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王子様と魔女の話

作者: ナイアル
掲載日:2013/02/10


 むかしむかしあるところに、一人の王子様がいらっしゃいました。

 剣の腕はお城の騎士たちでもかなわず、学問でもまた、お城の学者たちも舌を巻くほどの聡明さでありました。

 当然、そのお顔も美しく、花も咲くのを忘れるほど、いずれ劣らぬ美人ぞろいのお城の女官たちさえも、王子様の前ではかすんでしまいます。

 とても思いやりのあるお人柄で、王国の人たちにも尊敬される人気者。いずれは王様の跡を継いで国を治めてほしいと願う人も多かったのです。


 でも、王様の息子はもう一人。王子様の兄上がいらっしゃいました。

 兄王子様も学問や武術は人一倍お出来になりましたし、政治や外交にも優れた手腕を発揮しておられましたが、弟君がそれよりもずっと優れておられたため、ことあるごとに比べられては、面白くない思いをしていました。

 弟君もそんな兄上を見ては、心を痛めておりました。


 二人の様子を見かねた王様は、ある日、弟君を呼び出すと、一つの使命を授けました。

 国の外にでて、何か一つ大きな手柄を立ててくること。

 人々に迷惑をかける悪者を倒し、王子様と、この国の評判を高めるまでは帰ってきてはならぬと。

 生きて帰れるかもわからない、大変な使命ですが、王様の命令ともなれば断るわけにはいきません。

 王子様はうやうやしく一礼すると、簡単な旅支度だけでお城と王国を後にしたのでした。

 


 使命を受けて旅立った王子様でしたが、しばらくあちこちをさまよったのち、ほとほと困り果ててしまいました。

 

 何しろ、むかしの王子様たちが、同じような使命を受けてはあちこちの悪者を手当たり次第に退治して回ったものですから、世界はすっかり平和になってしまっていたのです。

 世界征服をたくらむ悪の魔法使いも、町をおそってお姫様をさらう悪い竜も、今ではすっかり昔の話。おとぎ話の中にしかいなくなっていたのです。


 いくつもの草原を越え、いくつもの海を渡り、王子様はたくさんの国々を巡りました。

 盗賊や小鬼たちが悪さをしているのを止めることは幾度もありました。

 でも、王子様が手柄というのにふさわしいような、周りのみんなが困り果ててしまうくらいの悪い物はいませんでした。

 王子様が助け出すのにふさわしいお姫様も、もうみんなどこかほかの王子様に助け出されていたり、あるいは自分で危険を切り抜けてしまったり……とにかく、そんな危機に陥っているお姫様も、もうどこにもいなかったのです。


 

 長い旅に疲れはてた王子様は、ある時大きな森に通りかかりました。

 とても悪い魔女が住んでいるという噂を聞いて訪れたのですが、きれいな花や目に優しい草が柔らかな木漏れ日の下で揺れているのを見れば、そんな恐ろしい物が潜むようにはとても思えません。

 ここの魔女もやっぱり退治されてしまった後かと、枝を抜けてくるここちのよい風を感じながらも、王子様の気持ちは暗く沈んでしまうのでした。


 森の中程に、切り開かれた小さな広場がありました。

 広場の真ん中には、小さいけれど手入れの行き届いた木の小屋が建っておりました。


 ここまで歩いてくるのに、道らしい道もありませんでした。そんなところに住んでいる人がいるなんて、王子様には思いも寄りません。

 驚きながら小屋へと近づくと、その裏手には柵に囲われたお花畑と菜園がしつらえられております。

 土は精魂込めて耕され、瑞々しい野菜の葉には、水や利されて間もないのでしょう、大粒の滴が、空の青さと緑の葉を映して輝いておりました。

 花畑には狭い中にも色とりどりの美しい花が咲き乱れ、お城の中庭の花壇を思い出した王子様は、そのうちの一輪、宝石のように深い碧に染まる花へと思わず手をさしのべました。


「毒がありますので、お気をつけくださいな」

 ガラスの鈴を鳴らすような、絹の束を揺らすような、透き通った声が、花の奥から響いてきます。

 驚いて目を上げた王子様にほほえみかけるのは、かわいらしい少女でした。

 どうやら花の世話をしていたらしい少女は、麻の粗末なドレスを着て、少しくたびれた革のエプロンで泥に汚れた手をぬぐっています。

 どこの村にもいる村娘のような格好をしていても、その少女の美しさは隠しようもありませんでした。

 野良仕事に精を出しているのに日焼けもしみも見あたらない透き通った肌、笑みをたたえた唇はバラの花びらのように艶やかで、先ほどの葉に浮かんでいた水滴のように済んだ青い瞳は王子様を興味深そうに見つめています。

