からくる3
「待ちなさい咲良!今日という今日こそは…!」
「誰が待ちますか!いくられい様といえども、私はそんなの絶対に着ません!着ませんったら着ません!!」
「このオレのセンスを疑う気なの!?こんなにレースたっぷりで可愛いのに!」
「それがイヤだと言っているのでしょうが!!えぇい、こうなったら最終手段…部隊召集!!」
「ちょ、またその手!?っ…いいでしょう、相手になってあげる!」
遠くでれいが翼を開く音がして、ガインッと金属どうしがぶつかる甲高い音が鳴り響いた。キィンッと互いに押し合って距離を開く音がすると、今度は複数の布がすれる音がして、何人かが一斉にれいにかかっていったのがわかる。だがもっと大きく布がすれる音がして、ごうっと風が巻き上がる音がした。長年の付き合いである左近には、その音を聞いただけでれいの羽団扇が振られたのだとわかる。
「まぁたやってるよ」
クスクスと笑いながらお茶をすする。咲良達が暴れる外は夏の日差しが強く、左近と清高は冷たいお茶と茶菓子を手に屋内で涼んでいた。
「大丈夫なんでしょうか…」
今日も今日とて商売の話で訪れていた清高だったが、手にした書類に目を落とすこともなく、気もそぞろといった風だった。
「まぁ幾ら絡繰部隊といえども、生身の人間だし、あのれいには勝てないのは確実だろうねぇ…。2人の呆れた攻防に巻き込まれるのは可哀そうだけど、当人達はあのれいと手合せ出来て喜んでいるみたいだし、大丈夫じゃない?」
「…そうではなくて、」
「うんうん、清高が心配なのは部隊じゃなくて勿論咲良でしょ?分かってるって。大丈夫だよ、あの子が部隊の中で1番強いんだから」
左近はたまに清高のことをからかう。左近に清高の思いがばれているとは分かっていても、このようにからかわれるのが清高は気恥ずかしくて、少し赤くなって顔をそらした。そして外が見えるわけではないのに、外に続く障子の向こうを心配そうに見る。左近は「心配しない心配しない」とからからと笑う。清高とて絡繰部隊や咲良が妖と渡り合えるだけの力を持っていることは重々承知なのだが、やはり相手は八家の当主、左近の従者である妖なのだ。心配になるのは仕方がない。
「これだって初めてじゃないのは知ってるでしょ?れいも手加減くらい出来るから。…するかどうかは別だけど」
左近がボソッと付け加える。「だから心配なんですってば…」と清高はため息をつく。
れいは最近巷で流行りだという可愛らしいレースのあしらわれたシャツを咲良に着せたくてしょうがないらしい。女っ気皆無の咲良がいつか折れて自分から着るとは到底思えないと踏んだれいは、暇を見つけては咲良と戦っていた。
そのれいと咲良の攻防を耳で聞きながら、左近がガバッと清高に詰め寄る。
「さ、左近さん…?」
「でもね清高!れいが勝てば咲良のフリフリレースが見れるんだよ!?レース、レースだよ!女の子が憧れる乙女の象徴!れいが何処で手に入れたかなんて知らないけど、見たくない!?見たいよね!?ってか見たくないなんて言わせないけど!言えないだろうけど!あ、でも3m以内には近づかないでね!幾ら清高でも襲いたくならないとは限らっ…」
「ふざけた事言ってないであの馬鹿天狗止めてくださらないか兄様!!」
突然スパンッと障子を開けて飛び込んできた咲良に、清高は一瞬で真っ赤になって絶句した。今の話を、聞かれていたのか。清高は真っ赤になったまま焦って弁解する。
「さ、咲良さ…!違、今のは左近さんの…!!」
「わかっておりますその位!!いいから兄様、何とか口添えして!!」
ばっさり切られ、自分がそんな事を考えていないと理解してもらえたのだが、なんだかむなしい気持ちになった清高であった。完全に男として見られていない。いや、知っていたけれど、でも何もそこまでばっさり切らなくても…。
徐々に落ち込む清高の一方で、左近は突然現れた妹に動じることもなく、まだずずず…とお茶をすすっていた。そして冷たい声で咲良に話しかける。
「咲良、お客様に対する挨拶がなっていないよ。銀家の娘としての自覚を持ちなさい。僕の面目を潰したいの?それとね、聞いていたならわかると思うけど、僕、れい派だから。兄様はふわふわスカートつきを希望です!」
「私が兄様に説教してもよろしいか!!」
冷静に咲良に説教をしだしたかと思ったらこれだ。どうしようもない兄に咲良が食って掛かろうとすると、後ろからバサリ!!と大きな羽音が響いた。
「そら見なさい咲良!!いい加減観念おし!!」
大きい翼を湛えた妖姿のれいだった。左手には錫杖、右手には羽団扇、頭には頭巾、足元は鉄下駄という、よくイメージされる山伏に似通った天狗らしい格好である。ただその言葉遣いだけは普段通り女寄りで、いささか奇妙である。本人は全く気にしてないようだが。
そしてれいは咲良を捕まえようと羽団扇を振ろうとするが、普段より2倍も大きいその体が室内に入ることは出来ない。そうやってもみ合っていると、今度はれいの後ろから絡繰部隊の追撃が入った。
「っとに、しつこいわね!」
「「手合せを!手合せをれい様!」」
普段は物言わぬ従順な絡繰部隊が、ここぞとばかりにれいに飛びかかる。れいが絡繰部隊に向き直り、うっとおしいとばかりに今度は錫杖で薙ぎ払う。だが幾ら払っても次から次から復活する。普通の人間ならもう気絶している強さで殴ったのに、これだから絡繰部隊の相手は面倒くさい。
「咲良、あんたどういう教育してんの!こんな私情で部隊動かして!なんか目的もすりかわってるけど!」
「利害が一致したのです!」
れいから逃げたいという咲良と、滅多に手合せしてもらえないれいと戦いたい絡繰部隊。どちらも私情全開だが、逃げたい前者と引き止めたい後者。手を組めば完璧だ。咲良は絡繰部隊がれいに引っ付いている間に室内から庭に逃げ出す。先に述べたとおり、れいはまともに戦って勝てる相手ではない。一昔前には「鞍馬の天狗」と名を轟かせた大妖だ。あの巨体から逃れるためにはどこかもっと狭いところに逃げ込まなくては。
「あ、こら!待ちなさい咲良!!」
慌ててれいが咲良の後を追うために飛び立つ。勿論絡繰部隊も「「れい様!」」と後を追って姿を消した。慌ただしく屋敷を走りまわる妹達を、左近は「頑張れ~」と暢気に送り出す。そして数秒の沈黙の後、左近は突然にっこり笑って清高に向き直った。
「咲良は気付いてないみたいけどさ、ここは広いうちの屋敷の中だけど、一応街中に位置してるでしょ?勿論ご近所さんに気づかれないように色々まじないとか結界とか施してるんだよね」
「あ」
清高が間の抜けた声を出す。そして左近は言ってはいけない一言を言い放った。
「屋敷の外に出ちゃえば天狗の姿で追って来られないのにね。そういうとこだけは鈍感なんだから!もう馬鹿可愛い!」
そしてその楽しそうな笑顔は「まぁ教えてあげる気もありませんけどね!」と物語っていた。清高が教えてあげられればいいのだが、彼女が清高の言葉に素直に耳を貸すというのも難しいだろう。誰もかれもがこの兄に振り回されているというわけだ。
そんなこんなで、しばらくれいと咲良の攻防は続きそうである。




