うちの坊ちゃんの婚約者になって差し上げてください 前編
来ていただいてありがとうございます!
新しいお話を始めました。よろしくお願いします。
「リサ様っ!今度王宮で行われる舞踏会で坊ちゃんのパートナーになっていただきたいのです」
「はい?」
「ついでにうちの坊ちゃんの婚約者になって差し上げて下さい!」
「…………」
立て続けに言われた言葉に思考が一瞬停止した。
なんですと?混乱する頭に情報の洪水が溢れる。……今なんかさらりと人生における重要なことを頼まれたんですが……?何なのこれ?金髪の背高老紳士の後ろで、大きな椅子に腰かけた黒髪オッドアイの美少年が少し顔をしかめた。
どうしてこうなった……
昨日学校が終わって家に帰ろうといつも通りに電車に乗り込んた。そこまでは前日と一緒だったはず。
ぼやけたオレンジ色の光がさしこむ電車の中には不思議なほど乗客が少なかった。ラッシュの時間ではないもののここまで人がいないのは不自然だ。
「ねえ、おかしくない?人いなさすぎだよね?」
気は進まなかったけど、不安になった私は偶然帰りが一緒になった鈴木桃佳に話しかけた。
「そう?別にいいじゃない。空いてるんだから」
桃佳はスマホに目を落としたまま、素っ気なく答えた。
桃佳とは小中高と同じ学校なんだけど、最近あまり話したりとかはしてない。小学校の頃はよく一緒に遊んでたんだけど、中学に入ってちょっと派手めな子達のグループに入るようになってしまって声をかけ辛くなっちゃったから。
なんとなく座る気持ちになれずに、桃佳のそばの出入り口に立った私は車内を見回した。
「あんなに小さい子達だけで電車に乗ってるの?」
私達がいるのとは対角線の場所に男の子と女の子の双子ちゃんが並んで座ってる。この時間に見かけたことのない子達。顔立ちが良く似てるからたぶん双子だと思う。
「お母さんかお父さんはいないのかな?」
話しかけたつもりは無かったんだけど、桃佳が反応した。
「うるさいわよ、水樹里紗。子どもだけで電車で学校に通うなんてよくあるでしょ」
「そうだけど……」
フルネームで呼び捨てって……、まあいいけど。でもどう見てもあの子達は小学生には見えない。幼稚園児くらいの子達なんだ。妹や弟がいる私としてはちょっと心配になっちゃう。
もう一度子ども達に目をやった私は違和感に気が付いた。子ども達の後ろ、窓の外にいつもの景色が見えない。
「トンネル……?」
でもいつもの帰り道(線路)にトンネルなんてない。そしてこの電車は地下鉄でもない。
「霧……?」
気が付くと濃い、深い霧の中を電車は走っていた。
「…………駅」
車内アナウンスでは聞いたことのない駅。電車はそこで停車した。
「なにこれ?どこ?ここ?」
「うるさいわよ。ちょっとほんとに無理なんだけど」
「スマホなんて見てる場合じゃないって!訳が分からない事態なんだって!!」
ようやく顔を上げた桃佳も外の景色を見てハッとした表情を浮かべた。だけどすぐにいつもの澄ましたような顔に戻ってスマホに目を落とした。
「濃霧のせいで緊急停車したかなんかでしょ。すぐに出発するわよ」
「でも……!」
私の第六感(?)が異常事態を告げてる。
「もうほんと静かにして!動きも悪いしイラつく……!」
それ以上は桃佳に話しかけられる雰囲気じゃなくなってしまった。桃佳の言うことはもっともだったし私も何もできないからそのまま黙って電車の発車を待っていた。
やがて泣き声が聞こえてくる。声の方へ目をやると双子の女の子が一人で泣いていた。
「あれ?一人?もう一人は……いない?」
私はその子に近づくとなるべく優しく声をかけた。
「どうしたの?もう一人の子は?」
話しながらも違和感に気付く。女の子が着てるのは白いワンピース。カバンなんかは持ってないみたい。どう見ても学校帰りじゃないみたいだった。それに黒く見えてた髪色が今は深い緑色に見える。親の趣味?まあこんなに小さな子達を付き添い無しで電車に乗せるような親だから変でもしょうがないかも。とはいえ泣いてる子を放っておくわけにはいかないよね。
「お兄ちゃん行っちゃった」
女の子が指さしたのはいつの間にか開いていた電車のドア。
「え、いつから開いてたの?!」
全然気が付かなかったけど、電車が駅に着いたと思った男の子は女の子を置いて降りてしまったみたい。
「追いかけよう。まだ駅の中にいるだろうし、大丈夫」
安心してもらえるように笑いかけると、女の子と手を繋いだ。お兄ちゃんと呼ばれた男の子が見つからなくても、駅員さんに事情を話して保護してもらおう。私はそう思って電車を降りたのだった。
濃い霧の中、ホームを歩いているとすぐにおかしな状況に気が付いた。草を踏んでる感覚がする。
「え?なにこれ?」
気が付くと私達は森の中にいた。たぶん。だって周り中木ばっかり。ってことは森の中だよね?林か山の中かもしれないけど。
「改札、抜けてないのに……」
不安に思っているとふいに手が引かれた。
「お兄ちゃんいた!」
嬉しそうに笑う女の子は動かない私の手を振りほどいて走り去っていく。
「待って!」
