説明で御座流
基本的には俺は普通の人間である。
どこにでもいる。何処かの漫画やライトノベルの主人公のような出だしだが、恐らく俺はそれ以下だ。
て言うか「俺は漫画以上の人間だ」なんて自分から言えるほうが珍しいだろう。
自分は普通。そう思うのが普通だろう。少なくとも俺はそうだ。
今まで特に変わった事も無く。異端な才能にも恵まれず、学力だって一般…より下。
俺が経験した現象は他の皆の経験している。バーナム効果的なものだ。
つまり、俺に降りかかる現象は周りの他の人間も当たり前のように経験していることになる。皆同じような感じになるのだろうか?車に轢かれそうになったときにトラックを片手で止め、気がつくと鬼になっていた。みたいな事が…。
…無いよな…。
「…ええと」
「はひふぇ??」の後の言葉が続かない。とりあえず猫を開放しよう。俺は猫を放した。俺を見た瞬間全力で逃げ出した。トラックの中には人はいない。俺を見て目をつぶっているうちに逃げたか?
「というかそもそも俺は鬼になっているのか?」
今わかっていることはただ皮膚が赤く毛深くなっていて、頭に角のような物がついていただけなのだ(それで十分も万分も鬼といえるが)。
俺はとりあえず姿勢を戻し、たまたま鞄に入っていた鏡を取り出し自分の顔を見る。
仁王立ちで硬直。
赤い皮膚どころか眼球まで真っ赤に。白い髪がぼーぼーに生えていて、まるで歌舞伎役者のようだった。
「…ただの怪物じゃねぇか。これ…どうやって戻るんだ?」
もう現状説明は諦めた。無理。言い切れない。
人のいる気配はしない。俺一人らしい。もともと人気の無い所だったからな。これなら好都合だ。一旦落ち着く時間がほしいな。何処かに動くと危険だからな。どうしよう、マジで。
足を少しだけ動かした。
スウゥゥゥゥゥッ…。
毛が引っ込み、徐々に赤い皮膚が肌色に戻っていく。充血したように赤くなっていた眼球も正常な白目と黒目になっていった。…速攻戻りやがった…。
「?…?…?」
体は震えていた。
そりゃ車に轢かれそうになって、鬼になって。
俺は家まで全力だった。
家に到着し、ドアを開ける。
ふぅ吐きそう。今日二回目。
「あら、おかえりなさい候。友達がきてるわよ」
母さんは録画しているドラマを見ながらそう言った。友達?
俺は少し急ぎ足で自分の部屋へ行く階段を上る。俺の部屋は二階にあるのだ。
ダバン!!と自室への扉を開ける。
そこには、一人の少女がいた。
「おー来たかー。全く何であしゃあがやんなきゃなんないのかなー。別にいいじゃーんあしゃあがやんなくてもー、別の人でいいじゃーん」
自分のことを『あしゃあ』と言うその少女は、可愛らしさや綺麗さを合わせ持つような容姿で、茶髪で背中の真ん中辺りまである長い髪を頭の後ろで丸く結んでいた。年齢は多分俺と同じくらい。服装は簡単な格好で、ピンク色のTシャツに、黒色で七分のダメージジーンズ。
こんなにも可愛い友達が俺にいたか?俺は自室に少女がいるという発狂してもおかしくない状況で(?俺だけか?)必死に感情を押さえながら俺は聞く。
「…どちらさん?」
「あー、そーろー。遅かったねー。そんなにテンパってたのかー?」
「いやだから名前…」
「あーごめんごめーん。あしゃあ『アリンス』っていうんだわー。はじー」
はじめましてを略す奴に初めてであった。
「えっと、アリンスさん?すいませんが何処かで会いました?」
いや「はじー」と言っている時点で、初対面だろう。じゃあなぜ俺の名前を知っていたんだろう?
