不安で御座流
なにか不安だった。
思春期真っ盛りな俺だから、精神的な不安とか不安定だとかたぶんそういうことだと思うけど、ていうか自分から精神的とか言ってもいいのかわからないが、それ以外に無いだろう。別にたまにあるだろ。なんとなく勉強したくないとか、まぁそれはスチューデント・アパシーというらしいが、たいして気にはしていなかった。
「どうしたんだよ。そんなクールに、ははん、さては中二病だなぁ?」
なんか悟がなんか言い出した。たしかに4月頃は少し中二病だったとは思うが。
俺達は帰宅途中だった。学校が終わり、だらだらと歩いていた。悟はくるくる回りながらである。ちょっ 危ねぇ、バックチャック開いてっぞ。ほらぁぶちまけた。
悟はサッパリ系男子っちゃあサッパリ系男子だ。それはサッパリパラパラパラッパラ、それはまるで中華の達人のチャーハンのようにパラッパラである。
坊主ではない短髪で、性格には似合わないパッチリとした目。器量というか奇量というか、サッパリしている大らかな性格以外は、完全に変人だ。変態ではない。変な態質というか、単純に変わった人なのだ。
簡単に言うと、『サッパリチャラメン変人野郎』である。
昔殴りあった仲である。理由はあまりにもくだらないからあえて今は言わないでおく。いや伏線とかじゃなく本当にくだらない理由だからだ。
「いやなんでもない、なんでもない。少しボーっとしてただけだから気にするな。てか気にしないだろう。おまえは」
「うむ、気にしない。たとえお前がガチの話で隕石が降って来たとか言ってきても気にしないさ。はっはっは。」
「いやそれは気にしろよ」
「はっはっは。振って来たら俺が小指で砕いてやるぜ。なんたって私は最強なのでね…あひゃあ!!ね…猫…うぎゃああああ!!!!!!」
おーい、最強さん?それ猫じゃないですよ?チワワですよ?とても可愛らしいチワワですよ?おい。なんで逆立ちで電柱の裏に隠れてる。周りの視線が痛々しいよ?
「お…おお行ったか…いやいやはっはっは。申し訳ないねぇ。私は実は猫とは対立していてねぇ…ってあれ?あれチワワじゃね??がはははははは!!今のはほんの冗談で…」
「ほい」
俺はたまたま近くを通っていた野良猫を抱き止め、悟の顔面にちかづけた。
「ろぶおわぁぁぁっぁぁぁ!!!」
せっかくのイケメンが台無しである。
こいつは猫が極端に苦手なのだ。
しかしこれでも克服したレベルなんだ。だって俺達が中一の頃なんか、理科の授業で少しだけ猫が出てきただけで気絶してたからな。
どうやら中一の4月頃にトラウマになることがあったらしい。
「おおおお…びっくりさせんなよ。せっかくのイケメンが台無しじゃねぇか…」
「自分で言うな。自分で」
「はっはっは気にすんなぁ、人間いろんな顔があっていいんだよ」
「?それってどういう意味…あ!てめぇ!!」
俺はすぐにわかった。こいつ…俺のことをブサイクって言いたいんだろ!!わかってるけども!わかりますけど、なんか人に言われると腹立つなぁ!!おい逃げんな!
悟は全力で逃げていた。しかしその「はっはっは」というやたらとイラつく笑い声をやめない。
悟は帰り道、一番急だろうと思っている坂を駆け下りていた。横には階段や、車椅子用の緩やかな坂がある。…じゃあなんでこんな急な坂造ったんだろう?…。
「はぁ…ぜぇ…うえっお前走りすぎ…」
悟は俺が吐きそうになるギリギリのところで走るのをやめた。丁度それは急な坂の下あたりだった。
「さぁ、もうお前が走れないくらい走ったし、そろそろ本題いきますかー」
「本題?なんだそれは?」
悟の言っていることが全然わからない。わかるとしたらすんげぇ変な事を考えているくらいだ。半分こいつニヤついてるし。
「もう7月じゃん。夏休みに夏祭りだろ?」
ああ、そういえばとっくに7月だな。
「でもそれがどうした」
「ナンパしねぇ?」
俺は悟の額にチョップした。
「わた!!なにすんだよ。そんなにナンパが嫌なのか?ナンパなめんなよー、はっはっは、これで俺もリア充に、ぐふふふふふふふふふ」
「俺はナンパが嫌なんじゃねぇよ。そんなビシッと顔きめて、周りからイケメンオーラ出しながらよだれ垂らして言っているお前が嫌なんだよ」
イケメンの無駄使いである。
「ていうかその変な性格なおせばお前モテると思うんだけどなぁ」
「俺はこの性格はやめる気はねぇし、なおすきもねぇ、これが俺だからな。だから俺は多分いつまでもこうだし、それは変わらないと思うぞ」
おお…、なんか悟がいいこと言ってる…。よだれ垂らしたままだけど。
「まぁいいや。で?どうすんだ?普通にナンパしてもその性格じゃあ失敗するだろう。なんか策はあるのか?」
「はっはっは」
笑い出した。そうしてからさっきぶちまけた鞄の中からなんか大きい袋を取り出した。中は見えない。なんだろう。
「中は何だ?それは何かの秘策だろ?」
「これさえあれば俺はめっちゃ男前になれるんだぜ!!じゃじゃーん」
そう言って袋の中から取り出したのは赤い布の…
「ってふん…どし??」
ちょっと待て、こいつは変人だ。変人だがまさかそんな事しないだろまさかな。な!!