「こんな森の奥に何かご用ですか?道にでも迷われたのかしら」

 首を傾げると、滑らかな金の髪がさらさらとかすかなせせらぎのような音を立てます。


「これは失礼いたしました、お嬢さん。私は旅の王子。人を苦しめる悪い魔女を退治するため、この森へと足を踏み入れた者です」

 思わず見とれていた王子様は、恥ずかしさで顔を赤くしながら、高貴な方らしく居住まいを正し、優雅に一礼を返しました。

 そんな王子様の姿に少し驚いたように目を丸くすると、少女はころころと笑い始めます。

「それはそれは、遠いところをはるばるとよくお越しくださいました」

 冗談と思われたのでしょうか?

 王子様は長旅で身も心も仕立てのよいお洋服もすっかりくたびれてしまっておられましたし、森に迷い込んだ若者がとっさに見栄を張ったと思われても仕方なかったかもしれません。

 王子様自身も、そういう言われようにはすっかりなれておいででしたから、小さくくすりと笑うと冗談めかして言葉を続けます。

「こんなに素敵な森にお住まいのあなたには、魔女の住む森だなんて悪い噂はご不快であったかもしれません。きっと魔女がいたのは遠い昔のことなのでしょう」

 なにしろほかの悪い魔女や竜や魔物はどれもすっかり退治されてしまった後でしたから、この森の魔女もずっと昔に退治されていたって不思議ではありません。


 わびるように頭を下げた王子様に、少女は優しくほほえみます。

「お顔をあげてくださいな、王子様。わたくしは少しも不快になど思っておりません」

 先ほど王子様がつみ取ろうとしていた青い花の茎を、少女の手がそっとなぜます。

「ご厚意いたみいります」

 お城の貴婦人にそうするように、少女のもう一方の手を取って口づけしようとした王子は優しく押しとどめられました。

「いいえ、王子様。違うのです」

 忘れていたとばかりに色あせた麻のスカートの裾をちょっと摘んで、恭しく貴婦人の礼をした少女が言いました。

「わたくしが不快に思わないのは、ただ、王子様がなにも失礼なことをおっしゃってはおられないからですわ」

 お城でも見たことないほど優雅で美しい礼に戸惑いながら、王子様は首をかしげます。

「王子様は何も失礼なことをおっしゃっておりません。間違ったことも、何も。だって、わたくしがその『悪い魔女』なんですもの」

 腰を折ったまま顔を持ち上げた少女……いいえ、魔女は、驚く王子様に花がほころぶような笑顔を向けるのでした。



 招き入れられた小屋の中は、外側と同じく綺麗に片づけられていました。

 蜘蛛の巣や埃の気配なんかどこにもありません。

 おとぎ話の魔女には付き物の、ぐつぐつと泡立つ大窯が据え付けられたりもしていません。

 ここまで歩いてきた森と同じように、怖くておどろおどろしい雰囲気なんか少しもなく、手入れされ、整えられ、居心地よくしつらえられた、暖かい部屋でした。

 少し普通と違うところを挙げるとすれば、色も形も様々な草花の束が、そこかしこに吊されていることでしょうか。

 そのうちのいくつかが、外の花畑に植わっていたことを思い出した王子様は、薬草を干してでもいるのだろうかと、そんなことを考えるともなしに考えていました。

 そんな風に考えてしまうくらい、どこの村にも一軒はあるごくごく普通の薬草士の家と同じたたずまいでした。


 部屋の中には不思議な、でもどこか心の落ち着く香りが、かすかに漂っていました。

 

「驚かれましたか?」

 魔女は戸惑いを隠せない王子様の顔を見て柔らかく微笑みます。

 

 二人の座るテーブルの上には、ハーブを練りこんだクッキーと、胸のすっとするような香りのハーブのお茶が二人分ならんでいます。

 小さく切られた窓からは暖かい日の光が差し込んで、革のエプロンを外して粗末なドレスだけになった魔女と、旅装を解いて身軽なシャツ姿になった王子様を優しく包み込みます。

