からくる12・5話
少し前のお話
左近の気配を探って走り回り、どうにか見付けられないものかと飛び乗った木の上から、清高はそれを見つけた。血に塗れた左近が、固くて冷たい土の上でぴくりともしないのを。それを視界にとらえた瞬間、清高の体を熱いものが走り抜けた。
「解呪ノ…」
衝動的に言葉を紡ごうとした瞬間、地に落ちていた左近と目が合った。今度こそしっかりとその姿をとらえると、胸が僅かに上下するのが見えた。まだ、息があった。
(助けなければ…!)
そう思って汚れた上半身を乗り出すと、左近が小さく笑った。清高はぴしりとその体を硬直させる。左近は血の滴る唇をゆっくりと動かし、口の動きだけで清高に意思を伝えようとした。
『ぼくの め まだ くろい よ ?』
「!」
この人は、こんな時まで何の冗談を言っているんだ。「左近の目が黒い内は一般人として通す」などという約束、こんな時まで守っている場合ではない。もし左近が死ねば、自分だけじゃない、彼の従者はおろか、最愛の妹までが辛い思いをすることになる。だが左近は小さく笑ったままだ。
『むちゃ しちゃった かな』
「左近さん!」
木から飛び降りようとしたところで、「兄様!?」と少女の叫び声が聞こえた。ハッとなってそちらを見遣ると、まだ遠いところに、顔面蒼白の咲良と、数名の絡繰部隊が立っていた。この距離ならば清高にはまだ気づいていないだろう。ちらりとそちらに視線をやった左近は、寂しそうに笑った。そして視線を清高に戻し、さきほどより小さく唇を震わせる。
『さくら まもって』
清高はスッと息をのむ。
『さいご やくそ…』
最後の、約束。
そう最後まで言い切ることもなく、左近はぷつり、と事切れた。
突然の彼の死を直視した清高は、片手でバッと自分の口を塞いだ。こみ上げる激情と嗚咽に耐えるように、その場で背を丸め、体中に走る痛みに耐える。
事切れた。つい一昨日まで、一緒に会話を交わしていた友人が、目の前で、今、事切れた。清高は涙を堪えながらも、左近の死体から視線を外せなくなっていた。まるで自分が死ぬ側のように走馬灯を走らせる。その記憶には左近と咲良が溢れかえっていたが、その友人はもう、動かない。もう、話をすることもできない。
左近という友人の死を、清高はゆっくり時間をかけて認識した。そして何度目かの咲良の兄を呼ぶ声に、ハッと我に返った。そうだ、自分は嘆いている場合ではない。左近という咲良の最大の庇護者が死んだ今、自分が彼女を守らなくてはいけない。左近が残した約束を、守らねばならない。
左近と天狗達が負けた相手に、人間である絡繰部隊や彼女が一筋縄で勝てるとは思えない。ならば自分が戦うしかないだろう。そのためには今ここで敵に自分の存在を明かすわけにはいかない、不意を突かなくては、あの神には傷を負わせることもできないはずだ。
だからさっき左近は自分をけん制したのだと、清高は気付いた。
清高はゆっくり視線をあげ、咲良の姿をとらえる。咲良はもう兄が死んでいるとも知らず、一心不乱に兄に駆け寄ってくる。そんな少女を苦しそうに見詰めながら、僅かにずれた眼鏡を正し、また左近に視線を遣る。自分ですら耐えられないこの無残な友人の死を、今彼女も突き付けられるのだろう。出来ることなら間に入って彼女を引き離したかった。だがそれでは、最終的に彼女を守ることは出来ない。清高は湧き上がる痛みに堪えるようにぎゅっと目を閉じ、一拍置いた後、一息の内に闇の中に姿を消した。