第五話:計画
紫電は暗闇でぼんやりと空を眺めていた。。
「何故、しくじったのだろうか。何か理由があるのか」
紫電は迷いを振り切るように頭を振り、一旦引き上げることにした。
「僕は別の用事があるから、もう行くよ」
「好きにするがいい」
紫電は雷電を見送ると、ジェノヴァに戻ることにした。
小川はその頃、北京民主共和国のキムと会談していた。
「日本人どもが最近ちょろちょろとしておりましてな。キム大統領のお力で何とかしてもらいたいのですが」
小川はいかつい顔を前面に出してキムに請願した。
「分かっておるよ。ただ、男どもは虐殺してもかまわんが、日本人の女は高く売れるからな。大事な商品として出来るだけ傷つけずに捕獲したいものだ」
ぐふふと気味の悪い笑みを浮かべてキムは答える。
「日本人の女は北京民主共和国に渡しますので、近日中に日本自治区にいる日本人どもの掃討作戦を実行していただけますかな? どうやら紫電が暗躍しているようなのです」
「紫電? ああ、日本の暗殺組織のねずみか。放っておいてもいいのではないか。たった一匹で何が出来る?」
「侮ってはなりません。やつは一流の暗殺者であります。いつどこから狙っているか分かったものではありませんからな」
「ふん。精々気をつけるとしよう。ところで、草からは何もないのかね」
草というのはいわゆるスパイのことを指す。
「岡崎を始末しました」
「ほう、君たちの腹心ではないのかね?」
「使えぬバカは始末するのがいいのです。安国神社をブルドーザーで更地にしたまではいいんですがね。朝鮮連王国と秘密取引をしていたのですよ。ジャスコの進出と引き換えに、我らの計画の情報を漏らしていたのです」
キムの顔が歪んだ。
「それはまずいな。確か、ジョンセン書記長が関係していたな。それにプロジェクト=ノアにも岡崎は関係していたのではないか?」
「はい。ノア計画は『クィーン』の最も重要な計画のひとつです。これだけは遂行せねばなりません。我々が世界の支配者となるために」
「ほう。君は日本を売るだけではなく世界までも手に入れようとするのかね。プロジェクト=ノアは漏れていないんだろうな?」
「はい。これだけは漏れていません。鳩川と私、そしてあなたの三名しか世界でこの計画を知りうるものはいません」
「よろしい。引き続き、君の仕事に専念するように」
ところ変わって、ジェノヴァ。
紫電は飛行機で日本からジェノヴァに着いた。
レジスタンス本部に戻るとグレンが慌てて紫電に駆け寄る。
「バグダッドが原因不明の大洪水に襲われた。そして、その後、北京民主共和国軍に制圧された」
紫電は首をかしげる。
「何故だ?」
「分からない。突然の行動だ。それも世界各地で同時多発的に起こっている。バグダッドの他にはロシアのレニングラード、アメリカのヒューストン、ブラジルのリオデジャネイロ、そしてヴェネツィアで起こった」
「情報が足らんな。集まり次第動く」
紫電はそれだけ言うと、身体を手近にあった椅子に投げ出した。相変わらず、表情は変えない。
「いいのかよ、それで。もしかしたら手遅れになるかもしれないんだぞ。このイタリアだって、日本の二の舞になるかもしれないんだ!」
グレンは早口でまくし立てた。
「闇雲に動いたところで返り討ちにあうだけだ。敵方には老獪な小川がいる。鳩川だけならどうとでも出来ようが、こいつがいる限りは下手に身動きせんほうがいい」
グレンは何か言いかけて口を閉ざした。
「それに俺はイタリアなどに興味はない。俺の願いはただ一つ。奴らを殺すことだけだ」
「そうか。お前はジャパニーズだもんな」
紫電は視線をグレンに向け
「そうだ。この復讐は俺のものだ」とだけ呟く。
そして、椅子から立ち上がるとあてがわれた自室へと入っていった。
小川はキムと共に『クィーン』に謁見をしに行っていた。
「鳩川君には見せたが、このお方が『クィーン』だ。直接お目にかかるのは初めてだな」
「はい」
「オ前ガ、小川デスカ」
耳障りな電子音が発せられた。四方八方が機械で囲まれた空間に『クィーン』は置かれていた。
「はい。お目にかかれて光栄でございます」
「下手ナ事ハ企マヌコトデス。オ前ガ、のあ計画ヲ利用シヨウトシテイル事ハ分カッテイマス」
「とんでもない。私は『クィーン』の意思に従い、理想の世界を作るべく動いております。私利私欲などではありません!」
小川は声を震わせて、大声で吠える。
そこにキムが割って入った。
「まあまあ、小川君。『クィーン』よ、プロジェクト=ノアは順調に進んでおります。次はニューデリーとアテネについて実行します。ところで、そろそろプロジェクト=ノアのねらいについて教えていただけませんか?」
「愚カナ人間ドモヲスベテ消スタメデス。世界ハ私ガ選ンダ人類シカ生キルコトヲ許サナイ」
この時『クィーン』が何を考えていたのかは知る由もない。この計画にはまだ、あることが隠されていることに二人は気付いていない。
「偉大なる指導者よ、引き続き我々は任務にあたります」
二人は命を持たぬ預言者に頭を下げると、その場から出て行った。
「小川君」
「はい」
「日本人抹殺計画だが、君に一任しよう。好きなようにしたまえ。我が北京民主共和国の軍隊を貸し与えよう」
「ありがとうございます。では、東京エリアから掃討にかかります」
「うむ。くれぐれも『商品』にはあまり傷をつけんようにな」
秘密裏に進められた日本人掃討作戦は小川の指示のもと実行された。紫電はこれが起こるまで、このことに気付かず、小川の作戦は成功するかのように思われた。
ある隻腕の男が現れるまでは。
こんばんは、Jokerです。
連続での投稿です。
一部修正、加筆及び削除して出しました。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……