 誰が見てもそれは落ち着いた午後のお茶の光景で、悪い魔女とそれを退治に来た王子様が話しているようには思えません。


「あなたは本当に悪い魔女なのですか?」

「私を知っている方は皆そう呼ばれますわ」

 戸惑いながら訪ねる王子様に、魔女は微笑みを崩さないまま答えます。

 表情も声も、それが彼女にとっては本当に当たり前のことで、そう自己紹介するのに何も不思議と思っていないことを表していました。


「東の村の農家から、子供をさらったと聞きました」

 少し前のこと、一夜にして一軒の農家から子供が消えたといいます。

 大人たちは魔女のしわざと涙ながらに王子様に訴えました。

 魔女なんてもういないと思っていた王子様は、たちのわるい人さらいでもでたのではないかと思っていたのですが、こうして魔女がいるのなら、本当に魔女のしわざかもしれません。

 いえ、目の前のかわいらしい少女がたとえ本当に魔女であっても、とてもそんな大変な悪事を働いたようには見えません。

「あの家は大変に貧しかったものですから。あのままでは子供も、親も、一緒に飢えて死ぬほかはありませんでした。信頼できる人買いに任せましたから、あの子は良い家の召使いとして、大切に扱われていますわ」

 あっさりと、まるで花壇の花を寄せ替えたとでもいうように、魔女がうなずきます。

 たとえよい家に貰われたと言っても、人の子を売ったには違いなく、それは大変に悪いことです。

 それにしても、質素な家と魔女の様子は子供一人売り払ったようには見えません。人買いを信頼できるというほどに繰り返しお付き合いがあるなら、よほどにお金を儲けていてもおかしくないのですが。

 お金の行方を問いただそうとして、王子様は子をさらわれたという親の様子を思い出しました。

 父親も母親もごくごく普通の、それはつまり、貧しいには違いなくとも子一人を育てられないほど貧しそうにはとても見えませんでした。

 魔女がうそをついているのでしょうか?

 いいえ、たぶんそれはきっと……

「子供を売ったお金は、両親に渡したのですか?」

「幾らかは差し引かせていただきましたけれど」

 それが何か?と問うように魔女は首をかしげます。

 王子様はひどく喉が渇いた気がして、手元のお茶を一口すすります。

 さわやかな刺激がすっかり冷え切った王子様の胸とおなかの底を温めて、少し気持ちが落ち着きます。

「それでは、両親だって子供の行方をご存知でしょうに」

 子供がいなくなった後にお金まで受け取っているのですから、これはさらわれたなんていうお話ではありません。

 行方を知っているどころか、そもそも親が子を売ったというべきではないでしょうか?

「いいえ、ご両親は何もご存じないことになっています」

 でも、魔女は少し目を伏せたまま、首を横に振るのでした。


 知らないはずはありません。いえ、両親だけではなく、子供がいなくなった後にお金を手に入れたのを見れば、村の大人たちだって簡単に想像がつくはずです。

 それでも誰も何も言わずに、ただ魔女が子供をさらったと言うのです。

 「知らないことになっている」、それはつまりみんな本当のことは知っていて、それでも知らぬふりで黙っている、ということなのでしょう。



「森の西では、村を一つ焼き払ったとも」

 今では牧草地になっているそこに、かつては村があったのだと、別の村の人がひそひそとうわさ話をしていました。

 一人の村人が、魔女の機嫌を損ねた村が、一夜にして焼き払われてしまったのだと怯えた顔で王子様に教えてくれました。

 わずかな石組みのほかには跡形もなく、王子様は、ずっと昔の村の跡を、誰かがまことしやかな怪談に仕立て上げたのだと思っていました。

 でも、魔女がこうして目の前に座っており、子供の売り買いのような行いまでしようというのでは、これもまた、本当のことなのかもしれません。

「ひどい流行病でしたから、ほかの村に広まる前に防ぐには、他に方法がありませんでした」

 はたして、魔女はこれまた何でもないことのように、畑の麦の病気を防いだとでもいうようにうなずきます。

 たとえほかの村を守るためでも、村ひとつ焼くというのはそれはとても悪いことです。

 ですが、家の中を見渡せば、彼女に薬の知識がなかったとも思えません。

 それでもなお手がないとなれば、それは焼き払うしかなかったのでしょうか。

 だいたい、その村を収める領主様は何をしていたのでしょう。流行病を手をこまねいて見ているだけだったのでしょうか?

