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達磨と猫の協奏曲

作者: 柊らみ子

 我輩は、達磨である。

 ――いきなり、そんな事言われてもな……。

 拾った達磨が発した言葉を聞いて、虎豹枳季こひょうきりは、「またこのパターンかよ」と心の中で頭を抱えた。そんな彼を威嚇しているような強面の顔で睨んでいるのは、机の上にでんと置かれた達磨が一つ。偉そうにふんぞり返って机の上を占拠している割には大きさは然程でも無く、むしろ小さいという部類に入るだろう。

 そう、達磨である。何の変哲も無い、タダの達磨である。例えば、達磨のような、と表される様な難しい顔付きの人間が目の前に居るわけでは決して無い。選挙や正月によく見かける、まぁるいハリボテの達磨が一個、目の前に置いてあるだけである。睨んでいると言っても、それはそう枳季が勝手に感じているだけの事であって、実際達磨の両目にはまだどちらにも目が入っていないままだ。

 その達磨が。

「何を凹んでおるのだ?お主だって我輩と同類なんじゃきに」

 口を、きいた。しかもビミョーにどっかの方言混じりな上、無駄に時代掛かっている。

「だから、凹んでるンじゃねぇか」

「何? お主、我輩が同類だと知ってて助けてくれたのでは無かったと申すのか?」

 びっくりしたような達磨の声。それには答えず、じとーっとソファの上で丸くなって眠っている三毛猫を見やる。

 ……ワトスンめ。

 縁起物仲間だって事で、拾わせやがったな。

 ほんの一時間程前。本屋へ今月の新刊を仕入れに行った帰りの事。

 一緒に車に乗っかっていた招き猫の付喪神が、珍しく窓の外に見えるモノに興味を示し。それが、今目の前にどっかと座って(?)枳季を悩ませている達磨だったわけで。

 大体、今考えてみると、大都市のど真ん中にこんな古ぼけた達磨が一つぽつんと落ちている事自体がおかしい。どう考えてみても、落とすようなモノでも無ければましてや持ち歩く類のモノでも無いだろう。ストラップやキーホルダーぐらいならあるかもしれないが、目の前で白目を剥いているこの達磨、いくら小さいとはいえぶら下げられる大きさだとは到底思えない。

 まぁ、拾ってしまった以上、今更アレやコレやぐだぐだ考えたって後の祭りなのであるが。

 はぁーっとワザとらしく大きなため息を吐き。もう一度じろりと三毛猫ワトスンを睨んでから問題の達磨へと視線を移す。

 おっかない顔付きの割に、何処かすっ呆けた表情が浮かんでいるトコロもまた、小憎らしい事この上ない。

「……で? アンタは何?」

「達磨じゃき」

「そんな事は見たら分かるっての。そうじゃなくて、何の妖怪かって聞いてンの」

「其処な三毛猫と同類じゃき。元はタダの達磨だったきに、いつの間にやら考えたり動いたりする事が出来るようになっていたのじゃき」

 つまり、付喪神って事ね。

 まぁ、それ以外なら以外ですげぇ嫌だけど。

「その妖怪達磨が何だってあんな場所に転がってたんだ? そのミョーな話し方とココはあまりに噛み合わないぞ」

 じゃき、という特徴的な言葉遣いは土佐弁だという彼のあやふやな知識が告げていた。と言っても、テレビで見た事がある程度なので実際にそうなのかははなはだ自信が無い上達磨が操るソレはどう聞いても似非としか言いようの無いようなニュアンスが含まれていたが、少なくともココ北の大地の方言で無い事だけは確かだと言える。

