表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
種蒔く者  作者: 星見流人
3/33

第二話:蠢動

 目の前では信じられない光景が映し出されていた。

 並み居る敵を斬り払う一人の青年。

人間業とは思えない体術。相手の動きを先読みする鋭い洞察力。

 それらを兼ね備えた人間が画面で戦いを繰り広げていた。いや、見る人から見ればそれは一方的な虐殺に見えた。

「これが紫電じゃ」

 マスターは静かに言った。

「消滅前の日本ジャパンという国でな、彼は有名な暗殺者じゃった。いや、日本一だったというべきかもしれん」

「それが……紫電ですか」

 グレンの体が震える。人の域を超えた人間がいたからだ。画面に映る人間はその動きを見ても、人の皮を被った悪魔に見えた。人を殺すために神が地上に遣わしたのかと思うほどだ。

「紫電というのは通称じゃ。本名ではない。この組織では本名をはじめとして個人情報を守るためにコードネームを暗殺者に与えておったのじゃ」

「消滅前の日本にこんな人間が……」

 あの揺るぎない自信の根拠はここにあったのだ。

 ところで、日本ジャパンという国は数年前まで存在した東方の島国だった。保守党と改進党という政党による二大政党制をとっていたが、ある時改進党が実権を握り北京民主共和国から大量の移民を受け入れ、在日外国人による公務員ギルドの権限掌握による汚職の連鎖などの事態を経て北京民主共和国により併合されてしまった国である。併合といっても、軍事的にではなく当時の首相であった鳩川紀夫はとかわのりおという人物が国の主権を委譲するという異例の形で日本という国は消滅してしまったのである。今は北京民主共和国日本自治区として存在している。

 紫電は与えられた部屋で眠っていた。そこは簡素な家具とベッドが置かれているだけの部屋だった。灰色の壁紙は所々はがれており、部屋自体の老朽化が進んでいることがわかる。

彼が見ているのはいつもの夢。壊滅した日本から追い出されるようにして世界へ飛び出した時の夢を見ていた。

 家族を失い、兄弟を失い、国を失った。与えられたのは武器と理不尽だけだった。

 紫電が世界へ出た理由は二つあった。一つ目は消滅した日本で己に課した最後の任務が鳩川紀夫の抹殺であり、これを遂行するため。二つ目は破壊されつくした祖国を見るに忍びなかったからである。

 翌朝になると紫電は何事もなかったかのようにマスターたちの前に姿を現した。

 簡単な挨拶を交わすとそれぞれが持ち場に散っていく。

「しばらく出かけてくる。次の準備がいるのでな」

 それだけ言うと紫電は出て行った。

「日本へ戻るか……」

 行き先は日本。

 空路を使い、生まれた国へ戻った。日本はその時、成田空港のみが機能しており、その他は外国勢力に押さえられている状態だった。

 日本へ戻るとかつての暗殺ギルドがあった場所へ訪れた。そこは既に廃墟となっており、人気を失っていた。瓦礫の山ばかりがそこにあるだけで、近くには民家もない有様だった。

 紫電は瓦礫の山から地下への隠し階段を見つけ、そこを降りる。

 そこは地下にも関わらず紫色の花が咲き誇る墓地になっていた。その花は淡い光を放っている。そのため、全くの暗闇であるはずの空間が少しだけライトアップされており、幻想的な雰囲気をかもし出していた。

 紫電は家族の墓の前に行き、座った。墓の下に埋められていた布に包まれた何かをそっと手に取った。

そして、それを刀と一緒に背負ってから、両手を合わせた。紫電は日本を離れてからも毎年これを続けていた。

 数分間祈りを捧げた後、紫電は突然武器に手をかける。

「……誰だ貴様は」

 紫電は背後の気配を感じて殺気を飛ばした。

「僕だよ」

 声変わりする前の少年のような、少し高い声だ。

「貴様か」

 紫電と同じ黒髪の青年が紫電の背後にいた。肩よりも少し長いストレートの長髪。女性に見える端正な顔立ち、目つきは紫電よりも随分と穏やかだった。そして、紫電と同じ黒装束を細身の身体に纏っている。背中にはその身体に不似合いな太刀。

「奇遇だね」

「白々しい真似をするな」

 紫電は殺気を消して言った。

「空港から貴様の気配は感じていた」

「おかしいな。気配殺していたのに」

「だからこそ貴様だと分かったのさ。俺を尾行するのに気配をわざわざ消してする奴など貴様ぐらいしか思いつかん」

「なるほどね」

 青年は微笑んで返事した。笑ってはいるが、依然として隙は見せていない。

「で、紫電はどうしてここに?」

「毎年の恒例行事さ」

 紫電は祈りを済ませると出口に足を向けた。

「帰る」

「どこに?」

「ジェノヴァだ」

「僕も……」

「くるな」

 紫電は青年の言葉を遮る。

「これは俺の仕事だ。貴様は邪魔するな」

 目を閉じて冷たくいつものように切り捨てた。

「あっそう。有益な情報あるんだけどなぁ。協力させてくれるならあげてもいいんだよ」

「……」

 紫電は頭を抱えた。青年の性格を知っているからなのだろうか。

「情報だけ寄越せ」

「駄目。行く」

 青年は駄々っ子のように言った。

 紫電頭を抱えて帯同を許し、そのままレジスタンスのある街へと戻る。

 飛行機の関係で街にたどり着いたのが夜中になってしまっていた。

 夜中の街並みはそこに住む人々の生活を如実に表す。家々から光がこぼれて、家族が笑う声が聞こえるところや暖かい暖炉の炎が煌々と燃えているところなどがあった。

「俺はここである連中の依頼を受けている。貴様は無関係だからそこへは連れて行けん」

「いいよいいよ。これで充分。ところで情報なんだけどね、君のターゲットは今この街にいるらしいんだよ。何でも、『クィーン』とかいうのに会いに来てるらしい。それから、『クィーン』の設置施設についてなんだけど、厳重なプロテクトが施されている。誰かが、キーを持っているらしいんだけど、それがないと入れないんだ。つまり、それを持つ人物を探し出さないと、あの人工知能は潰せないってわけ」

