プロローグ
メディアも通行人も一切排除した街の一角に、ピリピリとしたムードが漂っていた。昼間から降ろされた銀行の重厚なシャッターを睨むように、黒いボディアーマーを身に着けた男達が盾や武器を構えている。
そうやってシャッターと睨み合ったまま一向に動かない男達についにしびれを切らし、還暦を超えたであろう女性がタンッと足を鳴らした。その音に屈強な男達がビクッと身を震わす。
「…さ、左近さま…」
隊長の男性が、自分の後ろの女性を恐る恐る振り返る。左近と呼ばれたその女性は防護服も身に着けず、艶やかな真紅色の着物姿で仁王立ちしていた。そして右目には眼帯をしていて、残りの左目でギロリと隊長に視線を返し、ゆっくりと口を開いた。
「…さっきから何もしていないようですが?」
「で、ですが中に人質が居りましてっ…」
あわあわと返事をする隊長に、左近が一段と強くダンッと足を踏み鳴らした。草履でコンクリートを叩いているとは思えない音に、隊長はおろか、シャッターの方向を向いている他の隊員達も、先ほどより大きく巨体を震わせる。
「だからこそ、とっとと仕事をすべきでは…?」
「で、すが…」
「…もう良い、我らが出る」
「!左近さっ…」
隊長の男性は即座に左近を制止しようとしたが、左近が袖を払い腕を上から下へ振り払う方が早かった。瞬間、シャッターの向こうで轟音が鳴り響いた。
「…あぁあ…」
その音を背中で受け、気の抜けた声を出して隊長が、ゆっくりゆっくりとシャッターの方を振り返る。するとそこには、内側から重機が突っ込んだのかと問いたくなる程に打ち破られたシャッターと、何故かシャッターの手前、建物の外で泡を吹いて気絶している強盗犯3人が居た。それをしっかりゴーグルの向こうに確認し、隊長はがっくりと肩を落とした。そして落ち込んだまま隊員に命令を出す。
「…犯人を拘束、人質を保護、箝口令を…」
最後まで言い切れずに終わった不十分な命令を受けた隊員達もがっくりと肩を落としたまま、しかし命令の内容だけはしっかりと把握し、そそっと動き出した。それを見て左近は「ふん」と鼻で笑う。
「無様ですねぇ…」
「だから!反則なのですよ!!」
少し涙目になりながら隊長がなんとか反論する。この男、30を少し過ぎた屈強な男のくせに、女の前で涙目とはいかがなものか。はっきり言っていただけない。ふぅ、とため息をついて左近は言葉を返す。
「反則など使ってません。前々から申しているように、我らが絡繰部隊は全員人間。スタート地点は一緒。ほら、上に「また負けた」と報告しておいてくださいね」
左近はひらりと身を返し、はっはっはと笑ってその場を去った。その後ろ姿を悔しそうに見つめながら、隊長は直ぐに上に連絡を入れた。そして悔し紛れの第一声に、
「妖と一緒に育った人間が反則なんですってばー!!」
と叫んだのだった。
左近の口調を大幅に修正させて頂きました。