 すると妖怪達磨、目をカッと見開いて(実際には両目とも入っていないのだけど)「知らん」と言った。

「我輩、是この通り、目が入っておらんきに。同類かどうかは気配で分かるものの、気配以上のモノは感じ取れんばい」

 何だか、別の場所の方言も微妙に混じっている。

「だから、お仲間さんであるお主が可哀相な達磨爺を拾ってくれたのかと思っておったのじゃが……違ったんか?」

「そりゃもう、全ッ然違うな。大体俺、気配オーラ分からねぇし」

「そんなに、力を入れて否定せんでもええじゃろに……」

 何となく達磨、背中を丸めてしょぼんとしているように見える。その姿が妙に哀愁漂っていて、思わず吹き出しそうになるのを堪えるのに一苦労しなければならなかった。

「まぁ……拾っちまったモンはしょうがねぇか……」

「を? お主、観念して我輩の探し物を手伝ってくれるんか?」

「探し物? お前、探し物なんかしてんの」

「む。何か気に障る言い方じゃき。我輩、さっきも確り目が入っていないと言ったきに」

「いや、聞いたけどさ」

 言いながら、しげしげと達磨を眺めた。目が入っていない達磨は口元だけが怒っていて滑稽さが増している。

 つまり。

「目が入ってなくて。変な顔が余計に変な顔になってるから、目を入れて欲しいトカ、そういう?」

「渇! 一言多いのじゃき!! 我輩のこの白目には、聞くも涙、語るも涙の深い深ぁい物語がはちきれんばかりに詰まってるきに」

「あ、そ」

「何じゃきそのどうでも良さそうな反応は! ええいそこになおれ! 聞くも涙、語るも涙の我が半生、たぁっぷりと聞かせてあげちゃうんだもん!」

「何その、中途半端に可愛い口調……」

 もうどうにでもなれという気分でぼそりと呟く。妙な口調でマシンガントークを始めた達磨の声を右の耳から左の耳へと聞き流しながら、今日のご飯は何かなーなどと一生懸命別の事を考える枳季だった。



「はぁ、達磨さん、ですか?」

 そう、情けない声を出したのは、計時辰はかりじしんだ。いつの間にやら枳季の頭の上に納まってどっかと座っている達磨を見上げ、声とは裏腹に興味津々といった表情を浮かべている。先程とは違い、達磨には細く小さな手足が生えていて、余計にオモチャっぽさが増していた。

「で、この達磨さんが、一体何なんです? お仲間さんなのは、見れば分かりますけど」

「探しモンがあるんだとよ。骨董品同士、ご隠居なら何か分かるんじゃねぇかと思ってさ」

 計時辰はここ、骨董品屋アンティークショップ≪時計館≫の主人であり、懐中時計の付喪神である。ちょこんと乗っかった丸眼鏡を押し上げ、時辰は「探し物?」とオウム返しに聞いた。

 達磨、偉そうに目を剥いて(目は入っていないのだけど)「そうなのじゃき」とこれまた偉そうに言う。

「我輩、目を無くしてしまったのじゃき。お陰でなまら困ってるのじゃき」

「……なまらとか言うな」

 ぼそりと思わず突っ込んでしまう。このごちゃ混ぜ滅茶苦茶方言から察するにどうやらこの達磨、今までの持ち主の話し方が色々混じりあっているらしい。

「目、ですか? それなら、誰かに目を入れてもらえば良いのではないですかねぇ?」

「……やっぱり、ご隠居でもそう思うか」

「そりゃそうですよ。達磨の付喪神でしょ? だったら、誰か人間に願をかけてもらって、目を入れてもらう他に何があるんです。僕達は、こうして動けるようになったって結局は人間の想像する事以上の事は出来ないんですから。だったら、願掛け達磨の使い方なんて一つでしょう」

 ……ホラな? という諦めのこもった視線で達磨を見つめる。そうすると達磨、白目のままでうるうると涙ぐんでいたりする。

「確かに、普通ならそうなのじゃき。じゃけんど、それじゃあ駄目なのじゃき。今回ばかりはそれじゃあ駄目なんですばい」

「……はぁ?」

「あのね、ご隠居。コイツの前の持ち主の願いがね、叶えられる前にコイツ、はぐれちゃったんだと。で、その持ち主の願いが叶えられたかどうか分からないまま、片目も色が抜けて消えちゃったんだと。だから、どうにかしてその消えちゃった目を復活させたいと、そういう事なんだと」

「そんな無茶な」

「無茶……っ! 無茶とは何事じゃき!我輩、本気なり!!」

「その一人称にその身体で「なり」だけはヤメレ。お前、何処ゾの役に立たねぇロボットかよ」

 からからとからかいつつ、手のひらに乗る程の小さな身体でわたわたしている様を見ていると、無性に突付きたくなってしまうのはこりゃもぅ、猫科の習性か何かだろうかとよく分からない事を考えてみたり。

