からくる13
布団以外何もない殺風景な畳の部屋には、見るからに怪我人のれいと、左近である私、そして数羽の烏天狗達がいた。
「「咲良」お茶」
上半身だけを布団の上で起こし、れいは「咲良」にお茶を要求する。以前なら自分でやれと一蹴するところだ。しかし今、彼はまだ戦闘の傷が癒えておらず、包帯だらけの見た目通りに弱っている。要求に素直に応えてお茶を淹れ、れいに湯飲みを手渡す。するとれいは一気に湯飲みをあおり、すぐにグイッと湯飲みをこちらに突き出し、二杯目を要求する。れいはその二杯目も一気にあおり、ふうっ、と息をついて唐突に切り出した。
「最近清高さんを見ないけれど」
考えないようにしていた話題に触れられ、言葉に詰まる。どう説明すればいいのだろう。目を伏せて考えていると、れいはことりと湯飲みを畳の上に置いて、こちらに向き直る。
「追わないの?」
れいの言葉にハッとする。あぁ、この天狗は、知っているのか。知っていたのか。
「私に、追う、資格がありますか…?」
質問に質問で返す。視線を合わせた自分が泣きそうな顔をしている自覚はあった。
「私は、きっと独りになりたくないだけなんです、誰かに側に居てほしいだけなんです…」
ここで追いかけることは、きっとただの自己満足だ。逃げられたから、寂しいから、追いかけたいだけだ。だがれいは小首を傾げる。
「その気持ちを伝えるのはいけないこと?愛する人を失いたくない、独りになりたくないと追い縋るのはいけないこと?その気持ちは誰かを傷つけるの?本当は大好きなのに、隠し続けて、どうするの?」
「で、も…」
れいが返事に詰まる私の手を、優しくギュッと握る。
「あんたの失った兄や絡繰部隊の隊員も、オレの失った翼や仲間も、銀家の失った「左近」も、もう戻らない。この世の形あるものは全て有限よ。だから誰も彼も、失わないように、一生懸命に守ろうとする。いつまでも側にあろうとする。それは至極自然なことであって、恥ずかしい事でもなんでもないわ」
「でも、私は、私が一番弱くて役立たずだとわかっています。…そんな私が…」
「今までの事に責任感じて後ろめたいって思ってるなら、責任取りに行きなさい。そんでもって、気持ちも伝えてきなさい。うじうじ悩んでたって始まらないのよ?人間の命は短いんだから。清高さんが心のどこかで待ってくれている内に、追いかけなさい」
座ったままのれいが握った手をグイッと上に持ち上げ、泣き顔の私を用意に立ち上がらせる。吃驚して目を丸くしていると、れいがこちらを見上げ、「しっかりしなさい「咲良」」と激励し、握ったままの手に力を込めた。
「貴女の日々を彩ってきたのは、「左近」や絡繰部隊だけじゃないでしょう?」
その言葉に自然にこくりと頷いていた。
れいの言う通り、私の人生は、なにも銀家だけじゃない。ここで、気持ちを伝えず、終わってしまいたくない。今まで自分の人生に居た大事な人を、なんの努力もなしにこれ以上失いたくない。
ふわりと解かれた手を顔に持っていき、涙がたまっている目をこする。そして拳をぎゅっと握って深呼吸し、れいに視線を戻す。
「行って、きます」
声を振り絞って告げ、くるりと踵を返し、れいの部屋を辞そうとすると、「それとね」、とれいに呼び止められた。
「あんただけじゃない、オレだって、弱かった。結局自分の主すら、守れなかった。でもね、だからこそ、次は絶対に負けてやらない。負けるもんですか。弱いなら、弱いやつら同士が結束して頑張ればいい話じゃない」
にっこり笑うその顔は、あの懐かしい抗争の日々を彷彿させる、優しい笑顔だった。れいはその笑顔のまま側に控えていた烏天狗達に向き直り指示を出す。
「さぁ烏ども、「咲良」と一緒に未来の旦那様を探してきなさい。捕まえられない奴は帰ってこなくていいからね」
れいの命令に返事をするかのようにバサバサッと大きな羽音がしたかと思うと、部屋にはもうれいしか残っていなかった。れいは1人くすっと笑い、次いで、ふぅ、と息を吐いた。
「未来の旦那様ったら、本当にひろいんぽじしょんなんだから困ったもんだわ」