04 姫乃「百合はいいと思うのです」
誤字の指摘、ありがとうございます。
思わず勢いに任せて喋ってしまったけど、平野さんの驚いた顔が目に入ってしまい、私は思わず顔を伏せた。うあぁぁあやってしまった。絶対引いてるよなあ平野さん。
「そっそんなことより、部活やろう部活! 新入生は隅で座って見学。琴美はさっさと準備する」
よかった。何とか部長さんが場を収めてくれた。あっちなみに、今の長い髪を一つに縛った黒胴着の人がアヤ先輩。白胴着のエロい人が副部長の琴美先輩。らしいです。
二人の先輩は慣れた手つきで垂れと胴を着け、各自肘やアキレス腱などを伸ばして準備体操をしている。そんな様子を私たち一年は扉の近くで正座して見ている。
準備体操が終わると竹刀を持って立ち上がり、素振りを始めた。正面素振り、左右面素振り、片手素振り、跳躍素振りを各三十本。ごく一般的な素振りのメニューだ。
素振りが終わるとあっという間に面と小手を着け、基本打ちの練習に入った。私面着けるの遅い方だから、ちょっとこのスピードは厳しいかも。
基本打ちも特に捻りもなく、面、小手、小手面、胴、小手胴、突きーーと全て四本ずつ。捻りが無さすぎてつまらない気もするけど、これが基本に忠実であるのは確かだし、何より単純な方が覚えやすい。
基本打ちのあとは、面と小手に対する返し技を各四本。返し技を主体とする私にとって、この練習量は不満だな。そして返し技が終わると一旦二人で集まって何か相談し、そしてアヤ先輩は小手面、琴美先輩は逆胴ーー左胴にあたるーーを打った。これは多分、お互いのやりたい技を練習する時間ってやつかな? こういうのは今までやったことがないから、何か新鮮。
そこまで終わったところで、二人は一旦面と小手を取った。
「っと、大体こんな感じかな。普段ならこの後地稽古とかやるんだけどね」
琴美先輩が稽古前と変わらない笑顔で、そう言った。基本的な練習しかしてないとはいえ、二人とも気合い充分。常に全力で動いてたはずなのに、息一つ切らしていない。太刀筋も綺麗だったし、この人たちって一体……?
「そして三人とも、入部する意思があるのなら明日から練習に参加してもらって構わない。というか是非来てくれ。見ての通り、現在部員は二人しかいなくてな。このままじゃ団体戦にエントリーすることすら出来ん」
アヤ先輩が神妙な顔で私たちの顔を見渡した。剣道の団体戦は五人で戦うのが普通だ。そして参加するには最低三人の成員が必要になる。
「分かりました。明日から練習に行かせていただきます」
「私もそうしますー。姫ちゃんは?」
そっか。平野さんも椎野さんも入るのか。って……
「ひっ、姫ちゃん!?」
「うん。姫乃ちゃんだから、姫ちゃん。もしかしてそう呼ばれるの嫌だった?」
「別に嫌じゃないけど」
そう呼ばれたのなんて初めてだから、恥ずかしいだけ。全くこの淫魔何を考えてるのかさっぱりわかんない。
「で、入るのん?」
そりゃあーー
「入り、ます」
平野さんが入るのならね。
豊橋駅まで一緒とのことで、平野さんと淫魔椎野さんとの三人で帰ることになった。
「それじゃあ、姫ちゃんは豊橋からは名鉄なんだ」
「うん。二人は一緒なの?」
「まあ、中学から同じだったし、ご近所さんだねえ。ねっ美華」
「うん。私たちは飯田線だから、豊橋まで一緒だね。柏木さん」
「そーだね」
いくら渥美線がのろまな田舎の単線だとしてもほんの二、三駅。一緒の時間はそんなにないな。残念。……って、何で平野さんと一緒にいられないのが残念なのさ! 私たちろくな会話もしたことないってのに。
「柏木さんってさあーー」
「へっ? なになに平野さん!?」
隣に座る平野さんは、私の目をじっと見つめた。
「柏木さんってもしかして、私のこと嫌い?」
「は? いやいやそんなわけないじゃん! 何でそうなるの?」
私は平野さんのことを不思議な人だとは思うけど、嫌いだと思ったことは断じてない。
「だって柏木さん、毎日挨拶してもろくに反応してくれないし。メグとは普通に喋ってたのに」
こっこれは。嫉妬なの? 平野さんほっといて淫魔と喋ってたことに対する嫉妬なの!? つまり平野さんもこっちの人……?
「それは、その……平野さん可愛いし、髪サラサラだし、吸い込まれるような瞳しとるし、私いつも喋ろうと思っとるのになかなか上手く話せんくて。って何言っとんの私!」
またやっちゃった。平野さん、さっき百合のこと少し語っただけでも引いてたし、これはもう完璧に嫌われちゃったかなあーー
「そっそんなこと……っていうか柏木さんのが可愛いし、髪サラッサラだし、瞳だって綺麗じゃん!」
およ? 平野さんが顔真っ赤にしとる。もしかしてもしかするとこの反応、照れてます? これはまさかの脈ありだったりしちゃうんですかね?
「もしかして平野さんーー」
「っていうかさあ、これからずっと一緒に過ごすのに、名字呼びは何か気まずくない?」
ちっ。淫魔め、いいところだったのに変な茶々入れるなよ。
「あーそれはそうだね」
「だらぁ。姫ちゃんは?」
ま、まあ平野さんがそう言うのなら、私は構わんですけど。
「うん、いいよ。じゃあこれからは美華って呼ぶね」
「うん。よろしくね、姫乃」
そう言ってニッコリ微笑む美華を見とると、私の胸は一杯になった。
「っておーい二人だけで盛り上がんないでよ。私はぁ?」
淫魔恵美が私たちの間に割って入るように顔を近付けた。ち、近い。
「あんたのことはメグって呼んでるじゃん」
「はいはいヨロシクね恵美さん」
「二人とも冷たいに! というか何で姫ちゃん私にはさん付け?」
恵美が更に腰を折り、思わず胸から顔を背けた。
「え、いや別に」
「まあしょうがないんじゃない?」
「二人ともひどい!」
そう言いつつも、彼女は満面の笑みを浮かべていたーー
「んっ……優姉ダメだよ、こんなところで。声出ちゃう」
「ふふふ、ここがいいのか里奈」
「ひゃ……やめてよぉ」
夕方の電車には明らかに場違いな声に、私たちは思わず声の主を見た。声を発していたのは私たちの向かいに座る二人の少女だった。よく見るとうちと同じ制服。そしてこの二人、顔がそっくり。というか瓜二つ。髪型が違うおかげでかろうじて見分けがついているような、そんな二人だ。そしてロングヘアー少女の手が、もう一人のボブ少女のスカートの中に伸びていた。こっこれはこんな明るい時間から羨まけしからんっ。
「あの子、どこかで……」
恵美が、神妙な顔でボソッと呟いた。
「ん? どーしたのメグ。珍しく真面目な顔して」
「なっ何でもないよ! それに私はいつも真面目な顔だわ」
「えっそうなの?」
「そうだよ! ていうか今のは乗るところじゃないに姫ちゃん」
「えっ?」
「えっ? じゃないにー!」
「ふふふ、ナイス姫乃」
私は美華の差し出した手を叩き、ハイタッチした。
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