プロローグ
【Boy is not know. That true past /
Prologue】
この世には「善」と「悪」がある。
光があればそこに影ができるように、当たり前のようにこの世には反対が存在している。それは人類と云う『観測者』『干渉者』が現れる前から変わる事なくこの宇宙にある法則である。
法則は宇宙だけに留まらない。
法則はこの『セカイ』にも、その下に存在する『世界』にもある。
秩序が存在すれば、当然のように混沌も存在している。人類が現れてからの歴史を見てもそれは明らかであり、戦争があれば平和もあった。平和になる事によって戦争が起こった国もあれば、その逆もまた然り。
概念によって根本的に混沌や争いは決めつけられているのだ。
セカイに、宇宙に、存在している平穏とエネルギーを見れば争いは必要なものなのである。このままだと莫大な力は宇宙を飲み込んでしまい、すべてを破壊しつくしてしまうからだ。
広がり続ける宇宙と比例して、その莫大なエネルギーも膨張し続けているのである。
―――では、このセカイ、宇宙はどうしてこんなにも寒いのか。
生物が存在してはいけない死の世界である宇宙。そこは極寒の世界。
膨大なエネルギーを使ってもなお、極寒の世界を保っている宇宙は、いつまでもその宇宙と云う世界を温める為に、どこから来る訳でもない、途方もない、爆発的なエネルギーを作り出している。
概念は、そのエネルギーを『宇宙』と言う『 』(わくぐみ)から破裂させないように、星を、そして生命を作り出す。
……だがそれでも足りない。その星や生命ですら内包してしまう宇宙の力には、概念でさえもどうこうできるものではなかったのだ。
概念は膨大なる力を消費するには、自分たちだけでは不可能だと考えるようになった。だが、自分たち以上に高位な存在はおらず、自分たちと同等の生命を作る訳にもいかなかった。
エネルギー消費の為に誕生した星たちの中には、概念でさえも予想できない進化をした生命が多数存在していた。
彼らは「文明」と呼ばれるものを作り出し、自由意思と云う言葉の下、多くのものを作り出してきたのである。無論、中には概念の一部が手を加えたものも存在しているが……
星たちの文明は、繁栄しては滅び、また産まれては壊す―――これを繰り返していた。中にはその文明の巨大さ故に、惑星ごと破壊してしまう文明もあった。
破壊された文明は宇宙を漂い、いつしか命の種となって、命の無い星に命を作った。
何とも不思議な現象か。戯れ、使命感によって作られた生命と呼ばれるものがこのようなものを作り出している事に概念は驚きを隠せなかった。
知性と知識を持った生命たち。彼らは日々進化し、そして、想像を絶する力を身に就ける個体も現れる。それが楽しみでもあり、恐怖でもあった。
世界の設計図たる『アカシックレコード』。それらに触れる生命すら現れてしまった。
ついに概念はその凄まじい能力に魅せられ、あるひとつの使命を与える事にした。
この宇宙にある途方もないエネルギーの消費である。
概念はこの世の存在である故に、宇宙と同義である。それ故、彼ら自身がエネルギーを消費する事はできず、逆に莫大なエネルギーを生み出してしまう危険があった。
しかし彼らは違う。概念によって生み出された生命は、宇宙とは関係のないものであり、そして客観的に宇宙の力を視て、使用する事ができたのだ。
彼らに力を与えよう。否、力なら既に持っている。こちらが与えるのはきっかけと、役割と言う「椅子」で充分だ。
人類と云う未熟な生命を選んだのは、これからの成長の余地がある事と、まだ不確定な部分が多く、繰り返した文明もまだ一〇〇程度と、情報量が少ないと云う部分もあったのだろう。
情報を得る為には人間社会に侵入する必要があった。彼らは『干渉者』とは別に『観測者』を送り込んだ。
観測者は多くの世界を行き来し、何度も、何度も繰り返す。彼らは新たな世界の礎となり、次なる世界を作り出す新しい種となる。
幾つもの可能性を巡り、完結とリセットを繰り返し…………
人間の力は素晴らしい。幾らでも、何度でも過ちを犯す。生命と云う枠組みの中では進歩しない、野蛮な種族だと言えよう。しかし、宇宙から見ればそれは良い消費者であった。
莫大な宇宙の生み出した力を自然力として、それを変換して魔を行う術である魔術。多く個体の存在する人類たちにとっては適性などが存在しているものの、ほんの一握りの存在がその力を使い、消費してくれれば良い。
そして、より膨大で、そして凄まじいエネルギーを扱い、魔を成し、概念ですら、宇宙ですら法則を覆す異常な魔術師を―――
人類は『魔女』と呼んだ。
◇
とある男の話をしよう。
渇望するが故に、すべてを滅ぼしてしまった悲しい男の物語だ。
その男の願いはただひとつ。自分と云う存在の確定であった。
さて、ここで考えるのは、一体なにをして『自分』と云う存在を―――『 』(わくぐみ)を確定させるかである。人間と言う存在は、この世に生を受けた刹那に自己をこの世に定着させる事ができる。親と云う他人に認識されるからである。
しかし、この男はそうは思っていなかった。
