第七話:思考
紫電とガレスは千崎を連れて、日本自治区東京エリアを訪れた。
「さてと、どうするかな」
「貴様の『荷物』はどうする?」
「とりあえず、人質としてとっておくか」
「で、次の計画は?」
「ない。連中の動きが分かればいいのだがな」
死体の溢れた街で二人はしばらく歩き続けた。
同時刻、小川とキムは北京民主共和国大統領府で会談していた。
「次の標的は大阪ですか?」
小川は顔をしかめてキムに問う。
「うむ。『クィーン』じきじきの指令だ。プロジェクト=ノアを発動する」
「しかし、大阪は北京民主共和国が実質統治している場所。そこに洪水を起こして何が……?」
「我々が考えることではない。偉大なる預言者に任せておけばいいのだ。国民どもが死のうが問題ない。あそこにいるのは日本人が多いのだからな」
「はあ。どうも、キム首席総長におかれましては『クィーン』に操られていると思うのですが」
小川は露骨に嫌味を言った。
「何かね? 『クィーン』が間違うとでも思うのか?」
「いえ。間違うとか間違わないとかの問題ではないのです。この計画は我々が世界を掌握するためのものでしょう。それに『クィーン』が介入するのは構いません。世界の指導者ですから。問題はそこではなく、意見が流されておるのではと申しているのです」
キムは鼻で笑う。
「ふん。我々が判断するよりも間違いはないだろう」
「そうですか……」
小川は会談の後、キムのもとを辞去すると、目を細めてほくそえんだ。
紫電はこれまでの経緯や情報をガレスに与えていた。
「ほう。面白えじゃねえか」
ガレスは獰猛な瞳を輝かせて、東京のおんぼろホテルの一室で紫電の話を聞き入っている。
部屋の白の壁紙は所々はがれ、エアコンは壊れている。安っぽいベッドとソファがそれぞれ一つずつあるだけの簡素な部屋だった。
時間は夕刻。太陽は真っ赤に染まり、地平線の彼方へ帰ろうとしている。
「以上だ。不自然な洪水が起こっている。この後に何故か各地を北京民主共和国が侵略している」
無表情で説明を終えると紫電はため息をついた。
「こっちの動きは連中に筒抜けってこたあ、ねえよな?」
左腕につけられた鋼鉄を撫でながら、問いかけた。
「何故そう思う?」
「勘かな。昔の」
「それだけか?」
「情報が不自然に的確なところだな、強いて言えば」
「何だと?」
少し語気を強める。
「アンタの相方は何故そこまで相手方の情報に精通している? アンタは日本一の、いや世界でも有数のアサシンだ。アメリカでも紫電って名前は恐れられてたんだぜ? そのアサシン様が簡単に得られない情報を何故、アンタの相棒は入手できたのか?」
紫電の顔はこわばっていた。
「雷電は元々諜報能力にも優れたヤツだ。別に不自然では……」
「ま、アンタがそう思うんならいいんだけどな」
ガレスは空を見上げて、タバコに火をつけた。そして、四肢を乱暴にソファに放り出して、眠りについた。紫電も続いて、ベッドの上で身体を休めた。
数日後、二人は大阪が謎の洪水に襲われたことを日本人の生き残りから耳にした。
「次は大阪か。この前はヴェネツィアだったな」
紫電はベッドに座って、俯いた。
「行こうぜ。何か分かるかもしれない」
「そうだな」
のろのろと身体を持ち上げた。
大阪にはアカヒ新聞本社がある。40階建ての円筒形の巨大なビルが大阪市内の中心部にあるのである。これは大阪エリアのシンボルとなり、同時に北京民主共和国の広告塔としても機能している。
北京民主共和国に都合のいい情報のみを流し、それ以外の情報は完全にシャットアウトする。いわゆる、情報統制を行っている機関でもあった。
アカヒ新聞社は日本滅亡の数年前から政府の支援を受けて急激に伸びてきた会社であり、当時の日本のメディアを毎朝新聞とともに牛耳っていた。
