灰色の糸と虹彩
来ていただいてありがとうございます!
「今のところ平穏無事だなぁ……」
醤油の香りが食欲をそそる。この異世界は便利すぎる異世界らしく、なんと醤油が存在してた。
「収穫祭があるせいで色んな地方から物が流通してくるって聞いたけど、やっぱり日本と繋がってるんじゃないのかな?」
異世界じゃない私の知らない外国ってこともありなんじゃないかな。って無いか……。私はくつくつ煮えてる肉じゃがの鍋をかき混ぜながら強火で水分を飛ばして仕上げた。
「あーいい匂い!糸こんにゃくやしらたきは流石に無かったけど、同じような根菜があって良かった」
贅沢を言えばみりんも欲しかったけど、とにかくなんちゃって肉じゃがが完成した。
「完成ですか?リサ様」
厨房の出入り口からひょいっとコックコートを着た老齢の男性が顔をのぞかせた。
「あ、ジェフさん、厨房を使わせてくれてありがとうございます!」
「いやいや、そのショーユは煮込みに使うんですね。以前にソースに使ったことはあるんですが私共には馴染みが無くてね」
ソースかぁ。それもいいけどやっぱり醤油は和食よね。そうだ。今度照り焼きも作ってみよう。
今日は厨房の空き時間に料理人のジェフさんに許可をもらって料理をさせてもらってた。焼き芋をした日からお屋敷の使用人さん達とも仲良くなれて、ジェフさんから醤油の存在を教えてもらったのだ。時々ジェフさんのお手伝いをさせてもらったり、メイドのアンさんとダイアナさんにお茶の淹れ方を教わったりもしてるんだ。
出来上がった肉じゃがはおばあちゃんやお母さんのとはやっぱり違うけど、どこか懐かしい味がした。そしてなんとその日の夕食にジェフさんが私の肉じゃがを出してくれたのだ。みんなで食べてくれて美味しいって言ってもらえて嬉しかった。実は私は一人きりの食事が嫌でお屋敷の使用人さん達と食事をとらせてもらってるんだ。
私が作った焼き芋や肉じゃがはセシル君もお部屋で食べてくれたみたい。完食してたってチェンバーズさんが言ってた。セシル君は相変わらずお部屋からほとんど出てこない。できたら一緒にご飯を食べられるといいのになぁ。
今日は収穫祭の当日。ダンスの練習はお休みしてまた町へ連れて行ってもらえることになっていた。
「セシル君!!」
玄関へ行くとあたたかそうなコートに身を包んだセシル君がチェンバーズさんと一緒にいた。
「久しぶりだね!セシル君も一緒に行けるの?」
「ああ。チェンバーズがどうしてもというから」
「この辺りはクロックフォード侯爵家の領地の一部ですからね。当主一家の一人である坊ちゃんも顔を出さなくては」
「分かってる。だがほんの少しだけだ。僕は町長に挨拶したらすぐに帰る」
私はお祭りが楽しみなだけだけど、貴族って色々大変なんだなぁ。でもセシル君はずっと外に出てないし気分転換になるといいな。あれから何も起こってないし大丈夫だよね。
「少しでも一緒に行けて嬉しいな……?え?セシル君?」
セシル君が私に近づいて顔を覗き込んで来た。な、なに?なに?なに?!それ以上近づくと危ないよ?おでこがくっつきそう。あ、やっぱり綺麗……。セシル君の瞳。アメジストとブルートパーズみたい。
「瞳……」
「?」
「いや、何でもない……」
セシル君はそう言うと私から離れて外に出て行ってしまった。
「何だったんだろう……」
訳が分からない。
「ありがとうございます、リサ様。さ、参りましょう」
「?はい……?」
今、何でお礼を言われたんだろう???
