からくる14
「後悔しているか」
「いいえ」
「…お前は本当に顔にでる男だな」
李片は甲板の手すりに顎をのせ、はぁ、とため息をついて見せた。清高の顔からは「後悔しています」どころか、生きる上での覇気も生気もないということが手に取るように読み取れた。今は20代前半の青年の姿をかたどっている李片が、隣にたたずむ清高を叱咤する。
「本当に馬鹿だな!せっかく「左近」があそこに居ることを許可してくれたというのに。あの娘だってお前の事を嫌っていなかったのに、自責の念に駆られて逃げ出すとは、本当に男か!」
だが清高の表情に変化はない。
「…どうせいつか完全に人では無くなります。その時には、「咲良」さんの側には居られなくなる。その時が、少し早まっただけです。勿論貴方と契約しなければ「咲良」と会う事もなかったんですから、貴方の事を憎んだりはしてませんよ」
割り切っているように見える清高だが、自分で自分の言葉に落ち込んでいるようにも見える。甲板には他の人影がないため、李片はため息を吐きつつ躊躇なく話を続ける。
「お前、窮奇の件の時、「左近」と「咲良」を守る、と約束したのではないか?」
「彼女はもう、立派な左近になりました。もう、僕の守るべき少女じゃありません」
「これは自分が幾らいっても無駄か」と感じた李片は、一層大きくため息を吐き、穏やかな海とその先の大陸に目をやる。
「まったく…。お前の国は綺麗だったな」
「貴方が僕と契約してくれたのは、僕の国に来てみたかったからでしたよね」
清高が思い出したように呟く。
「まぁな。生まれてからずっと大陸にいて、噂に聞いていたこの島国を見てみたかった、感じてみたかった。守護八家に守られているこの国に、単身来ることは難しかったからな。戦後だというのに、美しいものは沢山残っていた」
「僕のわがままで大陸に戻ることになってすみません」
「……お前は本当に不器用な男だよ」
それきり、2人の間に会話は無かった。
がらんとした甲板に目をやると、影を落としながら、鳥が空を飛んでいる。その影は鳥の移動と共に甲板を横切っていき、海を越えていく。が、しばらくその場を動かない大きな影があった。それなりに大きな影が長時間停止飛行している。何の影だろうと清高が頭上を振り仰ごうとしたその時だった。
「見つけた!!!!!!」
と、大きな叫び声が降ってきたのは。何処から声が降ってきているのか、清高には一瞬理解出来なかった。が、すぐにその声が頭上から降ってきていると気づいた。航海中の船の、真上、から。
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頭上から降ってきた影はダンッ!!と大きい音を立てて、甲板に降り立った。
「「咲良」さん……」
それは、清高が生涯でたった1人愛した少女だった。いつも通りの髪型、いつも通りの服。どこも変わることのない少女。
そして「咲良」に続いて数羽の烏天狗が慌てたようにストッと降り立ってくる。「咲良」は烏達に「飛び降りるなど、死ぬかと思いましたぞ!」「ひやひやさせないで下さいまし!」「れい様に殺されまする!」などとお小言を貰っているが、そんなのお構いなく清高に近寄り、
「見つけましたよ、清高さん!!」
と叫んだ。その声でハッと我に返った清高は、後ろにいる李片をバッと振り返った。
「残念なことに、娘の味方だ」
李片は悪いな、と苦笑いする。その手には赤い紐のついた鈴が乗っていた。
「っ…」
清高はバッと踵を返し、船内に戻ろうとする。だが「咲良」が咄嗟に清高の腕を掴み、その歩みを制止する。
「待ってっ…!!」
「咲良」の腕を振り払おうと清高は腕を払うが、「咲良」はしっかりと清高の腕を掴んでいて、容易に振り払う事は出来なかった。
「今度は振り払われません、お願いですから待ってください…!」
好きだと思った少女に涙をためた目で請われ、抗えない男などいるのだろうか。だが清高はなんとか「咲良」から目を逸らす。
「清高さん、行かないで下さい」
捕らわれた腕から、「咲良」が震えているのが伝わる。
「側に居て、下さい…」
「僕が、側にいる必要は、もうありません」
自分に言い聞かせるように、清高は苦しげに吐き出す。
「それでも私は清高さんに側にいて欲しいんですっ…」
「僕はもうマトモな人間じゃないんです、このまま、この呪いという代償に喰われていく。いつどうなるのかもわからないのに、貴女の側になんて、永久に居られるわけない!」
いつの間にか「咲良」と視線を絡ませていた清高が叫ぶ。その叫びから、思わず本音が零れた。清高にとって、一度は願ったことのある夢だった。だが叶うはずはないと知っていて、諦めていた夢だった。
「だったら!!」
今度は「咲良」が叫ぶ。
「だったら私にも背負わせてください!貴方の目を、貴方の呪いを!私は、もう、もう失いたくない、独りになりたくないっ…弱いままで、居たくない!」
「何を、言っているんですか…。どうやってこんな呪いを引き継ぐというんです」
「守護八家をなめないでください!妖よりぶっ飛んでる人間がいっぱいいるんですから!兄様だってぶっ飛んでたんですから!他の八家に頭を下げてでも、清高さんの呪いを、私も背負ってみせます!」
「僕が貴女にそんなことさせると思っているんですか!」
清高が思わず再び大きな声をあげたが、「咲良」は全くひるまない。
「絶対します!れい様に頼み込んででも李片さんに協力を仰いででも絡繰部隊を総動員してでも!清高さんを縛り上げて、その呪い、絶対に私も背負います!!戦闘に関しては清高さんの方がお強いでしょうけれど、身体は私の方が頑丈なんですから!そうしないと側に居られないなら、そうします!!絶対にひきません!」
目に涙をいっぱい溜めて叫ぶその姿は、やはりまだ10代の少女のあどけなさを残していた。その姿が、清高の胸を締め付ける。
「どうして。どうしてそこまでしようとするんですか…。僕は、無力で。友人一人守れなかった。貴女を、悲しませたのに」
「それでも、私が清高さんを、好きだからです」
「っ…!」
初めて聞く「咲良」の想いに、清高は息をのむ。何度も逸らそうとした視線を逸らすことは、もう叶わない。
「兄様のお友達だから、ただ独りになりたくないから、だから清高さんを引き止めたいんだと考えていました。でも、れい様に言われて、私…」
「咲良」は一旦息を張り、もう一度しっかりと清高を見つめ直し、その想いをさらけ出した。
「私は、清高さんのお話している声を聞くのが好きです。清高さんの笑顔を見るのが好きです。清高さんに名前を呼ばれるのが好きです。もっと、きちんと、貴方のことを知りたいんですっ……貴方が、大好きです…!!!」
清高は、たまらず少女の身体を抱きしめた。「咲良」がスッと息をのみ、目を見張ったのが清高にも伝わった。
想いあうことなど、叶わないと諦めていたのに。
「…僕なんかのために…。でも、貴女の想いを知れて。もう、諦めることなんて、出来ないですね」
苦笑いをこぼし、「咲良」の肩に顔を埋めた清高は、抱きしめる腕に力をいれる。
「貴女が僕を捨てるその日まで、貴女が独りで銀家の義務に縛られないように。独りで傷つかないように。独りで泣かないように。わがままですけれど、」
永久に側に居させてください。
「僕も大好きです、咲良さん」
泣き出した少女が背中に回してくるその腕が、こんなに暖かで幸せなものだと、清高はこの時初めて知った。