 そこまで考えて、王子様はまたお茶をあおります。

 もしも本当に村一つを魔女が滅ぼしたというなら、これはとても悪いことです。

 たとえ流行病に何もできなかったとしても、領主様がそれを見咎めないはずがありません。

 ことによったら森に兵隊さんを送り込んで攻め滅ぼそうとするでしょう。

 ですが、ここにそんなものが来たという話は聞きませんでした。

 そもそもそれに、魔女がどんなまじないを使うといって、村ひとつをたやすく焼き払えるでしょうか。

 村一つ、中には逃げ出そうとする人もいたはずです。

 そんな村人一人を捕まえておくことなんて魔女にできるはずもなく、そうであればそこには魔女のほかにもお手伝いする人がいたのです。それも、ことによったら何人も。

「領主は……」

 もはや問うまでもないことでしょう。王子様の問いを遮るように、今度はずっと寂しそうな眼をした魔女が笑顔で言葉を続けます。

「ええ、まったくご存じありませんでした」

 

 知らないはずはありません。いえ、ことによったら、村人たちを逃がすまいと閉じ込め、村に火をかけたのは領主様とその兵隊たちだったのかもしれません。

 王子様に魔女の話をしてくれた人は何に怯えていたのでしょう?ほかの村人たちはなぜこのことについてひそひそ話していたのでしょう?

 彼らが警戒していたのは、森の魔女なんかではなくて、近くを歩く兵隊さんの姿だったのではないでしょうか?



「それでは、あなたは何も悪くないじゃあないですか」

 王子様がふうっと大きく息を吐きます。

 吐いた息は怒りでしょうか、安堵でしょうか。

 握りしめるカップから、わずかに残ったお茶のかすかなぬくもりが伝わってきます。

「いいえ、王子様。それでも私が悪いのですわ。だって――」

 手元のカップをいとおしむように抱えた少女は、寂しそうに微笑みました。

「私は、悪い魔女ですから」

 


「このお茶に使ったのは毒草なのです、と言って、あなたはお信じになりますか?」

 魔女の突然の問いかけに、王子様は思わずぎょっとします。

 王子様の手の中のカップはすっかり空で、つまり王子様はお茶を全部飲み干してしまっていました。

 いえ、王子様の向かいで微笑んでいる魔女も、自分に注いだお茶は飲んでいたはずです。

 本当に毒だったら、魔女だって無事では済まないでしょう。

「悪い冗談をおっしゃらないでください」

「いいえ、冗談ではありません。このお茶に使ったのは緊張をほぐすハーブですけれど、多く摂れば息を妨げ、命さえ奪うこともある猛毒ですわ」

 少しひきつった笑いを返した王子様に悠然と微笑んだ魔女は、自分のお茶に口をつけます。

 

「しかし、それは量を守れば薬ということでしょう」

「薄めても毒は毒。息を止めるその毒の効果が、同時に息を整え心を落ち着けるのです」

 王子様の反論に、魔女は静かに首を横に振ります。

「何事も、良いだけ悪いだけということはないのですよ、王子様。一つのこと一つのものが、良くもあって悪くもあるのです」

 貧しい親子は命を長らえましたが、結局わずかばかりの金と引き換えに生き別れてしまいました。

 流行病から多くの人々は救えましたが、村一つは滅びました。

「良いことだけではないのです。良いことを喜ぼうにも、同じ金貨の裏と表のように、悪いことの重み、後ろめたさがついて回るのです」

 親はわが子を売った罪を背負わなくてはなりません。

 領主と兵隊は村に火をかけた罪を、周囲の村の人たちは、病と火に飲まれる村を見殺しにした罪を、やっぱり背負ってゆくのでしょう。

 どんなにそれが生き残るために仕方のないことだったとしても、悪いことをしたという罪悪感は残るでしょう。

「ですから、わたくしがいるのです」

 子供と生き別れたのは魔女がさらったから。

 村に火をかけたのは魔女のしわざ。

 親子が生きながらえたのは、生き別れた悲しさを胸に頑張ったから。

 流行病が広がらなかったのは、領主の優れた治世のおかげ。

 

