王都へ
来ていただいてありがとうございます!
「ドレスが届きましたよ」
王宮での舞踏会が近づいた頃、チェンバーズさんが普段は使われていないお部屋に案内してくれた。このお屋敷は広いけど人が少ないから空き部屋は豊富にある。
「わあ!綺麗……」
トルソーが着ていたのは光沢のある青竹色と白のプリンセスラインのドレスだった。
「リサ様からは特にご希望が無かったので、私が流行りのデザインを選ばせていただきました」
にこにこ笑いながらチェンバーズさんはドレスとお揃いの色味のアクセサリーの入った箱をテーブルに置いた。高そうな宝石に少し気後れしてしまう。でもこんなドレスなんて着たことないからちょっと楽しみ。
「さあ!今日はこれを着て特訓ですよ!」
喜んだのも束の間、鬼コーチが降臨しちゃった……。リハーサルかな?舞踏会の日まではあと一週間をきってるし、ちょっと緊張してきた。ドレスを着せてもらって全部アクセサリーを身につけると、かなり体が重かった。それにヒールの低い靴だけど、スニーカーを履きなれた私としてはやっぱり動きづらかった。
「ずいぶんとお上手になられましたね。おや!坊ちゃん」
チェンバーズさんとダンスの練習をしていたら、セシル君が練習部屋へ入ってきた。何と黒の正装で!うわぁ、すごく似合っててかっこいい。でも……。
「ちょっと七五三みたい」
やっぱりセシル君って小さくてかわいい印象なんだよね。
「何のことかは分からないが、馬鹿にされたのは分かったぞ」
セシル君がぶすっとして呟いた。
「ち、違いますわ、セシル様。褒めたんです。とても素敵ですわ、セシル様」
なるべくお嬢様みたいな言葉遣いで丁寧に誤魔化してみた。
「…………」
ダメだった。睨まれた。くるりと身をひるがえして部屋を出て行こうとするセシル君を慌てて引き留めたよ。
「さあ、一度踊ってみましょうか」
さっきまでは自動演奏のオルゴールみたいなものを使ってたのに、今度はチェンバーズさんはピアノのような楽器(っていうかほぼピアノ!)を弾き始めた。本当に何でもできる人なんだなぁ。
一緒に踊るとセシル君はダンスがとても上手だった。リードしてくれるから重たいドレスでもいつもより上手に踊れた気がする。背の高さは同じくらいか私の方が少し高いかな。……このドレス、もしかしたらセシル君の方が似合うかもしれない。
「またおかしなことを考えてないか?」
ぎくっ!セシル君て妙に勘が鋭くない?セシル君のドレス姿を想像してましたなんて言えないっ。
舞踏会の三日前に王都の近くにあるクロックフォード侯爵家の本邸へ向かった。かなり緊張したけどセシル君の両親やお兄様は私をとても歓迎してくれた。「渡り人」として。でもセシル君に対してはご家族みんなが少しよそよそしい気がした。これも魔女の呪いのせいなの?特にお母様である侯爵夫人はセシル君にあまり近づこうとはしなくて、セシル君の無表情が痛々しく思われた。
その日の晩餐では和やかに会話が進んだ。セシル君や私にも時々話しかけられるけど、特に私は話題についていけないし、食事のマナーを思い出すのに必死だったから、曖昧に相槌をうったり返事をしたりしかできなかった。美味しそうなご飯もあまり味を覚えていない。残念……。でもそんな中でも興味を引く話題があった。
「我が侯爵家が渡り人様を保護できるとは!」
「王宮でも最近新たな渡り人を迎えたのでしょう?」
「金の髪の美しい乙女だと聞き及んでおります。此度の舞踏会で王子殿下が伴われるとか」
「まあ!では王宮に滞在中の渡り人様にもお会いできるのね!」
新たな渡り人???
思わずセシル君の方を見た。セシル君も驚いたように顔を上げて、私の方をちらっと見た。セシル君やチェンバーズさんには私がこの世界へ来た時のことを説明してあった。友達が一緒の電車に乗っていてはぐれてしまったことも。新たな渡り人って聞いて桃佳のことを思い出したけど、金の髪の美しい乙女だと違うかもしれない。あの子の髪色は明るかったけど金髪じゃなかったから。
ちなみにこの世界には魔法列車というものがあるらしい。この国にはないけれど、他の大陸でそういうものが造られたんだそう。私がここへ来たのとその魔法列車は何か関係があるのかな?見てみたいとは思うけど遠すぎて現実的じゃないみたい。
「はぁー!緊張したぁ……。どうしてご飯を食べるのに着飾るの?」
私は普段着の簡素なドレスに着替えてソファーに倒れこんだ。晩餐だからか宝石のアクセサリーもつけてたんだ。舞踏会の予行練習にはなったけど、ちょっと辛かった。
クロックフォード侯爵家の本邸は森の中のお屋敷よりもさらにもっとずっと広くて豪華だった。私に用意された部屋は三部屋もあった。スイートルームってこんな感じ?大きなベッドがある部屋と居間みたいな広い部屋と身支度を整える為の衣裳ダンスがある部屋と。さっきまではメイドさん達がいたんだけど、もう休むのでって言って下がってもらった。部屋にたくさん知らない人がいるのは落ち着かないんだよね。
コンコンッってノックの音がして、ドアを開けたらセシル君だった。
「どうして君が出てくるんだ?メイド達はどうした?」
「セシル君だ―!入って入って!」
「お、おいっ!引っ張るな!」
「ん?何を持ってるの?」
セシル君は手にかごを持ってる。
「甘い香りがするー!」
「鼻が利くんだな……。夕食、あまり食べてなかったようだから、これを」
「わぁ!ありがとう!」
セシル君が渡してきたかごの中にはクッキーがいっぱい入ってた。
「一緒に食べよう」
「いや、僕は……」
「いいからいいから!」
私はセシル君に座ってもらって、部屋に用意してあった茶器でお茶を淹れた。
「美味しいっ!」
セシル君の隣に座ってクッキーを一枚食べた。チョコの味がする。たくさん食べると体重がやばいので泣く泣く一枚だけでやめておくことにした。ドレスが入らなくなったら目も当てられないもんね。
「舞踏会が終わったら王宮に残ってくれ。王子殿下に書状を送ってあるから手厚く保護してもらえる」
「!セシル君っ!私はっ!私なら大丈夫だよ!」
「君は魔女を甘く見すぎてる。これまでは魔女の使いだったから何とかなったけど、魔女自体が出てきたらきっとどうにもならない」
お茶の入ったカップに口をつけることなく、セシル君は無表情のまま。
「魔女は僕に呪いと予言を残していった」
「呪いと予言?」
「『十五の最初の晩に迎えに来る』と。それが明後日の夜だ」
舞踏会の夜?そんな……。
「そんなの聞いてないよ」
「……とにかく、君は安全な場所に避難していてくれ」
「でもっ!」
「大丈夫。対策は講じてある。時間はあったんだ。僕らだって手をこまねいていたわけじゃない」
セシル君は決然と立ち上がり、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「対策があるのにどうしてあんな悲しそうな顔をしてたの?」
まさか諦めちゃってるわけじゃないよね?せっかく少し仲良くなれたのに、私、何もできないのかな……。
それからセシル君は舞踏会の夜まで部屋に閉じこもり、私に姿を見せてはくれなかった。
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青竹、若竹