追いかけようとして更に奇妙なことに気が付く。女の子の髪が淡い緑色に光ってる。緑色の残光を残して突然女の子の姿が見えなくなった。
「え?あれ?どこへ行ったの?」
消えた、と思う。だって私は目を離してないはずだから。しばらく辺りを探したけど、女の子の姿は見つからなかった。仕方なく電車に戻ろうとして愕然とした。
「私……どっちから来たんだっけ?」
軽く絶望した。スマホでお母さんに連絡を取ろうしたけど圏外なのか全く繋がらない。更に絶望した。
「だ、大丈夫!来た方向に戻ればきっと駅に着けるはず!」
自分を励ましながら、どんどん暗くなっていく森の中を歩き続けるとやがて視界が開けた。目の前にあったのは森の中の開けた土地に佇む大きなお屋敷だった。
「駅じゃない。お城みたいなお屋敷だわ。なんか殺人事件とか起きそう」
窓はあるけど明かりは見えない。人が住んでない?遮光カーテンがかかってるのかも?もし人がいるのなら駅までの道を教えてもらえるはず。このまま見上げていても仕方がないし、インターフォンとかは見当たらなかったから、思い切って大きな扉を叩いてみた。
「すいませーんっ!!」
「どちら様ですか?」
しばらくして重たい音がして扉が開いた。良かった!人がいた!出てきたのは黒いスーツに身を包み、白髪交じりの金髪を撫でつけた背の高い紳士だった。私が考える執事さんのイメージにピッタリの人だった。
「あの、私、森で迷子になってしまって……。駅までの道を教えていただきたいんです。あ、そうだ!ここに子どもが二人来ていませんか?男の子と女の子の、たぶん双子で!その子達ともはぐれてしまって。あ、もしかしてこちらのお子様かも……!」
異常な事態への不安感と人に会えたことへの安心感で私の言葉は支離滅裂になってしまった。
「落ち着いてください、お嬢様」
「お、お嬢様?!いえ!私は普通の女子高生で、えっと水樹里沙といいます」
「ミズキリサ様?とにかく森で迷われたということですね、少々お待ちください。ただいま主に訊いてまいります」
そう言うとその背高な紳士は私を広いエントランスに迎え入れて屋敷の奥へ消えて行った。
「ほんとに広いお屋敷……。でもなんだか薄暗くて静かすぎる。まるで他に人がいないみたい」
壁にはぼんやりと明かりがともっているものの、全体的に暗くて洞窟の中みたい。大きな台座に置かれた大きな花瓶には花は生けられてない。屋敷の二階へ続く階段の踊り場の途中の壁には大きな額。でも絵は飾られていない。窓がありそうな場所には分厚いカーテンがかけられてる。やっぱり遮光カーテン?これだけ大きなお屋敷ならたくさんの人が働いていても不思議じゃないのに誰かの声や物音も聞こえない。
「それにここってどこなんだろう?さっきの人って日本人じゃなかったよね?」
色々な考えが浮かんで不安にはなるけど、今はとにかく待つしかない。待ってる間にもう一度スマホを使おうとしたけど、やっぱり使えなかった。
「ミズキリサ様、お待たせいたしました」
しばらくするとあの背高紳士が戻って来てくれた。
「許可が下りましたから一晩こちらの屋敷で滞在していただけますよ。今日はもう遅いので明日、近くの町までお送りいたしましょう」
にっこりと微笑んだ紳士はチェスター・チェンバーズと名乗った。やっぱり外国の人だった。
「ありがとうございます!あの、主さんにもお礼を言いたいんですけど」
「いえ、我が主は少々気難しいので、あまり人前には出たがらないのです。申し訳ありませんが今夜はなるべくお部屋からお出になりませんようにお願い申し上げます」
にこやかで丁寧だけど有無を言わせない圧を感じて、それ以上は何も聞けなかった。
「あ、はい。分かりました。気をつけます」
こんな訳の分からない状況で泊めてもらえるだけでもありがたいもんね。明日になったら街へ行って家に連絡しなくちゃ。みんな心配してるだろうな……。
用意してもらった部屋は白とグリーンを基調にしたやたら広い部屋で、天蓋付きのベッドまであって、私にはなんだかとっても居づらい部屋だった。それからチェンバーズさんに夕食を運んでもらった時に聞いたんだけど、ここにはあの双子ちゃん達は来てないって。
「どこへ行っちゃったんだろう。ちゃんとお家に帰れたのかな」
気にはなるけど今の私には確かめようがなかった。
ちなみに夕食はよく煮込まれた大きなお肉のシチューとサラダとこんがり焼けた丸パンがかごにてんこ盛りだった。どれも美味しくてパンが食べきれなかったのがちょっともったいなかった。
お風呂を使わせてもらって、用意してもらったネグリジェ(!)に着替えた。スマホが使えないとやることがない。教科書は読みたくないし、部屋の本棚に本も置いてあるけど英語じゃない外国語の本みたいで読めない。チェンバーズさんに窓やカーテンを開けないようにって言われたから、外の景色を眺めることもできない。こんな時はさっさと寝てしまおうと布団をかぶって眠りについた。
深夜、何かの気配で目が覚めた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
洗朱