町はさらに活気づいていた。
「こんなにたくさん人がいたんだ」
森を抜けて町に近づくにつれて人が増えてゆき、町の入り口の辺りからたくさんの露店や屋台が軒を連ねてる。町の中までは馬車は入れずに町の外の広場が馬車の停留所になっていた。私達は歩いて町長の館へ向かった。挨拶を済ませるとセシル君はすぐに帰ろうとしたけどチェンバーズさんが引き留めた。
「私もおりますし、少しくらい気晴らしをなさっても大丈夫ですよ」
「……だが」
セシル君は難色を示したけど、一緒にお祭りを見て回ることに同意してくれた。こんなに賑やかなんだもの、セシル君だってお祭りを楽しみたいよね。
小さな事件が起きた。
楽しくお祭りを見て回った後、なにか温かいものを飲もうとして女の子達がホットワインを売ってる店に立ち寄った時の事。あ、ちなみに私はまだ未成年だからホットチョコレートを頼んだよ。セシル君も。お店の女の子の一人がセシル君にちょっと触れようとしたその時、
「痛っ!」
突然、その女の子の指先が切れた。カップが落ちて割れ、中身が石畳にまき散らされる。ハッと息をのんだセシル君の顔が青ざめた。
先にホットチョコレートを渡されて、少し離れた所にいた私には見えていた。灰色の糸のようなものがセシル君とその娘の間を物凄い速さで通り過ぎるのが。魔女の使いだ!
酷い。こんな風にセシル君の楽しい気持ちを邪魔してくるなんて!
私の中に怒りと憤りが生まれて走り出す。考える間もなく手がソレを掴んでいた。それは小さな黒い蜘蛛だった。蜘蛛は私の手の中で煤のようになってサラサラと消え去った。やっぱり魔女の使いだったんだ。
「大丈夫ですか?お嬢さん」
チェンバーズさんがお店の女の子に怪我した手を見せてもらってる。あれ?血が出てたはずだけどもう傷が無い???女の子も不思議そうな顔をしてる。
「えっと、大丈夫みたいです」
これはもしかして魔法なのでは?チェンバーズさんは治癒魔法が使えるのかもしれない。
「…………帰る」
額を押さえて俯いていたセシル君は踵を返して走り出してしまった。人混みを避けて狭い路地を走るセシル君を追いかけて私も走った。
少し前にチェンバーズさんから聞いた話を思い出す。
『坊ちゃんに近づいた人間に不幸が訪れるようになったんです。主に若い女性は酷い目にあうことが多いんですよ。お母様が事故に遭われてからはこちらの森の屋敷に閉じこもるようになってしまわれたんです。それ以来他の人間との接触は最低限になさるように……』
「待って!セシル君!」
何とか追いついて腕を掴むとセシル君は私の手を力いっぱい振り払いその場にうずくまってしまった。
「僕に触るなっ!!」
「セシル君!」
私は思わずセシル君を抱きしめた。
「大丈夫だよ!セシル君は悪くない!」
「っ!駄目だ!僕から離れろ!」
背筋がぞわっとして顔を上げた。
目の前の暗がりから何か黒いものが近づいてくる。奇妙なことに気が付いた。まだ昼過ぎなのに辺りが不自然に暗い。
「せしるからはなれろ」
「…………私、次は拳でいくって決めてたんだ」
「駄目だ、リサ!逃げろ!」
セシル君が私の腕を掴んで引き離そうとしたけど、両足に力を入れて踏みとどまった。
「せしるからはなれろそれはわたしのものだ」
「私、かなり怒ってるから!」
飛びかかって来たのは煤をまとったネズミ。
「じゃまなこむすめ」
「手加減しないから!」
渾身の力を込めて煤ネズミを殴りつけた。パアンッ!って弾けるような音がして眩しい光と一緒にネズミは消えていった。それと同時に辺りに明るさが戻る。
「よし!お仕置き終わり!」
私は手に残った煤の感触を振り払った。そしてそのままじっと手を見る。すごく嫌なこと思い出しちゃった。動かない私を心配してかセシル君が声をかけてきた。
「どうした?リサ。どこか怪我でもしたのか?」
「セシル君……」
我ながら情けない声が出た。
「一体どうしたんだ?」
「私……蜘蛛苦手だった……さっき思いっきり握りつぶしちゃった……気持ち悪い……」
かなり情けない顔をしてたんだと思う。
「ぷっ、あはははははっ……」
…………セシル君が笑ってるの初めて見た。かわいい笑顔だった。
見惚れていると、また顔を覗き込まれた。
「リサの瞳は綺麗な金色だな。光の加減で銀にも見える」
「え?」
そうだったっけ?私はごく普通の目の色だったはずなんだけど……?
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
ヘーゼル、アンバー、アースアイ




