02 姫乃「この子には敵わない」
高校に入学してから数日が経ち、ちらほらとグループも出来始めてきた。そんな光景を私は、どこか離れたところから見ているような気になった。
別に珍しいことではない。人見知りで無愛想な私には、そんなの慣れっこだ。だけどーー
「おはよ、柏木さん」
「……ん」
この隣の席の子。平野美華っていったっけ。この子だけは毎日、こうして話しかけてきてくれる。いつも大した反応も出来てないのに、それでも毎日。
私だって別に人間嫌いってわけじゃないし、こうして話しかけてくれるのは素直に嬉しい。平野さんともっと喋りたい、あんなことやこんなことを知りたい。そう思っている。
でもいざ喋ろうとしても、何から話せばいいのかわからない。挨拶を返そうとしても、つい素っ気なくなってしまう。無愛想なのは自覚してるけど、別に私はコミュ障じゃない。自分から話しかけるのは苦手でも、喋りかけられたら普通に返す程度のことはできる。それなのに何故か、彼女を前にするとやたらと焦ってしまい、言葉が出なくなる。これってやっぱりそういうことだよね?
何てことを考えていたら、ホームルームのチャイムが鳴ってしまった。
一日は早い。朝この席に座ったのが、ほんの数分前みたいな感じ。きっとほとんど寝てたからだろうけどさ。
さっきから平野さんが何か言いたげにチラチラとこっちを見てたから、また話せるのかと期待してたのに、そのまま何も言わず教室を出ていってしまった。いつもより慌ただしかったから、何か用事があったのかも。
私は特に部活に入ってるわけでもないので、ろくに中身の入ってない鞄を肩に掛けて、ゆっくりと玄関へと向かった。靴に履き替え正門へと向かう道中、ふと体育館より一回り小さい平屋の建物ーー武道場に目が移った。
「懐かしいな」
私は中学時代のことを思い、そう感じた。そして両手を軽く握り、右手を前、左手を身体側に位置するように臍の前に持ってきた。そうすると竹刀を握っているような格好になる。ついでに軽く振ってみよう。メエェェェン!
「……何てね」
確かに剣道は好きだけど、高校に入ってまでやろうとは思わない。痛いし臭いし暑いし臭いし。そういえばさっきから気合いの入った声も床を踏み鳴らす音も聞こえないな。今日は練習休みなのかな?
「ご、ごめんなさい! その、邪魔する気はなかったんですっ」
え……今の声って。
「いいのよぉ。それより良かったら貴女も入らない?」
「誤解を招くような言い方はやめろ琴美ィィ!」
「何言ってんのよアヤ。折角の新入部員なのよ?」
「あ、あのまだ入ると決めた訳じゃ……」
この声、やっぱり平野さんだ。剣道、やってたのかな?
「えー入んないのー? 楽しいのに」
「あの、私は真面目に剣道がやりたくて」
「あら、私たちすっごく真面目よ。ねぇアヤ?」
「あ、あぁ。今日はたまたまその、あんなことになってたが、普段は真面目に剣道をやっている。それは本当だ」
何かすごく盛り上がってる。いいなぁ。
「じゃああなたも中に入ったらいいんじゃないのん?」
「それが出来たら苦労しないに……ってええぇ!?」
いつの間にか私の後ろには、ニコニコと微笑むポニーテールの少女が立っていた。っていうかもしかして今の声に出てた?!
「でもすっごく物欲しそーな顔しとるんだもん。私も行くところだったし、一緒にやらない?」
ちょっと待って。
『私もイクところだった?』
『一緒にヤる!?』
もしかして私口説かれてる?
何て考えを巡らせてる間に、ポニテ少女は私の腕を掴み、勢いよく引いた。あまりに強く引くものだから、私の身体はよろめき、彼女の胸に飛び込んだ。
「わっ、ごめん!」
「……けしからん」
「へっ?」
「けしからん。だから許す」
顔に感じた私にはない弾力に、私の胸は敗北感と満足感で満たされた。
「あっ私は椎野恵美。あなたは?」
武道場の入り口で靴を脱ぎながら、ポニテ巨乳は腰を折って顔を近づけてきた。って近い近い! 何か良い匂いするし。やっぱこの人私を誘ってる?
「私は、柏木姫乃」
私は少し距離をとりながら、靴を脱ぐためにしゃがんだ。
「姫乃ちゃんかぁ。可愛い名前だね」
彼女は私がわざと距離を置いたのに気づかないのか、私に目線を合わせるようしゃがみこむと、遠慮なく顔を近づけてくる。
「かっ、かわっ!?」
「うん! 可愛いよっ」
そう言って巨乳はふにゃっと笑った。その邪が一切ない無邪気な笑みに、思わず目が釘付けになった。
駄目だ。この子には敵う気がしない。
そういう結論に達し、私は武道場の扉を開いた。その先に素晴らし……けしからん光景が広がっているとも知らずに。
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