男にとって自分と云う存在の確定とは、人格が、いかに形成されるかであった。
この世に生を受けたばかりの赤子を見た事があったが、彼らには彼らの(赤子)社会がある。その社会の中で、彼らは通常であり、自分の存在を確定させるのに親の力を借りるにしろ、社会に進出できるのだ。
次に、赤子は成長して少年へと変化を遂げる。小学生、中学生と、成長している彼らは、その学校の中にある『彼らの社会―――つまり学校―――の中にある普通の人間』と云う『 』(わくぐみ)が存在しているのだ。そこに認識されたとき、少年たちは自分を確定できる。
……簡単に言えば、男はその『 』(わくぐみ)から外れてしまったのである。誰もが思う『普通』に入り切らなくなってしまったのだ。
決して定員オーバーではない。中の定員は、人間が居れば居るだけ、そこには無限に席が用意されているものなのだ。
彼が普通でなくなってしまったのには、自分の中に普通に存在している「恐怖」と云う感情が、姿を消してしまったからである。
これがどうしてかは解らない。いつの間にか、そうなってしまったのかもしれない。男にとっては、その自分の中にある普通でなくなってしまう事に対する恐怖すら、どうでも良いものと思って受け入れている。
他者はそれを異常なものだとしているが、自分にとっては正常。
が、いつしかその正常であると思う事に多少のズレが生じてしまったのだ。
ただひとり、愛する人を見つけてしまったときに、どうして自分は外れてしまったのかと激しく後悔してしまったのだ。自分ではどうしようもない事だと解っていたとしても、それを自分のせいにせざるを得ない。
あの日、突然変わってしまった自分。自分を正常であると認識していたはずのものが、いつの間にか違うようになっていた。理由も解らないまま、日々を過ごして……最後の最後で、後悔する事になる。
では、どうすれば良いか。
考えに考えた結果、男はこう思った。
―――自分が正常である事を世間に知らしめれば良い。システムを変えてしまえば良い。
発想は無理難題、出鱈目な話だ。既にこの世界の『正常』の『 』(わくぐみ)は決まっており、それを今さら変革させる事は不可能に近い。それは、人間の思想を根本から覆す必要性があるからだ。
数千年の歴史を持つ人間の思想、心理、そして価値観は変わりつつあるが、その根本は何ひとつ変わってはいない。大衆と違う者は嫌悪され、外れた人間として認識、処理されてしまう。
何をすれば、それを覆す事ができるかと考えたとき、それは人間の歴史を丸ごと変えてしまえば良いと考えた。
何とも突飛な発想か。いわゆる、思考の破綻である。確かにそのとおりではあるものの、現実にどうやれば歴史を覆せるかと言われれば黙ってしまう、もしくは同じように突飛なもので返すか、の二択である。
男は最初、この世全ての歴史書、ネットワークに存在しているものを根こそぎ書きかえる事によって歴史を覆そうとした。―――が、いざそれを実践に移そうとしたとき、それでは歴史は変わっても人間の根本のものは変わらないのではないのか? と思ってしまい断念する。
やはり、人間の製造段階での問題に阻まれてしまう。
人間―――つまり、人類の進化と云うものは、猿から始まり、森から野に出た事により二足歩行を覚え、共通言語を用いて、独自コミュニケーションを作り出した。
差別と云うものはその辺りから生まれたのだろう。ひとりでは何もできない個体、仕事のできない個体。イレギュラーな存在はその頃から明確に差別化されていたと考える。
では、その頃からやり直せと言うのか?
不可能だ。人類の科学力では、歴史を遡り、過去へと戻る事、未来へとワープする事は不可能だ。タイムマシンなど、アニメか、小説だけの世界の産物である。
何百、何千もの時間を費やせば、もしかすれば完成するかもしれない。が、その可能性は低い。今の科学の常識ではあまり想像ができないからだ。あるいは、完成する前に人類の文明が滅びてしまうかもしれない。
……もし、平行世界と云うものがあったらどうだろうか? そんな世界が存在していて、その世界は最初から自分の望むような世界として構築されているものだったとしたら……
それなら、男の願いは叶う。自分の異常が異常ではなく正常である世界。そんな平行世界があるのなら、タイムマシンなどを待たなくても良い。
ここでさらなる突飛な発想に至った訳だが、不思議と過去に戻るタイムマシンと、平行世界にジャンプする能力は、どちらかと言うと後者の方が簡単に思えたのだ。
いつだったか忘れたが、聴いた事があった。
その人間は、平行世界から来たと言っていた。目が覚めたら、自分は平行世界に居たと言うのだ。別に、世界を変わったからと言って見た目が、歴史が、大規模に変わった訳ではないと言う。しかし、自分の両親と、自分の記憶に相違点があると言うのだ。まったく別の歴史をたどった世界にいつの間にかジャンプしていたと……彼は言うのだ。
信じるのなら、歴史を飛ぶと云ういつになるか解らないものを信じるよりも、突発的事象に任せる方が良いように思える。
ではもし、その事象を引き起こす術があるとしたらどうだろうか?
