言えるよ優姉。私は優姉の妹の、松元里奈です。皆さんよろしくお願いします」
ボブの方の子が、礼儀正しく頭を下げる。
「優ちゃんに里奈ちゃん、二人ともよろしくねぇっ」
「二人ともよろしくね」
「よろしく」
私に続いて、美華と姫ちゃんも二人に声を掛ける。これからの剣道部、楽しくなりそうだなっ。
私はこれからの期待を胸にし、自然と笑みがこぼれた。
剣道の描写難しいですね。果たしてちゃんと動きが伝わっているのかどうか……
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