 青年は銃と刀を荷物から取り出す。

「僕も場合によっては手伝うから」

「いらん」

「冷たいなあ。同僚のよしみで仲良くやろうよ」

「メリットがない」

 青年は肩をすくめて紫電に背を向け、街へ消えていった。

「厄介な奴に会ったものだ」

 紫電はレジスタンスのアジトに戻る。

「今戻った。明日から早速次の段階に移る」

 紫電はそれだけ告げると与えられた部屋に引きこもった。

 紫電と分かれた後、青年はジェノヴァのホテルに滞在していた。手元にある潤沢な資金があればこそ出来たことである。

 青年は自らの得物である日本刀と銃を取り出し、簡単な整備を行った。これは彼の日課となっていた。

 いついかなる時でも戦えるようにとギルドで教わったからである。彼もまた紫電と同様に暗殺者としての徹底的な英才教育を受けた。そして、紫電と同等のレベルの暗殺者にまで上り詰める。ただ、その代償として青年は感情を失ってしまった。躊躇いなく人を殺せるようになり、笑顔で任務を遂行することが出来るようになった。自らの感情をなくしてしまった。

 青年は雷電らいでんという名で呼ばれ、心無き暗殺者として知られている。

 翌日、紫電は昼間に行動を起こした。鳩川を抹殺するためにである。

 街中に入り、大使館へと近づいていった。

 ジェノヴァにある大使館にターゲットは滞在しているとの情報を掴んだからである。

「何してるのかな、紫電」

 からかうような声が紫電の背後から聞こえた。

「貴様、邪魔しにきたのか?」

 紫電は雷電をにらみつける。それは並大抵の人間なら恐怖で金縛りにあうほど鋭いものだった。

「違うよ。ほら、協力するって言ったじゃん?」

 無邪気に笑って雷電は返事する。人を殺めることを何とも思っていないかのように。

「これは俺の任務だ。邪魔するなら貴様から殺す」

「殺されるのは嫌だなぁ。じゃあ、僕はあっちで見てるねぇ」

 雷電は子どものように笑うと近くにあった建物の屋根に跳ぶ。

「ふん」

 紫電は静かに身を隠し、ターゲットが現れるのを待った。

 小一時間ほどすると鳩川と二人の男が出てきた。腹心の岡崎と小川。共に日本消滅に関わった政治家である。

「……」

 紫電は何故か悪寒を感じた。動いた瞬間自分が殺される。そんな気が体中を駆け巡った。そして無言で引き上げた。殺気の主は分からないまま。

「いい判断だよ、紫電。気が乱れているのに任務に当たるのは得策じゃない」

 雷電がいつの間にか紫電の前に現れていた。

「余計なお世話だ」

 こんな悪寒を感じたのは初めてだった。恐怖というよりも気味が悪い。そんな感覚を体中で紫電は認知していた。

「感情の昂ぶりは危険だからね。特に僕たちにとっては。そんな時にやっても、冷静な判断が出来ずに失敗するだけだよ」

 紫電は口をつぐむ。

「ところでさ、紫電。聞きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「何でそこまでこの任務にこだわるのかなと」

「……貴様には関係ない」

「もしかして両親や家族が殺されたからとか」

「違う」

 紫電は顔をそむけた。

「ま、いいか。興味ないし」

「俺は帰るぞ」

 紫電は俯いて帰途に着いた。雷電は少し笑って、にぎやかな喧騒の街に消えていく。

 紫電が帰るとグレンが出迎えた。

「よお、ご苦労さん」

 入り口からすぐのところにあったテーブルに誘導し、コーヒーカップをかちゃりと置いた。古びたカップの中には日本茶が淹れられていた。

「……ありがたい」

 紫電は礼を述べ、椅子に座る。

「あんたのこと、調べさせてもらったぞ」

「そうか」

 紫電は日本茶をうまそうにすすった。

「ジャパニーズなんだな」

 紫電はカップを置いた。

「ああ。生き残りだがな」

 感情を見せる気配はなかった。紫電のいつもの癖である。

「そういえばさ、何故俺たちレジスタンスに?」

 紫電は特別な暗殺者であった。単独行動が基本。組織には関わらない。それが何故今頃になってレジスタンスに組するような仕事を引き受けたのかグレンには疑問だった。

 特に紫電のような一級の暗殺者は裏社会では知れ渡っており、一般にも情報通ならば知られているといった程度の認知度がある。

「……」

 紫電は逡巡した。

「……聞きたいか?」

 紫電は視線をグレンに向ける。

「ああ」

「長話になるぞ」

 紫電は前置きしてから続ける。

「しばらく前……日本が世界地図上に存在していた頃に戻る。俺は暗殺組織『羅生門』の一員として在籍していた」

 紫電は目を閉じて静かに話し出した。

コンバンハ、Jokerです。


これもまた書き直したものです。

そういえば伏線張ってあるのにお気付きですか?


ではまた次回お会いできることを祈りつつ……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