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からくる  作者: ゆきみね
3/19

からくる2

 彼女と初めて会ったのは銀家のだだっ広い庭の中だった。


 左近とは昔からの友人で彼の裏の仕事も理解していたが、自宅を訪れたのは彼が自分の顧客という立場になってからだった。銀家は住宅街にあるので敷地の外に出ればすぐに街中なのだが、その頃はまだ門から玄関までの舗装された道が無く、10回来たくらいでは素直に家路につけるわけもなかった。

(見送りを断るんじゃなかった…)

 今更猛省するが、時すでに遅しだ。20幾つにもなって、10回も来た場所で迷子になってしまった。どうしたものか…と青芝の上で首を捻っていると、庭の松林の向こうからスッと人影が現れた。

「あなた、そこで何をしているの」

「あ、迷子に…、っ…!?」

 咄嗟に助けを求めた清高は、その人物を見てスッと息をのんだ。現れたのは15、6歳の少女。それもただの少女ではなく、珍しい柔らかな金髪をたたえた、露出の激しい着物の少女だった。見る角度によってはあられもない所が見えてしまいそうな格好である。だが少女は、どこに目を当てていいものかと赤面しながら視線をうろうろと動かす大の男など気にもせず、「そう」とだけ答える。怪しまれていると気づいた清高は、慌てて弁解する。

「えと、怪しいものじゃなくて!僕は清高と言いまして…」

「あぁ、兄様のお友達の方ですね。(わたくし)、妹の咲良と申します。このような恰好で申し訳ありません」

 清高の名前を確認した途端、さっきまで無表情だった少女、咲良がにこっと笑った。少女らしい、可愛い笑顔だ。そして「お帰りになるのでしたら門までご案内します」と言って颯爽と自分の前を歩き出す。理解と行動が早い少女に、気を取られていた清高はハッとする。そうだ、自分は今迷子になっていたのだ。

「え、ええ、ありがとうございます…」

「お構いなく。あぁ、よろしければこれをお持ちください」

 咲良はどこからかスッと赤い紐の付いた鈴を取り出した。そして反射的に出された清高の手の平にポトッと鈴を落とす。咲良は相手がきちんと受け取ったことを確認すると、「もし当家で迷子になりましたら、故意的に3回横に振ってください、必ず誰かがお迎えにあがります」と述べて、また前を歩き出した。しかし清高は受け取った鈴に違和感を覚えた。

「…この鈴、今、鳴りませんでした…よね?」

 清高の投げかけた疑問に、咲良は少し振り返る。

「我々には聞こえていますからお気になさらず」

「我々って、妖の方達ですか?」

 妖、という単語に咲良がピタッと足を止める。そしてバッと全身で清高を振り返った。先ほどまでの笑顔はなく、一番初めの刺すような無表情に戻っている。

「…兄様からはどこまで?」

「え、と。守護八家の裏の仕事と妖の存在まで」

 あまり細かいところはわからないんですが、と付け加える。

「そこまで仲がよろしかったとは存じ上げませんでした。でしたらお話しても構いませんね。私はこの銀家の仕事の一つとして、通称「絡繰部隊」という妖と共に育ち訓練を積んだ人間の部隊を率いています。音の出ない鈴を聞き取る程人間離れしていますが、人間です。ですから妖がお迎えにあがることはありませんからご心配なく」

 そこまで一息に説明すると、咲良はまた優しく微笑んだ。そして再び歩き出す。少女らしい軽い足取りに、少し波立っている金髪が揺れる。まるで外国人のように輝くその髪を、清高はつと目で追う。

「咲良さんは、染めていらっしゃるんですか?」

「私は部隊を率いる隊長です。最初はこんな色にするのは日本人として抵抗がありましたが、私はどんな暗闇であろうと標的でなくてはいけません」

 そして囮となり、部隊の人間に奇襲をかけさせるという事もやります、そう言って咲良は前を向いたまま笑った。何故だろう、見えなかったその笑顔が見たいと思った。きっとさっきとは違う笑顔のはずだ。彼女がつくる笑顔を、全部見たいと思った。

「あの、咲良さ…」

「忘れ物ですよ清高さん」

 欲に駆られて声をかけ終わる前に、第三者によって清高に声が掛けられる。咲良がフッと振り返るが、その顔は既に無表情だった。清高は心の中で嘆息した。そんな清高に気づきもせず、咲良はため息混じりに「急に現れるのは感心しませんわ、れい様」と言い放つ。

