からくる6
咲良に隠していることは沢山ある。両親の死因とか、清高との出会いとか、れいのレースの入手経路とか、自分が従えている妖の本当の数とか種類とか。あと自分がどれだけ咲良を大事に思って、すまなく思っているかとか。でもどれも言うつもりはない。言わなくていい。言わなかったことで後悔の道を辿ったことは沢山あった。それでも自分は言わない。妹の事が、咲良の事が大事だから。たった1人の肉親は、兄が隠してきたことを知れば、きっと兄の負担を自分も背負おうとするだろう。絡繰部隊という重荷を背負わせてしまったあの子に、これ以上背負わせるべきものなんてない。
あの子が大事だ。八家の人間としては特別な力もなく、無力に等しかった自分に両親がたった1つ残してくれた宝物だ。あの子を傷つける全てを許すことができない。これも、あの子には見せていない自分の感情。
(でも清高になら、お嫁にあげてもいいかなぁ)
そんな暢気なことを考える。清高ならあの子をきちんと守れるだろう。清高なら、あの子を幸せにしてくれるだろう。約束もきちんと守れる男だし、商人気質で、八家の中でもうまく立ち回ることも出来そうだ。そうしたら自分は清高のお義兄ちゃんか。幸せな光景が、ありありと思い浮かび、自然に笑みが零れる。そこまで夢を見て、左近は自分が目的地に着いていたことに気づいた。ぐるりと辺りを見回し、左近はある事を思い出した。
(そうだ、そう言えば清高にも隠していることがあったなぁ。僕が“もう1つ”の気配に気付いていること、とか)
だけどこれも言わなくていい、と左近は首を振った。彼にはやはり、妹を守ってもらいたい。そのためには、今巻き込むべきではない。
左近は瞬時に真剣な顔になり、ザッと深い山に1歩足を踏み入れた。そして地を這うような声で呟いた。
「この国は復興に忙しい。この国を害そうとする外からのお客様は特にお断りなんだけど、颯爽と消えてくれないかなぁ」
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清高あてに送られてきたあの書類には「中国からの貿易船内にて多数の小妖の姿あり」と記されていた。
「この国は今、新しい世界へと漕ぎ出すために多大な努力をしている最中です。たかだが小妖の群れとは言えども、環境に変化を来たす事案は出来るだけ取り除いておくことが望ましいでしょう。だから我々はそちらに目を向けましたが、それだけではなかった」
この国に大陸から渡ってきたのは小妖の群れだけではない。影に「人間」が隠れてやってきていた。それはただの偶然か。
「相当な腕を持つ者のようだな。妖を操り、八家の目をそちらに向けておいて、自分は悠々と侵入してきたか」
当然偶然なわけがない。まだ発展中の国に、自らの意志で小妖の群れが現れその影にたまたま人間が付いてきていたなどと、出来すぎた話があってたまるものではない。
書斎の長椅子に陣取っていた李片は煎餅にかぶり付く。清高は欠片が床に落ちないように、サッと皿を差し出し、話を続ける。
「僕達がお手伝いできればいいのでしょうけど…」
「約束を忘れたのか。左近の目が黒い内は、我々は一般人だ。妖事にも関与は出来ない」
「わかっていますよ…」
清高ははぁ、とため息を吐いた。そんな姑息な手段を使って忍び込んでくる相手に、自分たちは何も出来ない。仕方のないことだが、どこか遣る瀬無い。
「左近さんは無茶をしないという約束でしたが、…!」
突然言葉を切り、何かに勘付いた清高と李片はバッと書斎のドアに視線を移した。そのドアはノックされることもなく、ゆっくりギイッと開いた。警戒していた2人は、その扉の向こうに居た人物に目を丸くする。
「さ、咲良さん…!?」
普段通りの奇抜な恰好をした咲良がそこに居た。予想だにしない人物の登場に、李片ですら驚いてその咥えていた煎餅をぼとりと落とした。どうして咲良が自分達の家の、しかも書斎の前に居るのだろうか。だが当の咲良はそんなの気にしている場合ではないのか、息を切らして肩を上下させ、清高に話しかける。
「っ突然申し訳ありません。こちらに兄様が、訪ねて来ては居ませんか?」
「え、い、いえ。左近さんとはこの前の朝以降会っていませんが…」
「っ、そうですか…ありがとうございます」
望んだ回答を得られなかった咲良は、少し悔しそうな顔をして、そのままくるりと身を翻そうとする。それを清高が慌てて声をかけて止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください咲良さん!左近さんがどうしたんですか?」
咲良は歩みを止め、困った顔をして清高を振り返った。言いにくそうに口をもごもごさせたあと、意を決して話し出す。
「その、一昨日から、連絡もなしに、帰ってきてないんです…」
清高の芯がすぅっと冷えた。左近さんが、帰って来ていない?いつもなら「心配かけたくないから」と1時間の外出でも連絡を入れる程大好きな妹に、一つの連絡もせず?
「もしかしたら、もしかしたら清高さんのところに居るかと。兄様に付けた絡繰部隊は未だ消息不明ですし…残りの部隊を動員しても見つけられなくて」
そこまで言って、咲良はハッと顔をあげ、済まなそうな顔をした。あまりよく寝ていないのだろうか、いつもは白く綺麗な肌も少しくすんでいて、とても疲れているように見える。
「申し訳ありません、清高さんにこのような事申し上げても迷惑でしたね。私、もう少し探してみます。突然お邪魔して申し訳ありませんでした。…本当、どこで油売っているんでしょうね」
最後に無理矢理笑って見せ、咲良はぺこりとお辞儀をしてその場を辞した。李片は咲良の背中を見送った後、落とした煎餅を拾い上げ、手で汚れを払い、またばりっとかみついた。
「…清高、あの娘があれだけ狼狽えているということは、かなりまずい状況なのではないか」
上手く進言したはずだった。得体の知れない相手だから、何があるかわからないから無茶はしないでほしいと。そしたら左近さんはうまく納得してくれたようで、他の八家なり分家に協力を仰ぐ、咲良にも心配はかけさせないという結論をだしてくれた。はずだった。
妹が妹なら、兄も兄と言うことか。
清高は爪が食い込むほど強く拳を握り、耐えるように吐き捨てた。
「無茶をしないと、約束したのに…!」