 一つこと一つものの良いところと悪い所を切り分けて、悪いは魔女に、良いは人に。毒は魔女に、薬は人に。

 悪いことの罪科はみんな魔女のしでかしたこと、だって悪い魔女なのですから。

 良いことは全部人がしたこと。そこに悪いことや罪なんかあろうはずもないのです。だって、悪いことは全部魔女のせいなのですから。

 そうしてますます魔女は悪く、人は良くなっていきます。


 悪い魔女を良い人たちは石をもって追い払います。

 悪い魔女を森の真ん中に捨て去って、見ないふりをして。

 そうしてやっと、良い人たちは自分たちが間違ってないと安心できるのです。



「それではあなたがかわいそうだ」

 王子様の言葉に、魔女はかすかにゆがんだ微笑みを浮かべるだけで、何も言いません。

「良いことと引き換えに悪いことがあるなら、その悪いことも引き受けるのが正しい行いでしょう。あなた一人に押しかぶせていいはずがない」

「人は正しく生きられるほど強くないのですよ、王子様」

 目を伏せて首を振る魔女は、とてもとても疲れたような、それこそ昔話の魔女ほどに歳をとったように見えました。

「だから私のような者が、人の罪を背負って、悪いことの責任を全部引き受けて、森へと追われるのです」

 窓の外を鳥が横ぎったのでしょうか、ほんの一瞬、窓から差し込む光が陰ります。

 光が戻った時には、魔女は優しくて、そして寂しげなほほえみとともに王子様の前に跪いていました。

「そうして、王子様。最後にはあなたのような方がお出ましになり、人々の罪とともにわたくしどもを退治してくださる。悪いことは切り捨てられ、良いことだけが人々のうちに残るのです」

 魔女は、その細い首を王子様の剣の差し出すように、深々とこうべを垂れます。

 王子様は、魔女のうなじの冴え冴えとした白さから眼をそらすように傍らに立てかけていた剣を見つめます。

 

 人々を苦しめる悪い魔女を切り伏せ退治すれば、それは王子様として文句のつけようがないくらいの手柄になるでしょう。

 人々の罪を引き受ける魔女自身も、その魔女に苦しめらたと言う人々も、魔女の死を願っています。

 盗賊や野犬や子鬼たちを幾度も切り伏せてきた剣ですから、自ら首を差し出す目の前の少女を切り捨てることなんて、とてもたやすいことのはず。

 それでも、魔女の告白を聞いた王子様には、その剣をとることができません。

 王子様も魔女も、身動き一つせず、何も言わず、ただじっと凍り付いています。


 

 いつの間にか日は落ち、夕焼けが空を染めています。

 森の木々に遮られて、小屋の中はもう夜になったように暗く沈んでいます。

 

 王子様はそっと椅子から立ち上がり、魔女の両手をそっと取り上げます。

 床に突いているうちにすっかり冷えてこわばってしまったその手を、温めるように自分の両手で包むと、驚いて顔を上げた魔女に微笑みます。

「では、あなたがこれ以上悪さをしないよう、私が見張っておりましょう」

「それは、わたくしをあなたの城に連れ戻るとおっしゃるのですか?」

 身を震わせた魔女の顔におびえが浮かびます。

「森の中でずっと一人暮らししていた私では、お城のしきたりになじめますまい。それに、正体が知れれば同じこと。こんどはわたくしだけではなく、あなたまでが悪いものとして石もて追われることでしょう」

 それでもなお自分ではなく王子様の身だけを案じて首を振る魔女を、王子様はそっと助け起こします。

「いずれ追われる身ならば、ともにこの森で暮らせばいいではないですか」

「王子様は帰るお城のある身でしょう。このような場所にいてはなりません」

「いずれ兄上と王位を争わねばならぬ身。帰らぬほうが上手くゆくこともあるのです」

 手を振りほどこうと身じろぎする魔女を、肩を抱くように押さえつけます。

「私が城に戻れば兄上を苦しめるというのなら、私もまた悪いものなのでしょう。あなたが悪い魔女というならば、私もお引き受けくださいませんか」

 王子様の腕の中でびくりと肩を震わせた魔女が、諦めたように力を抜きました。

「わたくしは悪い魔女なのですよ?」

「良いもののうちにも悪いものがあるのなら、悪いもののうちにも良いものはあるのでしょう?私には、あなたは心根の良い優しい女性に見えていますよ」

 王子様の言葉に、魔女は一粒の涙をこぼしました。

 いつしか上っていた月の光に照らされて、その涙の粒はどんな宝石よりもきらきらと輝いておりました。



 こうして、王子様は暗い森の奥深く、悪い魔女にとらわれてしまいました。

 父の跡を継いで王様になった兄上は、ことさら弟の王子様を探すよう命じたりはなさいませんでしたし、囚われの王子様を救おうなんて言う勇敢なお姫様や女騎士様もすっかりいなくなってしまっていましたから、二人は誰にも邪魔されることも追われることもなく、いつまでも静かに幸せに暮らしました。



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[一言] 二人ともよかったですね とらわれて助けに来るような勇敢な人がもういないって言うのは悲しいですね二人にとってはよいことでしたが
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