「これを着て、女の子の前に現れてやってー…」
「…お前は…警察に行きたい…のか?」
「へ??」
こいつはガチだ。こいつは本当にふんどし一丁で祭りに参加する気だ。変人だからな。
「それは絶対にやってはいけない一線だぞ。一線越えるぞ。一線蹴散らしちゃうぞ」
「はっはっは言ってる意味がわかんないなぁ」
「いやだから「ぎゃアアアアアアあああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」…ん?」
突然悲鳴が聞こえた。後ろを見ると、坂から人が落ちてきた。転がっているんじゃなく、落ちてきたのだ。
「あ…菜野田。」
「ちょおおおおおお!!!助けてってーー!!!!!」
がっつり転がってきたのは、菜野田 打誉。俺の友達で簡単に言うと『天然バカ』。それだけで充分だ。
「ほっと…菜野田、なにやってんだよ…」
俺は前傾姿勢をとり菜野田を受け止めてから言った。
「いやぁー助かったん打誉。あはははは」
語尾に『打誉』とつけるそのイタイ行為は、完全にこいつの天然である。
ー菜野田にもキャラは付けたほうがおりゃぁいいと思うんだよねぇ。せっかく名前が“だよ”なんだから「なんとかなん打誉!!」とか言ってみたらいいんじゃねぇ?俺も『語尾を悟る悟くん』だからな、はっはっはー
あのとき悟があんなこと言わなければ、こんなんにはならなかったのに…。
「いやぁ~実は打誉?坂の前にりんごの皮があって…」
まさか滑ったのか?バナナでも滑りにくいこのご時世に…。
「あまりの滑らなさにこけちゃったん打誉」
滑らなさに!?「うおっと!」と言うびっくりしている菜野田が頭に浮かんだ。
「ところで何の話をしているん打誉?」
「俺達は今年の夏祭りのふんどしについて語ってたんだ、はっはっは」
「語ってねぇよ!」
趣旨変わってんじゃねぇか!ナンパよりふんどしの方が主役だったのか!?
「ほ~う」
「菜野田も納得してんじゃねぇよ!」
「じゃあ続きだ!ふんどしの美しさについて!!」
「え…ちょ…」
「やっぱり私はもっとカラフルにすべきだと思うん打誉なぁ」
えー。
悟と菜野田と別れて、俺は一人で歩いていた。
「ああ…まったくふんどし…違う違う、あいつらは…ん?」
ニャーンと
さっきの野良猫がついてきていた。
「おお、ついてきちまったか、よしよし」
猫なんて飼ったことが無いのでよくわからないが、とりあえず抱き抱えてみる。
ニャン
猫は俺の腕の隙間から逃げ出して、走っていく。…そんなに俺に抱き抱えられるのが嫌か?ついてきたのに。
走っていく猫をなんとなく追いかける。そしてその猫がいたのは。
「あ、危ねぇ!!!!」
道路にいた。俺は全力疾走で猫に向かう。そして抱き止めた。そしてそのときトラックが!
「うわあああ!」
大丈夫。まだ走ればひかれない。よし!ってあれ?
俺は転んだのだ。足は挫いていなかったが、立ち上がる頃には俺はもうひかれているだろう。
「!!!」
自分が車にひかれ、頭が陥没し、体が崩壊するのを想像した。ーああ、俺もう死ぬのかな?…いや諦めちゃあ駄目だ。もしかしたらトラックを手で止められるかもしれないじゃないか、いいや俺は出来る!!何とかとかするんだ。そうだ鬼、鬼のようになるんだー
正気だった。俺は正気だった。トラックは左から来ているので俺は左手の掌をトラックに向ける。本気で受け止めようとしたのだ。しかも立ち上がりながら。
ガシァァァァァン!!!!!!!!
凄まじい衝突音が周りになり響く。
俺は目をつぶっていた。その目を開けると…
「…」
右足の親指だけで俺は立ち上がっていた。まだ中途半端に腰を曲げている。そして左を見た。
俺の赤く毛むくじゃらな手がトラックにめり込んでいた。トラックは煙を上げている。
「ん?赤く…毛むくじゃら…?」
俺は無意識に頭上を左手で触る。右手には猫が抱き抱えられているからである。
…尖った角が二本あった。
「はひふぇ?」
今までで一番アホな声をだした。