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ACT 1-E



【後日談】


 部屋に響くのは、紙と紙が擦れあう音。その音を立てている主は、退屈そうな顔をしながら書類に目を通していた。しかし、退屈であったとしても、彼女にしてみればとても意味のある資料なので、無下にはできない。

 資料製作者である青年はあくびをしながらソファでくつろいでいた。ひと仕事終えたこともあり、しばらくはそうしているつもりだろう。

 弐栄マナはわざとらしくため息を吐いてみた。

「……なんスか?」

 とりあえず、八柳一世は体を起こしてマナの方に向く。無視してもいいのだが、とりあえず、なにが言いたいのか確認しておこうと云う腹だ。

「いーえ。今回の件の資料を眺めてるだけですよ」

「あぁ、そうですか。でもそれ、もう一週間前の資料ですよ?」

 今回の事件と云うのは、例の『B.M.』に関する一件である。

 根が深い事件ではあったものの、『B.M.』を流通させていたバイヤーを捕まえたこともあり、芋づる方式でその後様々なことが判明した。そこまでいけば、あとは警察に任せるだけで良い。そもそも警察に通報できなかった理由は既にこの世からいなくなってしまったので、考慮する必要性がなくなってしまったが故だ。一週間経った今でも、警察の調査は進んでいる。重要参考人として一度一世も警察にて事情聴取を受けたものの、その後、一切音沙汰はない。

 だがそれもいつものことだ。この女性と関わるようになってから、そういった警察沙汰になってもこっちに干渉は一切こない。もう、そう言うものだと思うことにしている。

「それにしても、一世クンも薄情よねぇ」

 資料に目を通すマナからそんなひと言。

「なにがですか? 女の子を警察に突き出したことですか?」

「いやまぁ、それもあるケドさ。自分の後輩がいなくなったのに、いつも通りで」

「…………泣いたほうがいいんですかね?」

 無論、別に一世は泣きたい訳ではない。本当に悲しいときの、自然な涙はでてこない。寧ろだそうと思っても、でない。

「いやいや。別にいいよ。覚悟してたことだしね。あのアパートに向かう時点で、大体のことは一世クンも察しがついてたでしょ?」

 一世は「まぁ」とだけ言って、ソファに再び体を預けた。

 そう、解っていた話だ。

 彼女―――周防セナについて。

「律儀というか、商売上手なのかね? まぁ、麻薬とか云う中毒性の高い代物を扱っている以上、リピーターの情報は確保しておくでしょうしね」

 依存症の人間が何度、自分の元で薬を購入したか、それをあの魔術師バイヤーは資料にまとめていた。

 乱交パーティに使用されている『B.M.』の購入は、殆どがそのパーティの主催者である人間がまとめて購入しており、パーティ参加者の名前はあまり判明しなかった。が、その資料のなかで、一世は見慣れた名前を見つけたのである。それが「周防セナ」。つまり、一世の後輩のひとりである。

 彼女が、今回助けを求めてきた彼の恋人になっていたことは知っていたので、もしや、と思ってアパートに向かってみたのだが。どうやら、手遅れだったようである。

「自分自身で、『B.M.』を作ろうとしたワケか。バイヤーから態々買うのが面倒になったのか、それとも別の理由があったのかどうかは解らないが、とにかく彼女にはそれが出来る素質があった、と」

『B.M.』の魔力適合を起こした時点で、彼女には魔術師としての才能もあったのだろう。しかしながら、そう言った魔術に関する知識を持っていなかった為、それを実践することもなく、そもそも魔術などと云うものも知らずに、生きていた訳だ。

