05 恵美「規格外の剣士」(前編)
長くなりそうなので、二つに分けました。後編はもうしばらくお待ちください。
「おおぉ、てっきり琴美さんのでまかせとばかり思っとったけど、この学校にも剣道部あったんか」
「そんな言い方は失礼だよ優姉。お久し振りです、琴美先輩」
翌日防具と竹刀を手に武道場を訪ねると、ロングヘアーとボブの二人の美少女が、琴美先輩と親しげに話していた。一緒に来た美華や姫ちゃんと同じように、私も驚いた顔をしているんだと思う。最も、二人の驚きは私の比ではないだろうけど。
二人の瓜二つの美少女。紛れもなく昨日電車でいちゃついてた二人だが、私は過去にも会ったことがある。というか、戦ったことがある。私が戦ったのは髪型からして、優姉と呼ばれているロングヘアーの女の子の方だと思う。
あれは忘れもしない。私が小学生の頃から剣道をやってきた中でも、一番の衝撃。中学三年の市内大会個人戦決勝で当たった、丘中の松本さんーー
「メグ凄いねえ。決勝戦だよ決勝戦!」
「ホントよぉ恵美、凄いじゃん! まさか我ら弱小校から決勝進出者が出るとはねー」
美華や顧問は私に称賛の眼差しを向ける。だけど一番驚いているのは私。小四から剣道を初めて五年、決勝どころか入賞自体初めて。いつもは気が付いたら一本とられて負けているのに、今日は不思議と相手の竹刀が私に届かず、私の竹刀は的確に相手の部位を捕らえている。
でも、次の相手はそう一筋縄ではいかないだろう。決勝戦の相手、丘中の松元さんは、市内でも圧倒的な強さを誇る本命中の本命。優勝間違いなしとも噂されているが、その噂は決して一人歩きしたものではない。彼女の確固たる実力ありきのものだ。
今日の私は今までで一番調子が良いけど、松元さんの方も普段以上の力で圧倒していた。彼女も調子は上々みたい。
美華たちの声援を背に面を被る。面紐を固く結ぶと、周りの音が聞こえにくくなる。そうなると私の中でスイッチが切り替わり、会場の反対側で既に小手まで着け終わって軽く準備運動をしている松元さん以外、何も見えなくなる。私も小手を着けて立ち上がり、アキレス腱を伸ばした。
「女子個人戦決勝。赤、丘中学松元優奈。白、北中椎野恵美」
会場全体にアナウンスが入り、私たちは十メートル四方で囲まれた白線の中に踏みいった。
「正面に、礼ッ」
神前のある方に私と松元さん、三人の審判は深く頭を下げ、そしてお互いに向き合った。目線を外さない程度の礼を交わし、右足から三歩進みながら竹刀を抜いて、蹲踞ーー若干右足を前にしてしゃがむような動作ーーをした。やはり相手は熟練者。蹲踞の姿勢が全くぶれない。
「始めッ」
主審の声と共に立ち上がり、気合いを入れる。
「ヤアァァァァァア!」
「ハイヤァァァァァァァアッ!」
うん。やっぱりこの人は本物だ。気迫が今までの人とは段違いだ。でも私だって負けてなんかいられないんだから!
「ヤアァァア、コテメエェェェエンッ」
私の一番の得意技、小手面。相手が最初の小手を警戒して防いだ後にすかさず面で決める。ごく一般的な技でありながら、隙が少なくかなり有用な実戦的な部類に入る。今日決め手となったのも小手面が多い。だがーー
「ドオォォォォォウッ」
「胴有りッ!」
松元さん側の赤旗が三本上がっている。確かに彼女は私の初手の小手を、竹刀で防いでいたはずだ。かわされるならまだしも、返されるなんて。だってつまり、私の小手の勢いのまま打った面より、小手を防いだ後に返した胴の方が速いってことだよね?
だが私がどんなに混乱しようとも、時間は止まらない。
「二本目ッ」
主審の声が響き、今度は松元さんから仕掛けてくる。
「メエェェェェェエエンッ!」
何の細工もない、ただの面打ち。それなのに目で追えないほど速く、本能的に竹刀を掲げるのが精一杯だ。
「くっ……!」
重い。一撃がとんでもなく重い。あと一瞬力を入れるのが遅かったら、勢いのまま打ち抜かれていた。
そのまま鍔迫り合いにもつれ込み、初めて松元さんの顔を間近で見た。整った顔立ちをしてるけど、かなり鋭い眼。あ、それは試合中だからか。すると私と目が合うと彼女は小さく微笑んだ。優しい笑みではなく、不敵な笑みーー
「……っ!」
いきなり彼女の力が緩んだかと思うと、ふらついた私の面垂れの曲がっているところーー身体でいえば首筋あたりのところを、横から竹刀で思いっきり押された。
「やめッ」
主審の声が響く。私が盛大に転んだから試合が止まったけれど、でなければバランスを崩したところを追撃されていただろう。何てえげつない剣道をする人なの!?
「始めッ!」
でも、だからこそ、負けるわけにはいかない!
「ヤアァァァァァア」
でも小手面は見切られてるし、それこそ単発の技は難なく返されるだろう。じゃあどうすれば……? そうだ!
「メエェェェェェエエン!」
小手面……を打っていくと見せかけて、初めから面を打つ。案の定松元さんは小手を防いでいて、面はがら空きになっていた。だが、私の面は首の動きだけでかわされた。少しかすったからか、副審の一人が白旗を上げた。だが当然主審ともう一人の副審が腕を下げたまま旗を振り(一本入っていないという意思表示だ)、決まらなかった。いい手だと思ったんだけどな。
白旗が一本上がったのを見てか、松元さんの顔から余裕が消えた。声を出すことなく、殺気だけで圧倒してくる。
「ハイヤァァアッ、コテメェェンッ、ドオォォォォォウッ」
小手面、は何とか想定出来たので竹刀で避けれた。だが体当たりからの間を空けない引き胴には一歩反応が遅れた。咄嗟に腕で胴を庇う。
「っつ……」
「ハイヤァァァァアッ!」
肘が焼けるように痛い。でも痛みにうずくまっている余裕なんてない。突っ込んでくる松元さんを見据えて、痛みを気合いで吹き飛ばす。
「ヤアァァァァァアッ!」
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