「あーほんとに遅かったなー」
そのアリンスと名乗る少女は地面にねっころがらだした。ここ、俺の部屋だよな…。
「あの、何か御用ですか…?」
「あーもうめんどくさいなー質問で診断とかできるかー簡単に終わられようーやー」
アリンスいきなりは立ち上がり、俺に近づいてきた。そして、思いっきり、彼女にしてみれば全然本気な気はしなかったが、俺にしてみれば思いっきり、腹をパンチでぶち抜かれた。
「え」
実際あまりにも突拍子のないことが起こると、人は固まってしまう。今俺には腹が無い。ぽっかり穴が開いているのだ。ぐじゅぐじゅである。
「うおおおおおおお!!!!なんだなんだ、痛い痛い痛ててててえあぁぁぁぁ!!!」
いやだいやだ死にたくない。こんな死を、痛みを受け止めたくない。
俺は思う。
「ってあれ?」
いきなり、まるで痛覚が消滅したように、痛みがひいた。そしてぐじゅぐじゅとずたぼろの筋肉や脂肪や内臓がうごめいていた。徐々に治っていったのだ。早送りのように。
「んーやっぱり最低限の治癒力は持ってるね。やっぱそーろー。『プロパー』だよー」
「は?」
言っている意味がわからない。プロパー?
「うん、確かめられたしあしゃあが説明するから安心しなされー」
安心できない。
「昔、君達人類は猿から進化したということになってるねー」
「はぁ」
「猿だけじゃ進化できなかったんだ」
「猿だけって、確かに何か必要なものはあると思いますが」
「ああーその敬語いいよ。めんどくさいから」
どうやらめんどくさがりやらしい。
「その必要なものが、あしゃあ達の血液だったんだ」
「なんかまるで貴方が昔にも存在したような物言いですね」
「あしゃあは存在していなかったけど、プロパーは存在したんだ」
「っていうかそのさっきも言っていたプロパーってなんですか?」
「あー説明してなかったねー」
「はい…」
「んーアルファベットで書くとこうかなー」
アリンスは俺の部屋にあったホワイトボードに油性ペンで『PROPER』と書いた。
「これ、『プロパー』じゃなくて『プラパー』って読みますよ」
「え」
「英語で『本来の』とかそういう意味です」
「おーなんたる偶然、ほとんどそういう意味だよー、プロパーはねー、一回り前の人類のような生物のこというんだよー」
「?少し意味がわかりませんが」
「人類が進化する前にも人類のような生物が存在したってことだよ。まぁ滅ぼされたんだけどね」
マジか。
「んでー、プロパーが殺されるときに噴出した血を浴びたのが、猿だったんだよ。だから別に進化するためには、哺乳類じゃなくてもなんとかなったんだ」
「でもそれじゃあ色々矛盾しますよ」
「あーごめん、少し追加。滅ぼされて、“存在しなかったことにされた”んだよー。だから無理矢理生態系とか修正されたんだー」
「…反応に困りますね…」
「皆最初はそんなんだよ。あしゃあもそうだったし。なんか説明がめんどくさくなってきたから、もう簡単に言うねー」
ちゃんと説明してくれよ。
「その血を浴びた猿が今の人類。だから少しだけだけど、今の人類にもプロパーの細胞が存在するんだ。そこまでなかったことにはできなかったらしいしねー」
「で、俺はそれが覚醒したと」
「おー物分りが早い」
遅い。
「だからもうそーろーは容姿は変わっていなくても全然違う生物なんだよ」
だから俺は鬼に…。聞いてみるか。
「そのプロパーは今で言う、鬼、みたいなものなんですか?」
「え?」
アリンスは「なに言ってんだコイツ」みたいな顔をした。
「いや全然。容姿は今の人類に近いっていうかそのままだよー…いや、待てよ?」
「ん?なんか言いました?」
「いやいや何でもなーい、とにかく基本的には人間に姿だけなら近いよー」
じゃあ何だったのだろうか?
「まー今日はこんな感じぐらいでいいかなー。詳しくは今度またあしゃあが説明してやんよー」
アリンスはそう言うと、背中から巨大な羽を生やした。翼じゃなく、羽、である。
窓を開け、外に出ようとする。ここ二階だけどな。
「あーそーそー言い忘れたー」
アリンスは思い出したかのように言った。
「プロパーはねー、姿だけなら今の人類とあんま変わんないんだけどー、治癒力、筋力、持久力とかは桁外れだからねー。さっきまでは『自分は一般人だ』みたいな先入観があったと思うけど、今はそれも外されたから力量制御、頑張ってねー」
さっきのパンチで無理矢理理解させられたからな。普通もくそもあるか。
そしてアリンスは飛んでった。
ボーゼンデアル。
「候ーちょっと荷物手伝ってー」
ガシャという音がなり、母さんの声が聴こえた。母さんは買い物に行っていたらしい。
俺ははーいと少し大きな声で言い、部屋から出るために部屋の扉のトアノブを握る。
ドアノブが潰れた。