この世には一般人の知らない「非現実」が存在している。それは「現実」と云うものの常識が通用しない世界の事だ。異常者を以上と捉えず、特異者と捉えている、ある意味外れた人間こそが優れた場所である。―――が、日常にて、正常でありたい彼には相応しくない場所であった。
場所を知った理由など、ほんの些細な出来事に過ぎなかった。しかし、その些細な出来事は、とても大きな出会いだったと思っている。
彼女は、自分を「概念の代弁者」と名乗った。
始めてその言葉を聴いたとき耳を疑った。この人間は大丈夫だろうか、と一瞬疑った。それと同時に、面白い、と思ったのも事実であった。
自分の日常を破壊される事に危機感は無かった。また日常に戻ってくれば良いと、思っていたからである。
男のように、どこか壊れてしまっている人間は、彼女たちのような非日常に生きる人間にとっては貴重なものだったらしい。
なるほど、道理で。
男は納得した。彼らのような裏に生きる人間たちに必要なのは「特異性」だからだ。通常の人間が持つような「属性」を求めてはいない。欲しいのは、優秀な人材で、日常では役に立たない、優れた「特異性」であった。
男は異常者。すんなりと、そちらの世界に入る事ができた。
出会った人間―――『魔女』に感謝しつつも、いつしかその魔女の力を使って自分の成すべき事を、やるべき事を、野望を、成し遂げてやろうと、胸に秘めつつ修行に励む事になる。
彼ら―――つまり裏側の世界の人間は「魔術師」と自称していた。
魔術とは。
この世に存在している不確定要素を使用した―――多くの場合、この不確定要素は「魔力」などと呼ばれる―――力であり、この世に常識では考えられない現象を作り出すものである。
細かいところはよく解っていないらしい。とにかく、超能力のようなものだと思え、と言われた。
そしてこの魔術とはなるほど、とても御しやすい代物である。もともと、気付かないだけの存在でありつつも、その人間の才能を重視する。努力でどうにもならず、魔術を扱える人間は、それをすんなりと自分の中のものだと捉えて使役する事ができる。思い通りに動いてくれるのだ。
通常の魔術師は、多くの場合はその力を専門の学び舎のような場所で学ぶ。魔術師には様々な小説などの架空の話と同じように、それを統括する組織が存在していた。見習いはそこに入れられる。
多くの魔術師はそこで才能を開花し、魔術師に弟子入りし、自身の力を磨いていく。それが普通だと言う。
特異な例を挙げるとすれば、それは『魔女』だ。
魔女とは。
この世に存在している、世界の法則や、宇宙の法則に精通しており、常人では決してたどり着く事のできない、史上最高の魔術師の事を示す。魔女と名のるように、そのほとんどの人間が女性である。
この人物の教えを得たものは、最終的に魔女になるべく最後の試練を与えられる。それをクリアした人間は、新たな魔女、魔王としてこの世に君臨するであろう。
魔術界隈ではそのような話があった。
男は特異な人間でありつつ、しかも魔女との知り合いと云う事もあり、魔女の教えを乞う事にした。
始めて魔術に覚醒したその瞬間から、魔女の教えを受け、修行を重ねた男は、魔術界隈では最も整った環境で魔術を学ぶ人間として、多くの注目を集めた。
模範的な彼の行動には何も言う人間はいなかった。この魔術界隈では、彼のような異常者は数多くいる。彼の「恐怖」を失った破綻者だったとしても、何も言われなかったのである。
……だが、その恐怖が欠落していたが故に、彼はその異常さを、時が立つにつれて増大させていったのである。
忘れてはいないのは、彼の当初の目的である、自分が『普通』で居られる世界である。それを達成する為に、この裏の世界へと足を踏み入れたのである。どれだけの時が流れようとも、それを一日たりとも、一瞬たりとも忘れた事はなかったのである。
魔術師として修業を積む傍ら、その準備を進める。しかし、魔術師として魔術を知っていけばいくほど、それが魔術師界隈では難しい事であると痛感していくのである。
平行世界を渡る。時間を遡る。それは、喩え魔女だったとしても難しい事―――いや、ほぼ不可能と言っても過言ではないものだったからである。
不可能を可能にする力を得るべく、彼はさらに魔術について知識を深めていく。その内、魔女のシステムと力について興味を持ち始めた彼は、その狂気をようやく、開花させたのであった。
―――事は、すぐに始まった。反乱だ。
彼の行使した魔術によって、彼女の弟子の大半が死亡した。
今まで自分を育ててくれた魔女と対面したとき、こう叫んだ。
「ついに見つけた!」
それはまるで、ようやく隠された玩具を見つけた子供のように、無邪気な笑顔であったと言う。