「そもそも、彼女は何故、自分の恋人がいるのにも関わらず乱交パーティなんかに参加しようと思ったんだ?」

 腑に落ちん、と、マナは付け加えた。一世からの話を聞く限り、マナは彼女と、その恋人である彼が、そのような人間には感じなかった。

「元々、あまり乗り気じゃなかったんじゃないんですか? 付き合うことに関して」

 一世が他人事のように言った。

 なるほど、とマナは頷く。

「つまり、彼女にとって彼との付き合いは、一世クンを忘れる為のものであって、正直どうでも良かった、と言うことになるのかな?」

「…………さぁ?」

 ソファに横になっている一世は体をひねって、うつ伏せになる。

「乱交パーティに参加したのも、そう言った行動の一環か……。どうでも良いと思っていたからこそ、自分の恋人が他人の女を抱いていることに対して何も感じなかった。まぁ、『B.M.』とか云う不確定要素があったにしろ、彼女にしてみれば、一世クンを忘れる為か…………もしくは、気を引くための行動だったのかもね」

 思わず、一世は舌打ちをした。わざとらしい、マナの言葉遣いに嫌気が差したのである。

「つまり…………俺が悪いんですか?」

 勢いよくソファから飛び起きて、マナに向かってそう言うと、部屋の扉へと歩いていく。その後ろを姿を眺めつつ、マナは少し考えて―――

「まさか。キミはキミなりに考えて彼女を振ったワケだし、その後の行動に責任はないよ。結果として、こういうことになったワケだけど」

 フォローするように、そう言う。

 まだ、自分が責められているような気がして、勢い良く部屋の扉を開けて外に出ると、これまた勢い良く扉を閉めた。だんっ、と鈍い音が部屋中に響く。

 マナは扉が閉まり、廊下を歩く音が遠ざかった頃を見計らって、資料にまた目を通す。

「―――まぁ、私としてはメリットはあったけどね。

 魔力充電、ご苦労さん、一世クン」

 彼には少しボーナスを出してあげよう、と、マナは心の中でそう思う。




 一世は自分の住むマンションに戻ってくると、勢い良く玄関の扉を開けて、乱暴に扉を閉めた。マナの屋敷と違って、マンションの扉にはどれだけ勢い良く閉めたとしてもゆっくり閉まるような仕組みになっており、大きな音を立てることはなかった。

 部屋に入ると冷蔵庫を開けて、中からコーラを取り出して、開封。炭酸の抜ける乾いた音が響いて、その場にコーラの香りが漂う。その余韻を楽しむ間もなく、一世は中身を口にする。

 喉を鳴らして一気にペットボトルの中身半分ほどを飲むと、息を吐く。

 まったくもって、くだらない。一世は心の中でそう呟く。労力に見合っていない。苛立ちは、自分の精神をすり減らすだけで、メリットはひとつもない。そんなことは、解っているのだが。

 コーラの蓋を再び閉めて、テーブルの上に置くと、ベッドで横になる。……しばらくそうして、何度か寝返りをしながら時間を潰していた。

 時刻は、まだ一一時。本来なら学校にいなければならない時間なのだが、『B.M.』の事件以来、学校への足は遠のいていた。ただ、友人である原光秀だけは定期的に部屋に来ては部屋に設置されているテレビゲームをして帰っていく。

「そろそろ、行かないとだよなぁ」

 正直、生きることに関してはそこまで問題はないほど金はある。父親からの支援もある、マナのもとで働いているのでそれなりの給料は貰っている。彼がこの高級マンションに住んでいる理由も、金のめぐりが良いからである。

 が、高校に通っている以上、その卒業資格だけは保有しておきたい。マナの場所は給料はいいが、あのような場所で働き続けるのは面倒である。出来れば、遠慮願いたい。なので、それなりの学歴を持って、普通の会社員として細々と生きたい。で、つまらなくなったら辞めたい。

 ふと右腕を眺める。恐らく、これがある限りは、自分はそういった生活を望めはするものの、長続きはしないだろうな、と思う。既に、自分の意思ではどうしようもないところまで来ており、そこから脱却する方法がないぐらいには深みにはまっているのである。

