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からくる  作者: ゆきみね
2/19

からくる1

 終戦から10数年で、この国は劇的に変化した。今まで禁じられていた外国文化や技術が光の速さで流入し、人々はその力をどんどん身に付け発展させていった。この適応力と開発力には諸外国も息を巻いたと噂が流れ、人々は一層国内経済を成長させていった。勿論個人が付ける力も大きくなり、裏方も表に出張って仕事をしなくてはいけない、そんな時代だった。



**



「これが米国産の初期のカラーフィルムカメラなんだね!高価なものだから、戦時中は尚更手に入れるのが困難で…国産の初期型でも良かったんだけど、でもどうせ同じ高い買い物なら、まずは本場のが欲しくて…。まさかこの手に取れる日が来るとはねぇ…本当にありがとう清高(きよたか)!」

 カメラを両手で包み込んで嬉しそうに話す男性に、清高と呼ばれた、銀縁眼鏡で柔和な面持ちの男性がにっこりほほ笑んだ。彼の笑顔につられて、サラサラの黒の短髪と白いシャツが揺れる。

「どういたしまして。そんなに喜んで貰えるなら、しつこく値段交渉をして仕入れてきた甲斐がありますよ」

 一貿易商として顧客に品を気に入って貰えた事に安堵し、清高は一流旅館並の広々とした玄関先に腰をおろした。その玄関の右手には大きく立派な黒松の盆栽が、左手には大振りの桜が描かれた金色の屏風が構えられている。清高はパッと見ただけで、どちらも庶民では到底手の出せない高価な代物だと把握する。

左近(さこん)さん、あの屏風また出したんですね」

「うん、咲良が好きだからね」

 カメラから視線を外さずに清高に返事をする着物の男性が(しろがね)左近(さこん)である。清高の昔からの友人であり、珍しもの好きのお得意様である。少し長めの黒髪をうなじの部分でまとめた、この屋敷、銀家の当主だ。銀家とは、人間と妖との無益な争いを避け、共存していく事を掲げる守護八家(しゅごはっけ)の一つである。

 守護八家は国を八つの地域に分けて、表面的には自らの地域に住まう人間を、そして秘密裏には歴史に則り、人間との調和を図る妖等を守護する組織である。主な仕事は、身勝手に人間、妖を襲うものを討伐する事である。銀家の守護地域は古式ゆかしいものが多く残る近畿地域だ。

 その御当主様である左近が嬉々としてカメラを撫でまわしていると、ガラガラッと玄関の引き戸が開く音がした。外からの少し傾いた日の光に包まれて現れたのは、肩に届く長さのゆるく波打つ金髪を、適当に束ねた少女。彼女の姿は、着物を肩からと膝下から、バッサリと切り落とした異様なものだった。だが左近も清高もその恰好には慣れっこなので、あえて突っ込むことはない。だが世俗の人間に見せれたものでは無いと密かに思っている。特に生足。若い女の子のむき出しの足である。いろんな意味で危ない。

 しかし彼女は違う意味で心配されてることなど露知らず、左近の手にしているものと清高を交互に見つめたあと、遠慮なく「はぁ」と左近に向けてため息をついた。

「また兄様はそうやって舶来のものにばかり現を抜かして。仕事はされていらっしゃるのかしら」

「第一声がそれって…。そう怒らないでよ咲良。僕だってきちんと仕事をした上での休息なんだよ?給料泥棒ってわけじゃないんだからさ。これだってずぅっと我慢して…!」

「あぁ、はいはい。わかりました、わかりましたから。私にその品の説明を始めないで下さい。兄様は一度話し始めたら、気が済むまで解放してくれないのですから」

 手をひらひらと振って兄の話を中断し、咲良と呼ばれた少女は草履を脱いで家の中に入る。そしてそのまま居なくなろうとする咲良を、左近が「こらこら」と慌てて引き止めた。会話を終了させたのに引き止める兄に、咲良は眉間にしわを寄せる。

