あの日の放課後
「はあ、はあ、やっと辿り着いた……間違いない……ここだ……この教室だ……」
歳は三十から四十代程度、邪魔にさえならなければいいとでも言わんばかりに雑に切り揃えられたボサボサの頭に、これから千メートル越えの山にでも挑もうとしているのかの様な重装備に身を包んだその男は、荷物をそっと、初めからそこが自分の棚だと定めたれていたかのように迷いなく、棚に入るだけの荷物を押し込むとフラフラと窓際の席に向かう。
「そうだここだ……間違いない、この席だった」
男は埃りだらけの机を払いもせずに、そのまま突っ伏すと感慨深げに呟いた。
「やぁシュンヤ。もう良いのかい?」
誰も居なかったはずの教室に突然、少年の声が響いた。
「ユズル……?」
教卓に頬杖をつきながらこちらを見つめる白髪の美しい少年。シュンヤと呼ばれた男は最初鳩が豆鉄砲を食ったかのように目を丸くし、何度も目を擦り、自分の目に間違いがないことを確かめたあと『フッ』と軽く笑った。
「もういいもなにも、体の方が限界だよ。それにやれることはやったつもりだ。北は仙台から南は福岡まで……ひとっこひとりいやしねぇ。生き残ってるのはもう俺だけさ」
男は諦めたように語る。
「うん、それは見てたよ。君は十分頑張ったさ。でもさ、君が居たシェルターにはまだ水も食料もあったはずだ。無理に出てきさえしなければ君だけはまだ生きていられたんじゃないかな?」
ユズルと呼ばれた、不思議な雰囲気を纏った少年は男に問いかける。
「…………今思えば、親父はなんか知ってたのかもな。じゃなきゃいくら政府高官といえど家に核シェルターなんか作るかよ。何も言わずに押し込まれたと思えば次の日から急に新型感染症の流行? 町中の人間が一斉に血反吐吐いて倒れ出して、クラスの奴らとも次々連絡取れなくなる。お前と最後に話したのもそん時だっけな?」
「あははは、そうだったね。また連絡するって言ってそれっきり、ごめんね?」
少年は優しく笑い、答えた。
「まあいいさ、こうしてもう一度会えただけでも十分だろ?」
少年はその言葉を聞いて、すこし嬉しそうにした。
「うん! それにしてもシュンヤ……きみ老けすぎじゃない? ヒゲもボーボーだしさっ」
少年はイタズラっぽく笑って見せた。
「なっっ! 人が気にしてることをっ! この野郎っ! そっちは変わらなすぎなんだよっ!」
男は少年を羽交締めにすると髪をクシャクシャと掻き乱す。
「ちょっ! シュンヤ! 髪はやめてくれよっ! セットに一時間はかかるんだからっ!」
怒ったように振る舞う二人の口元には、いつの間にか満面の笑みが浮かんでいた。
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「なぁ、俺はもう死んだのか? それともこれは今際の際に見てる幻覚か?」
一通り、昔に戻り遊んだ二人は遊び疲れて月光照らす屋上で寝転んでいた。
「さぁ? 僕にもよくわからないよ。気づいたらあの教室で、君が目の前にいてさ。その前は……君との電話の後すぐ、すごく苦しかったのだけ覚えてる」
満天の星に照らされながら、二人は横並びで空を見上げる。
「そっか……俺はさ、みんなともどんどん連絡が取れなくなっていって、ニュースでも言ってることメチャクチャで、でもすげーやばい事になってるってことだけは分かって、でもそれもすぐに更新されなくなった。それでも、何かの事情でネットが使えないだけで、外では復興が進んでてさ、明日には誰かが助けに来てくれるってずっと信じてた。でもそんな日は来なくて、そんな生活に耐えられなくなったんだ。水や食料だってまだあるんだから、誰かが助けに来てくれるのを待ってた方が安全なのは分かってた。でも、どうしても、どこかに生き残ってる人たちがいて復興は始まってるって信じたかったんだ……誰かに……会いたかったんだよ……」
そう言った男の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「そっか……なら出てきたかいがあったんじゃないかな? こうしてまた会えたんだしさ」
そう言って少年は男を励まそうと笑って見せる。
「ははっ……うん……でもさ……やっぱ、死にたくねーよ……もっとお前と一緒に遊びたかったよ……」
少年もこれに対する答えは持ち合わせていなかった。静かに、時だけが流れていく。
「でもさ……ほらっ見てごらんよ。こんな綺麗な星空、今まで見た事なかっただろう? 確かにあの時は苦しかったけど、でも全部が悪いことでもなかったんじゃないかい? 人がいなくなったおかげで濁りきった空がこんなにも綺麗になったんだ! あっちの広場の方には天然の一面続く花畑だってある! それに何より、僕らは今、こうして話せてるじゃないか! この奇跡がいつまで続くかは分からないけど、でも一日で終わると決まってるわけでもないだろ? ならさ、今日できなかったことを明日やろうよ? この奇跡が続く限り、この世界を遊び尽くそうじゃないか!」
いつしか、泣き腫らした男の口にも笑みが溢れていた。次の日、もぬけの殻となった街には二人の少年の笑い声だけが響いていた。
「もう二度と使われないはずだった部屋で、二人が再会する」というテーマで書いたものです。一話完結。読み切りです。