 恐怖はない。これがそこにあるのは当たり前である。今回の事件も、これがなければセナを止めることは出来なかっただろう。

「周防、セナ」

 名前を呟く。

 長らく忘れていたその名前。覚えられないので、チョコレート後輩などと名付けていた。それが何の因果か巡り巡ってひとりの後輩を犠牲にして出会ってしまった。違う、ひとりではなかったな、と一世はあのアパートの惨状を思い出す。

 赤いペンキをぶちまけられた赤の壁。地面には躯体を引きずり回した痕。所々に描かれた魔方陣の数々。狂った空間だ、魔術とはひとをあそこまでも狂わせるものなのか。

 いまはあの場所は立ち入り禁止になっているので、足を運ぶことはできない。当然だ。あとになって聞いた話だが、あそこでセナの犠牲になったのは依頼主である後輩を含めて七人。どの死体も首筋を切られており、大量の血を失った状態で見つかったらしい。幸い―――か、どうかは不明だが―――なことに、彼女の犠牲になったのはあのアパートの住人だけで、それ以外の場所では殺人は犯していなかった。

 とはいえ、殺人は、殺人だ。彼女は罪を犯した。魔力というものに魅せられてしまい、我を忘れていたとはいえ、彼女は生きている人間を殺して、自分の糧にしようとしていたのである。弱肉強食の自然界では当たり前に存在しているそれも、人間社会では通用しない。

 一世による「鉄建制裁」を受けたあと、彼女はマナによって警察に引き渡された。これから彼女がどうなるかは解らない。死刑になるかも知れないし、無期懲役になるかも知れない。

 どうでも良い話だ。

 結果からすれば、彼女は殺人鬼となってしまった。世間からは異常者のレッテルを貼られ、後世に残る残虐非道な殺人鬼。


 ……だがしかし……


 一世は思った。

 丁度、時を同じくして、マナもまたひとつ引っかかっていたことがあった。


「―――周防セナが言っていた『親切なお方』……

 引っかかるな」


■■■


 かつ、と乾いた音を響かせながら、その男は施設の廊下を歩いていた。白一色のこの施設は、端から見れば病院を思わせるが、病院のような医療機器は設置されておらず、ひたすら真直ぐな廊下が続いているだけであった。

 いでたちは、どこかの研究員を思わせる。長い髪の毛を後ろで束ね、黒縁の眼鏡をかけ、しわだらけのワイシャツを上に着て、またしわが目立つスーツのズボン。何より、引きずるほど長い、白衣。

 真直ぐに続く廊下は、まだ果てが見えない。後ろを振り返っても、廊下は続いており、一体いつから彼がこの廊下を歩いているのか、そしてあとどれだけ歩けば次の景色が現れるのか。

「おや」

 男がふと足を止めた。

 歩き続ける廊下の向こう側から、人影が見えたのである。客人とは珍しい。

「……なんだ、あなたか」

 男は白衣のポケットから手を出して、わざとらしく、演技らしく、両腕を広げる。

「言いたいことはわかりますよ。ええ。オレ(ボク)の行っている実験のことですよね」

 愉快そうに笑った。

「とりあえず、まずは〝一回目〟といったところでしょうかね。『B.M.』は思った以上の効力を発揮してくれましたよ。ええ」

 手前の人影は、なにも喋らない。ずっと、男の前で立っているだけである。が、彼は話を続ける。

「まだまだ調整は必要ではありますが…………とりあえず、もう一体、仕向けようかと……

 えぇ、とりあえずの〝一回目〟はそこそこの成果でしたし、次の〝二回目〟はもうちょっと難儀なのを」

 白衣の男は広げていた腕を戻して、白衣の懐から帽子を取り出す。それを被ると、刹那の内に白衣は姿を消し、スーツ姿の服装は黒いコートを着た老紳士の格好へと姿を変える。

「それでは、また」

 黒い人影の横を通り過ぎて、老紳士となった男はまた白い廊下を歩き始めた。


/B and M/ 了



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