剣鬼は紅い月を嗤う
鬱蒼とした夜の森。
その只中に松明の光が密集している。
炎が照らすのは、酒を飲んで騒ぐ盗賊達の顔だった。
赤ら顔の彼らは好き勝手に飲み食いしている。
「はっはっは! 今回の略奪も楽勝だったぜ!」
「隣国との戦争で、小さい街は警備が手薄になってるからなぁ」
「俺達にとっちゃ最高の時代だよな、まったく」
上機嫌の盗賊達のそばには略奪品が散乱している。
それは酒や食料であったり、金銀財宝であったり、縄で縛った若い女であった。
此度の成果を利用し、彼らは宴会を満喫している。
見張りを押し付けられた新入りは、その様子を羨ましそうに眺めていた。
「いいなぁ……」
新入りが空腹を覚えたその時、遠くからふと視線を感じた。
気のせいかと思いつつ、新入りは森の木々の奥に注目する。
闇に包まれた茂みを歩いてくる男がいた。
明かりの一つも持たないその男は、薄汚れた痩躯を揺らして進む。
ふとした拍子に倒れそうな、心許ない足取りだった。
だらりと垂れ下がった両腕は黒ずんで膿んでいる。
揺れるたびに指先から腐液を滴らせていた。
新入りは訝しげに呟く。
「なんだあいつ……」
「ありゃ剣鬼ランバだな」
意外そうに答えたのは、赤髪に髭面の大男だった。
新入りは目を見開いて後ずさる。
「おっ、おっ、親分!?」
「驚かせてすまんな。妙な気配がしたもんで様子を見に来たんだ」
盗賊の頭アノクは気さくに謝りつつ、意識の大半は接近してくる男に向けている。
その手には魔術強化が施された斧が握られていた。
新入りは恐る恐るアノクに尋ねる。
「あの、剣鬼ランバって何者なんです?」
「知らねぇのか……いや、もう二十年も前だからな。それも当然か」
アノクが斧でランバを指し示す。
まだ距離はあり、歩みも緩慢としていた。
「ランバは元勇者パーティの英雄でな。巨人族を赤子扱いする剛力の持ち主だったが、呪いを浴びて力を失ったんだ。それ以来、行方知らずだった」
「なるほど……」
「どこかで野垂れ死んだって噂を聞いたが、まさか生きているとは思わなかったぜ」
アノクはため息を吐き出した。
それから大声でランバに呼びかける。
「止まれ! ここは俺達の縄張りだ! 今すぐ引き返せ!」
アノクの大声を聞き、盗賊達は宴会を中断した。
彼らは酒を置いて武器を手に取ると、ゆっくりと近付いてくるランバを睨む。
当のランバは立ち止まることなく、片手を挙げて返答した。
「待ってくれ。少し試したいことがあるだけなんだ。二十年もかかったが、ようやく完成したんだ」
「へぇ、元英雄サマが何を完成させたんだ? 教えてくれよ」
「――呪いの扱い方だ」
刹那、ランバは疾走した。
腐った両腕から漆黒の粘糸が伸びて、前方の木々にへばりつく。
ゴムのように伸縮する粘糸がランバを引き寄せて、彼をさらに加速させた。
一瞬で距離を詰めたランバは、四方八方に黒い粘糸を撒き散らした。
粘糸は盗賊を絡みつき、彼らの肉体を融解する。
場は阿鼻叫喚の地獄と化した。
「うわああああああああぁぁっ!?」
「俺の足があああぁぁっ!」
「あづううぅぅぅ!?」
ランバは盗賊が落とした短剣を口にくわえると、走りながら敵を切り裂いていく。
盗賊からの反撃は、粘糸で縦横無尽に駆け巡ることで凌ぐ。
一方、予測不能な挙動から繰り出されるランバの斬撃は盗賊達を瞬く間に解体していった。
数十人の盗賊はあっけなく殺され、残るは頭のアノクのみとなった。
アノクは雄叫びを上げてランバに斬りかかる。
「ウォラアアアアアアアァッ!」
ランバは短剣を口から離す。
彼は落下する短剣を器用に蹴り飛ばした。
迫る刃を見て、アノクは必死に首を傾ける。
「うっ!?」
アノクは回避に成功した。
しかし、続けざまに放たれた粘糸は躱せなかった。
剣の形に束ねられた粘糸は、すれ違いざまにアノクを滅多切りにする。
数百の肉片に分解されたアノクは、己の死を認識する間もなく崩れ落ちる。
「ふぅ……」
捕らわれた女が怯える中、ランバは静かに笑みを深める。
返り血まみれの彼の視界では、紅い月が輝いていた。