 ついでに、これで顔が達磨だから余計に面白いんだよな。

「しかし、消えてしまった目を復活させるなんて事……。しかも、願いはそのままに、でしょう?」

 無茶な、という至極当然な突っ込みを入れた本人は、そんな事を言ったという事実を無かった事にしているかのように自然に考え込んでいた。

「つかぬ事をお伺いしますけど。その、貴方の持ち主を探すっていう事は」

「出来てたら苦労しねぇ」

「でしょうね、やっぱり」

 言葉を皆まで聞かずに答えを口にした枳季と、その答えを予想していた時辰のため息混じりの台詞が重なる。枳季が最初に口にした「骨董品同士」という言葉、達磨が付喪神であるという事実が、達磨がかなり昔の生まれであるという事を物語っているのだから。

「つまり……。願掛け達磨である以上、目を入れた人間の願いが叶えられるまで、貴方はその願いに縛られる事になる。でも、片目も消えてしまった以上、その願い自体が分からなくなってると、そういう事ですか?」

「おお、正にその通りなのじゃき! 我輩の悩みを看破するとは素晴らしいのじゃき!」

「……誰でも、分かると思うぞ、ソレ」

 ぼそりと言った枳季の突っ込みは、綺麗に無視された。多分、達磨の一体何処にあるんだか分からない耳は、都合の悪い事は聞こえないように出来ているに違いない。

 時辰は気合を入れるかのように小さく深呼吸をすると、その質問を口にした。

「で……。一体、どなただったんです、貴方に願をかけた人間は」

「うむ。土佐勤王党の……」

「死んでるから」

「死んでますね」

 これ以上無いという程に息ぴったり。芸術的に絶妙なハーモニーを生み出した二人の答えを聞き、達磨、そのまあるい背中に何処と無く哀愁を漂わせて落ち込んだ。顔に描いてあるだけの髭ですら、何となく元気を無くしているように見えてしまうから不思議である。

「おまんら鬼じゃき。我輩がどれだけ悩んどっとか全然解っとらんきに。彼は捨てられとった我輩を助けてくれた、命の恩人じゃきに。我輩、彼の願いを叶える為に命を授かったようなモンじゃき……」

「はぁ。じゃあ、貴方が妖怪おなかまさんになれたのは、その人のお陰なんですねぇ。しかし、願いを叶えると言いましても貴方、願掛け達磨じゃないですか。願いを掛けられたって、それを叶える力なんて無いじゃないですか」

「……を。ご隠居、そうなの?」

「そうですよ。願掛け達磨に願を掛けたからって、必ずしもその願いが叶うというわけでは無いでしょう? 願を掛け、もしもその願いが叶った暁にはもう一つの目を入れる、というものじゃないですか。僕達妖怪は、人間の思いから生まれるもの。ですから、人間の認識以上の事は出来ない、というのがセオリーです。もしも達磨さんが、願を掛けたら必ず願いが叶うという認識の下に生まれた付喪神ならともかくとして、そうでも無い限りは願いを叶える力なんてありませんよ。まぁ、縁起物としての魔除けの力は、備わっているのでしょうけど」

「……そうなのか?」

 枳季の問いに、達磨はしょぼんとして「そうなのじゃき」と聞き取れない程の小さな声で返した。

「我輩だって、そんな事は言われなくたって解っとるのじゃき。じゃけんど、我輩にも人情ってモンはあるのじゃき。皆、我輩の事なんか忘れてしもうて、こんなちっぽけな願掛け達磨なんかに願いを掛けるなんて無駄な事もしなくなった頃、道端に捨てられ取った我輩を拾って何か大きな願いを掛けてくれたのじゃき。無駄な事だって、きっと解っていたのじゃき。それでも、我輩に掛けてくれたその願いを我輩、忘れたくないのじゃき」

 黒目の入っていない大きな白目をうるうるさせて達磨、熱弁。うっわ、まぁた器用な事してるなーとむしろ引きながら枳季は眺めていたのだが。

「す、素晴らしいです達磨さん! 命を与えてくれた人間にそこまでの想いを持つなんて……付喪神の鑑ですよ!!」

「……カンドーしてるよ……」

 同じ付喪神である時辰には、達磨の熱弁がこれ以上無い程心にクリティカルヒットしてしまったらしい。小さな達磨を壊れるんじゃなかろうかと思う程ぎゅぅっと強く抱き締めて(むしろそのまま壊れてくれと一瞬枳季は思ったのだが)、時辰は確りと宣言した。

「分かりました、達磨さん。貴方の目を復活させる方法、私が全力をかけて見つけてあげましょう」



 時辰は、「そうと決まれば、私は早速調べてみる事にします。三日後に、連絡しますよ」と言って二人をそそくさと追い出した。何だか一日で一週間分の疲れを一気にぶつけられたような倦怠感を抱えながら、枳季は助手席に放り投げてある達磨に一つだけ注意をする。