「…何か」

「何か、って。清高に挨拶は?」

「…ご機嫌よう」

 ちらりとだけ清高を見やり棒読みで挨拶をして、咲良はとっとと居なくなってしまった。その素っ気なさに左近が「あはは…」と苦笑いする。

「本当に…ごめんね清高…」

「いえ、いつものことですから。挨拶してくださっただけ上々です」

 清高も苦笑いを返す。

 咲良は左近の妹であり、由緒正しい銀家の娘である。普段ならきちんとした礼儀作法くらいお手の物だが、清高に対してだけは反抗期真っ盛りだった。それは貿易商という新しいものを次々に国内に持ち込む清高などは、左近が珍品にかまけて仕事をしないのを助長するためであり、咲良自身が新しいものに飛びつく行動が嫌いなためだった。まさに今この時がいい例である。

「どうしてあんなに時代錯誤なんだろうねぇ…。新しいものを愛でるこの享楽がわからないとは。あれじゃ文明開化時代の人間だよ?世の娘さんみたいにキャッキャッできないもんかなぁ。あれで今年18だよ?男の影もないとはさぁ…」

 不満をたらしながらため息を吐く左近に、清高が苦笑いしたままフォローを入れる。

「左近さんも咲良さんも、お仕事がお仕事ですから仕方ありませんよ。世俗とは一線を画すお仕事ですから」

「でもさぁ、僕と違って咲良は人間主体の仕事してるんだよ?生身の現代を生きる人間が側にいるのに。どうしてあんなに酷く女っ気のない子に…」

 左近は今度は泣き崩れる。早くに亡くなった両親に代わって咲良を育ててきた左近にしてみれば、紅一点の妹があんな風に育ってしまった事によほど責任を感じるのだろう。だが幼少より、妖と対峙するため日々訓練実践訓練実践時折休憩すぐ実践、というハードな生活をしていれば、女の子らしい生活ができないのも仕方がない気がする。しかも彼女の側にいるその人間達こそ、「あれは妖か」と恐れられる脅威の「絡繰部隊」と呼ばれる血腥(ちなまぐさ)い人間達で、更に言うなら彼女は彼らを率いる隊長なのだ。ここまで来たら可憐な乙女に育てという方が無理がある。

「僕が妖を、咲良が人間を担当してさ、咲良には妖もついていないかったのに、まさかあそこまで強くなるとは普通思わないじゃん…?」

「…咲良さんの手腕は見事なものですよね…」

 人間間での諍いを諌めるための武装集団が、まさか妖と渡り合えるだけの戦闘部隊に成長するとは、今は亡き御両親も想像しなかっただろう。はっきり言って「妖と人間」という分け方というより、「穏便と過激」「話し合いと実力行使」という分け方の方がしっくりくる。

「これはもうさ、咲良を嫁にもらってくれるのは清高だけだよ!」

「本当にそうで……えぇ!?」

 絡繰部隊について一人考えていた清高は、突然振られた全く違う話に驚いて声をあげると同時に、一気に赤面した。

「あんなに素っ気ないのに好きでいてくれるんだもん!もう清高しか頼める人がっ…」

「あぁあっ大きい声出さないでください左近さんーっ!!」

 真っ赤になった清高が、左近の口に右手の平をバシッと叩きつけて制止する。かなり強くはいったが、左近はニヤニヤしたままだ。指の隙間から「うふふふふ…」と気持ち悪い声が漏れる。そして気味悪く笑ったまま、強く貼り付けられた手をいとも簡単にベリッとはがし、ぎゅっと両手で握り直す。

「君が世の人すべてに嘘をつける嘘上手だとしても、僕には隠せないと知っているだろう?まだ好きなんだ?まだ好きなんだよね?卑下されると燃えちゃうタイプなんだよね!?って、こんな玄関先でする話じゃなかったね、ごめん…ささ、奥にどうぞ!たーんと話そうじゃないか!」

 ニヤニヤも通り越すといっそ清々しい、満面の笑みである。清高はなんとか「違います、そういう性癖はありません!」と反論するが、逃がす気はないとばかりにしっかり手を握って微笑む左近に、すぐに反論以外にもう成す術がないと悟ったのだった。




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