社長の赤山は鳩川や小川とつながりのある人物で、改進党の積極的支持者でもあった。そのため、メディアは自律党の麻川らを誹謗中傷する記事を全国に発信し、時間をかけて改進党が政権を握り、鳩川らの独裁と自らの安泰を求めた。
「鳩川様。友愛の勝利ですな」
赤山はぎょろりとした目を鳩川に向けた。
「うむ。我が愛は憲法など物ともしないのだ」
赤山は広い額を撫でながら
「ところで、日本自治区のジャパニーズどもは最近新聞を取らなくなってきましたからね。我々アカヒの収入が減っているのです。何とかなりませんか」と相談した。
鳩川は虚ろな目を空に向ける。
「そうだなあ。ボクの過去の犯罪歴データを抹消しておいてくれないかな? ボク、国の仕組みとかよく分からないからさ。そしたら、年間500億円支援してあげるよ」
「かしこまりました」
「それからさ、支持率の捏造も頼むよ。ボク、演説とか法律とか分からないからさ」
赤山は紺色のスーツについた埃を払いながら、引きつった笑顔を鳩川に向けた。
「鳩川様、この間雇った男ですが、なかなかに使えます」
「そうなのか? 最近は紫電が暗躍しているらしいし、東京で物騒なテロリストがいるらしいし、うっとおしいなあ。さっさと友愛しちゃってよ」
「はい。さすがに紫電といえども、あの男の前では無力でしょう。何せ、狙撃の達人なのですから。時代遅れの刀など役に立ちません」
赤山がベルを鳴らすと、一人の青年が入ってきた。
真っ赤な髪に褐色の肌、瞳の色はダークブラウン。黒のシャツの上に茶色の皮ジャケット、青のジーンズというラフな格好だ。靴は機動力を追求した白と青のスニーカー。
鼻が高く、目は大きい。整った顔立ちの青年だった。
「鳩川様、彼がその男です。ジョーカーといいます」
ジョーカーと呼ばれた青年は一礼した。細い腕には似合わない大きなライフルが抱えられている。
「ほう。ボクの用心棒くらいには使えそうだな。どうだ、ボクの下で働かないか?」
青年は大声で嘲笑した。
「ふざけるなよ、スポンジ脳みそ野郎が! 俺は俺のやり方でやる。部外者は脱税でもして、金勘定してろ。俺の仕事は邪魔させない」
赤山は慌てて、鳩川に詫びる。
「すみません、口が悪いもので。ジョーカー、このお方は日本自治王となる鳩川紀夫様だ。無礼は許さんぞ」
青年は悪びれずに口を開いた。
「無礼? こいつが麻月のような名将なら別に笑ったりしませんよ。愛だの何だのと訳の分からんことをほざいてて、尊敬に値しないと思ったからバカにしただけですよ」
「それがいかんのだ。いいかね。麻月らは敗れたのだ。歴史の敗者だ。鳩川様は歴史の勝者、友愛の伝道師なのだ。そして、これからの世界を『クィーン』とともに動かしていくお方だ」
赤山は真面目くさった顔でジョーカーに諭したが、青年はそれを聞き入れなかった。
「『クィーン』? 歴史の勝者? 関係ないね」
青年は息を吸い込んだ。
「悪いが、俺がJOKERだ。さてと、引き続き紫電の捜査に当たります」
「分かった」
赤山は鳩川の方を向く。
「鳩川様、この男に任せておけば大丈夫です。どうか、まずはご自身のお仕事を」
「うむ。ボクは小川とは違う。宇宙の支配者になるんだからな!」
鳩川の目はぎらぎらと不気味に光っていた。
「紫電は今東京にいるらしい。しばらくは日本にいますよ。俺の愛銃もそろそろ火を吹きたい頃ですから」
ジョーカーは肩にかかるくらいにまでのびた髪を翻して、二人の前から去っていった。
こんばんは、Jokerです。
ここはほとんど修正なし。
鳩川のクレイジーっぷりがちょっと足りないか(?)
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……