 れい、と呼ばれのは、茶色の短い後ろ髪に、右から左に流した長い前髪が特徴的なスラリとした長身の青年だった。清高同様洋服を着てはいるが、ピタリとした黒のノースリーブのタートルネックに、これ又ピタリとした黒のズボンという、言わば咲良寄りの奇妙な恰好をしている。両の二の腕には包帯が巻かれていた。

「あら、咲良に言われるとは思わなかったなぁ」

 少し口調が女性よりだが、歴とした男である。ニコリと笑って言い返してくる歴とした男に、咲良は少しイラッとしているような笑顔で問いかける。

「…忘れ物を届けにきたのでは?」

「何その笑顔こわ。って、そうだったコレコレ。もう、左近ったら、オレは小間使いじゃないってのに、早く飛べるからとか言うの。自分が動きたくないだけなの丸わかりじゃない?」

 そうぶちぶち言いながら、れいはどこからか紙切れを取り出す。れいの主は左近だが、れいはいつも左近に対する文句ばかり言っていた。実際は人間がこの広い邸宅で客を探してまわるより、妖がその飛びぬけた能力で探した方が効率的なのだが、れいは納得がいかないようだ。

「絡繰部隊だけチャンバラしてるのってズルいよね。妖の仕事は左近の仕事なのに?なんか最近室内仕事ばっかり。もっとこう…」

「良いから早くお渡しなさい。…ん?これは…納品、書?」

 清高とれいは同時にしまった、と思った。しかし思った時には遅かった。左近から注意されていたのに、なんと絶妙な頃合なんだろう。2人が少し引きつった顔で咲良を見やると、咲良は汚いものを見るような目でこちらを見ていた。

「…最近兄様がよく仕事をサボるようになったのは舶来のものに現を抜かしているからだと聞いていましたが…あなただったのですね」

 咲良は眉間にしわを寄せて、大きくため息をついてみせた。腰に手をあてて、きちんと声に出して「はぁ…」と、大きく。清高もれいも、左近から「咲良がね、あんまりいい顔しないんだよね~僕が仕事しないから。だから清高が貿易商だって言っちゃだめだよ!」と釘を刺されていたというのに。

「えと、あのね咲良。左近が仕事をしないのは左近のせいよ?決して清高さんが…」

 咲良に見せてはいけないものだという事を忘れて差し出した自分のミスだと気付いて慌ててフォローを入れるが、咲良にギッと睨み返される。

「そもそも、れい様は兄様の従者でしょう?私が言っても聞かないのだから、あなたからもう少し兄様をしつけてもらわないと困ります!」

 それは従者とは言わない、と2人は突っ込みかけたが、なんとかグッと言葉を飲み込んだ。咲良は兄の従者であるれいを敬ってれい様と呼ぶけれど、何か勘違いしている気がする。彼女の中での順位がおかしいことになっている気がした。

 2人がなんとか言いたいことを堪えていると、急に咲良が清高の方に向き直った。突然少女の視線に捉えられた清高はビクッと体を震わせる。

「兄様のお友達としては私も歓迎いたします。ですが、貿易商としては歓迎いたしません」

 そうとだけ言うと、咲良は青い紐の付いた鈴を取り出し、故意的に3回鈴を横に振った。すると今度もどこからか、スッと青年が1人現れた。それこそ頭巾などはしていないが、昔居たとかいう忍者のような恰好だった。全身が黒い着物で、口元を隠している布も黒。髪の毛も目の色も勿論黒だった。ただ彼から発せられる雰囲気だけは黒というわけではなく、皆無だった。そこに居ると言われなければわからない、まるで空気のような雰囲気だ。清高は一目見て、彼が絡繰部隊の内の1人なのだと把握した。咲良は感情もなく青年に命令する。

「お客様をお見送りして」

「御意」

 青年がスッと清高に近寄る。それと同時に、咲良が清高とすれ違って屋敷への道をたどる。そしてぽつりとつぶやいた。

「…どうぞお気を悪くなさらず。また、お友達としてお越しくださいね」

 最後の最後で可愛いことを言う少女に清高は思わず胸を高鳴らせた。が、その後は彼女の言葉通り、貿易商として訪れる日はいい顔をされなかった。というか完全な無視だった。なんと有言実行で意志の強い少女だろうか。そこは感心するばかりである。しかし可愛い、もっと笑顔が見たい、仲良くなりたいと思った少女に徹底的に無視される男の心情は、かなり辛いものがある。咲良との仲を応援する割に、自分を貿易商としてしか自宅に招こうとしない空気の読めない友人をもってしまった心情並だ。


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