第六話:隻腕
東京の廃ビルで小さな悲鳴がこだましている。
「たたたた、助けて……」
けばけばしい化粧をし、豪奢なドレスを着た老婆に隻腕の男が銃を向ける。
隻腕の男の左腕、肘から下は銃が取り付けられていた。
ビルの窓から漏れる陽光が男の逞しい二つの腕を映し出している。
「くたばれ、このブタが!」
白いシャツの上に着ている青の軍用ジャケットとだぶついた迷彩柄のズボンが風に揺れる。男は息を吸い込むと、怒声を上げた。
「てめえは俺の家族をてめえの利権のためだけに、死刑にしやがった! てめえは確か千崎法務大臣サマだったな。てめえは日本で誰にも裁けなかった。だから、俺が今、代わりに裁いてやる」
「あ、あ、あ、あれは間違いだったのよ。朝鮮連王国拉致テロリストを釈放したのも、日本人どもを弾圧したのも、鳩川総理の脱税事件を指揮権発動して無罪にしたのも、ちょっとした出来心だったのよ!」
醜く怯えながら、千崎は懇願した。
「命だけは助けて」
「遺言はそれだけか? クタバレ!」
男は銃を千崎の額に突きつけた。
「あひい……」
「今まで散々、俺たちや日本人を殺戮してきただろ? もう充分神様気取りでこの世を楽しんだんじゃねえのか。てめえは存在してるだけで害悪なんだよ。とっとと逝け」
男が弾丸を千崎に叩き込もうとした瞬間だった。
男の後ろで複数の足音がする。
「ンだ?」
日焼けした彫りの深い顔で後ろを振り向いた。頭の後ろで束ねている金色の長髪が肩の辺りで揺れる。
「いたぞ、千崎元法務大臣だ。保護しろ」
北京民主共和国兵が数人マシンガンを持って駆け寄ってくる。
「おいおい、東京に何でこのクソ野郎どもがいやがるんだ?」
「こここ、この男が最近日本自治区で活動しているテロリストよ。殺してちょうだい!」
金切り声で千崎が叫ぶと、兵はマシンガンを男に向けた。
「おいおい、腐れブタ。てめえ、今の状況分かってんのか? 俺がちょいと弾をぶち込むだけで、逝っちまうんだぜ? それとも爆薬で焼きブタになるのがお好みか?」
男は大きな声で吠えた。
「てめえら、このブタの命が惜しかったら、そこから消えろ。なあに、殺しゃしねえよ。今は、な」
男は千崎の左耳を撃ち抜いた。
「ひぎゃあ!」
千崎は震え上がり、涙を流して兵たちに命令した。
「こここ、ここはこの男の言うとおりにしてちょうだい。わわ、私を死なせるようなことがあったら、あのお方がお前たちを死刑にするんだよ」
兵たちは唾を吐くと、踵を返して去っていった。
「おいおい、随分と度胸がねえんだな。安心しな。てめえはまだ殺さねえよ」
男は嘲笑い、地面にへたり込む千崎を見下ろした。
「てめえがクズだの何だのとほざいてた野郎に見下される気分はどうだ? 最高にハイってヤツだろ?」
男は躊躇なく千崎の両足に弾丸をぶち込むと、痛みに叫び、のたうち回る声をBGMに壊れた窓から外を見た。北京民主共和国の兵たちがぞろぞろと街中を闊歩している。
「おい、ブタ」
男は静かに問うた。
「ここに紫電とかいうアサシンがいるのか? 確か野郎はジャパニーズだとか聞いたが」
「わ、分からない」
「隠しやがったら、てめえの心臓ブチ抜くぞ?」
「ほ、本当に知らないのよ!」
男は鼻で笑うと、再び窓の外を見た。
紫電が小川の東京での日本人掃討作戦を知って駆けつけると、そこには予期せぬ光景が映し出されていた。何故か、北京民主共和国の兵たちの死体があちこちに転がっている。それらには銃で撃ち抜かれた痕があった。
逆に日本人の死体はほぼない。
紫電は思案顔になると、廃ビルの乱立している街を歩き回る。
太陽は既に沈みかけて、オレンジ色の光を放っていた。
「アンタが紫電か?」
隻腕の男が紫電に話しかけた。右腕で気絶した千崎を担ぎ上げている。
「貴様は誰だ」
紫電は背中にある忍者刀に手をかけた。
「警戒するんじゃねえよ、ジャパン一のアサシンさんよ」
「貴様が味方だという保証はない」
「ごもっともだ」
男はくつくつと笑うと
「俺はガレス。ガレス=ダイン、アメリカンだ」と自己紹介した。
紫電はそれを聞いて、刀から手を放す。
「それで? そのアメリカ人が東京に何の用だ?」
「このブタに用事があったんでな」
ガレスは『荷物』を放り投げた。
『荷物』はしばらくうめいた後、すぐにまた気絶した。
「まさかと思うが、そこかしこにある死体はすべて貴様が殺ったものか?」
紫電から鋭い視線がガレスの左腕に注がれた。
「ああ。あまりにハエが多くて面倒くせえから、最後はブタを人質にして追っ払ったがな」
「そうか、礼を言う。おかげで日本人掃討作戦は一時的にとはいえ、失敗させることが出来た」
そして、ガレスに頭を下げた。
「礼なんかいらねえよ。俺はただ、このブタを殺したくて来ただけなんだからな。偶然そこで騒動が起こってたから、助けてやっただけさ」
「結果として、助けられたことには変わりはない」
ガレスは近くにあった瓦礫に腰を下ろす。
「紫電、アンタは何故戦っている?」
「俺がそうしたいから、だ」
紫電も瓦礫に腰を下ろした。
「今世界の人間は、考えることをやめている。全て、機械の脳味噌に任せてな」
「『クィーン』か」
表情を変えず淡々と言葉を綴る。
「だから、人間が人間として生きるために戦っている」
「そうかい」
「だが、実際は俺も貴様と同じ。『クィーン』を殺す任務があるからだ。いや、俺自身が殺したいからだ。結局、誰かのためとか言いつつも結局俺は俺のためだけでしか生きられないのかもしれん」
ガレスは苦笑すると
「いいんじゃねえか、それで。人間なんてエゴの塊なんだ。それでいい。それよりも、だ」と励ます。
「何だ?」
「アンタ何歳?」
「二十四」
「老けて見える」
「ほっとけ。貴様はオッサンに見えるがな」
「俺はまだ三十だ。オッサンじゃねえよ」
「俺からすれば充分オッサンだ」
二人は他愛もない会話をして笑いあった。
「アンタ気に入ったよ。任務とやらに俺も混ぜろ」
「足手まといになれば容赦なく斬り捨てるぞ」
「上等だ!」
隻腕の男は左腕を撫でる。
「頼むぜ、相棒」
二人は動き出した。それぞれに目標を持って。
こんばんは、Jokerです。
これも微修正しました。
ガレスは私のお気に入りキャラでもあります。
詳しくは活動報告にて。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……