 それは、自称助手、月岡真紀つきおかまきに対しての事。

 達磨もそこは妖怪同士。流石に飲み込んでくれたようでふんふんと頷きながら静かに聞いていた。

「つまり。真紀なる女子は我輩らの存在を知らぬ故、普通の達磨の振りをしていろとそういう事じゃきね?」

 この現代社会に暮らす妖怪達は、基本的に人間や動物の振りをしていたり、タダの物の振りをして共存している。だからこの注意はわざわざされるような類のものでは無く、人間と共存している妖怪にとっては暗黙の了解のようなものであるのだが、念には念を押して、という考えから一応したものだった。

「そーそー。そういう事じゃきに。だから動いて脅かしたりはしないで欲しいのじゃき」

 投げやりに達磨の口調を真似したりしながら言ったその言葉。

 その言葉がまた、新たな問題を引き起こす事になろうとは、流石の枳季も思ってはいなかった。



「……で。何だって、目が入ってるんです?」

「さぁ。昨日、起きたら立派に目が入ってた。しかも、アイパッチ付き」

「ミステリィですねぇ」

「ミステリィだねぇ」

 三日後。枳季の事務所にやってきた時辰が見たモノは、立派に目が入れられた挙句、何故か白目の側には黒い眼帯をされた達磨の姿だった。更に、達磨は達磨でこの間の勢いは全く無く。何だか不自然ににやけたような顔付きになっているのが不気味である。

「まぁ、犯人はともかくとしまして。達磨さんが静かなのがミステリィですよねぇ」

「そう、ソコなんだよ。犯人は、俺じゃねぇんだから」

「消去法で、真紀さんしかいないわけでしょう」

「まーな。ワトスンが描いたりしたってんなら別だろうけど。流石に肉球じゃ描けねぇだろうし」

「ミステリィですねぇ」

「ミステリィだねぇ」

 そんな達磨を前にして、さっきからこの遣り取りを繰り返しているわけなのだ。達磨は不自然ににやけた表情のまま、一言も言葉を発していない。

「で、達磨さん。貴方の昔の願掛け、元に戻せるかもしれない方法を見つけて来ましたけど……」

「お、そうなの。流石ご隠居。ほら、早いトコ元に戻してもらってさ。早いトコ放浪の旅にでも出ちゃってよ」

 すると達磨、くねくねもじもじしながら小さな声で、一言。

「……折角じゃけんど、我輩、この願いが叶うかどうか、見届けてみたいのじゃき……」

「……は?」

「おや、そうですか。貴方がそう言うなら構いませんよ。新しい目標が出来て良かったですねぇ」

「え? じゃ、何? お前、出て行かないの?」

 心底ツイてねぇと呟いた枳季を見上げて、達磨はまたふにゃりとにやけた顔をした。

「貴方の両目に目が入ったところ、私も見てみたいですよ」

「我輩も、是非両目を入れてもらいたいのじゃき」

「何何? 何二人でアイコンタクトとっちゃってんの? よく見たらワトスンも混じってるし? 何? 何なのお前ら? すっげぇ感じ悪いんだけど?」

 妙な連帯感が生まれている三人(?)を順番に見つめ、枳季は拗ねた様にふいっと横を向いた。そんな彼を見て、苦笑したりため息をついたり。

「……真紀さんの願いが叶うまでだと。かなり長い付き合いになりそうですよ。ホントに、そのままで良いんですか?」

「良いのじゃき。こっちの方が、面白そうなのじゃき。この願掛け達磨、一生懸命願いが叶うようお手伝いさせてもらうのじゃき」

「それはそれは。私も、お手伝いしてみたいですねぇ」

「はぁ。ねぇ、何なの? 何なの、あの人達。ワトスン、お前知ってるよね。真紀が目を入れた時、お前見てたよね」

 枳季の問いに、三毛猫はふにゃあと間の抜けた声で返すと、眠った振りをしてしまった。

「何だよ、ドイツもコイツも! こんなんなら、真紀が俺達の正体知らねぇなんて余計な注意、しなきゃ良かったじゃねぇか!」

 そしたら多分さ。真紀が目を入れようとした時に達磨は逃げただろうしさ。

 ホンットに、ツイてねぇ。

 ぶつぶつとぼやいている枳季を見つめながら。

 前途は多難のようじゃきよ、と小さく呟いた達磨だった。

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