番外編:紫電のアルバイト
「紫電、緊急の任務だ」
冬期休暇に入っていた紫電に司令官から連絡が入った。
「何ですか」
けたたましいコールで起こされた俺はぶっきらぼうに答える。ぼさぼさにとんがった髪を整えながら。
「民間からの依頼なんだが、ある店で店主の代わりをしてほしい」
「はあ……?」
わけがわからず電話を切った。
いつもの黒い忍び装束で司令官室へ赴くとそこには雷電と飛鳥がいる。
雷電は紫電と大抵の任務を共にしている戦友で女性の憧れの的となる美貌を持った青年である。一方で、飛鳥は若干16歳の少女でありながら組織に暗殺者として配属されている。腰まで届く漆黒のポニーテールが特徴の美少女だった。
「それで、どういう内容ですか?」
二人を押しのけて司令官に聞く。
「うむ。都内の寿司屋で働いてほしいのだ。応援はこの二名をつける」
俺はまじまじと二人を見た。
「紫電、大丈夫だよ。僕は料理も出来るし、接客も任せて」
「先輩、私も料理頑張ります!」
俺はコメントできなかった。飛鳥の料理は殺人級だということを知っているのだから。雷電は何かやらかしそうで怖い。女性客をナンパとか。
「数少ない民間への貢献なのだ。しっかりやってほしい」
司令官から直々の依頼となれば絶対に成功させなければいけない。俺は早速現場に行き、準備を整えはじめることにした。
司令官のいう寿司屋は都内築地にある。
築地はいわば貿易港の役割を果たしており、全国各地から物品が集積する市場である。そのため、意外な掘り出し物が見つかったり、格安でほしいものが手に入ったりするのだ。
一方で治安はあまりよくない。外国人が多いことに加えて、スリなどの犯罪が多発する地域でもある。
俺たちは翌日朝五時に店に入り、仕入れに出かける。
そして、鮮魚を仕入れると仕込みに入る。すぐに握れるように、魚をさばいて骨などをとる。
開店の十一時には品物を提供できる状態に三人で仕上げた。
「いらっしゃいませぇ!」
飛鳥はメイド服で開店直後に来たお客に笑顔を振りまく。前頭部が薄くなった小太りの中年男性だ。
「いらっしゃいませ!」
雷電も服を着替え、お客を迎える。ワイシャツに赤の蝶ネクタイ、黒のスラックスだ。何か間違ってないか? 無意味に鼻の下に付け髭しているあたりが。
「いらっしゃいませ」
俺はというと割烹着を着て寿司を握る準備をしていた。
お客がカウンターに座るのを確認すると、飛鳥は熱いお茶とお手拭を運ぶ。そして、注文をとった。
「ボタンエビ」
とお客から声が上がる。
「海の中にいる」
俺の答えに男性はぎょっとした。何だ? 至極真っ当な答えではないか?
「せせせ、先輩。ちょっとその答えはまずいんじゃあ」
「ないものはない」
「別の言い方したほうがいいですって」
「そうだな」
「お客様、申し訳ありませんが仕入れがありません。甘エビでしたら、あります」
飛鳥がフォローしてくれた。
「じゃあ、甘エビで」
というわけで俺は手際よく甘エビの軍艦握りを作る。
作った握りを飛鳥が予め容易していた皿に盛り付けて、出した。
その間にまた一人お客が入ってくる。今度はガタイのいい角刈りの青年が入ってきた。
「いらっしゃいませぇ」
飛鳥が猫撫で声で愛想を振りまく。
お客は一瞬見とれてから、飛鳥が持ってきたお茶を受け取った。
よくぞここまで猫かぶりが出来るものだ。
「先輩、うなぎセットです」
「了解した」
俺は予め仕込んでいたうなぎで握りをつくり、雷電は赤だしを入れる。数分と経たずに品を出した。
正午ごろになると、また一人お客が入ってきた。案外少ないものだな。しかし、来た客が衝撃的であった。
「Yahoo! ここは私ノ聖地ニシマス。大将、食べ放題コースヲよろseek」
どこかで見たエセ宗教家が来やがった。両手にはバズーカを持っている。日本警察は一体何をしているんだ。とっとと逮捕して国外退去処分にでもすればいいものを。
「OH! アナタは紫電San。ここで会えるなんて神の思し召しNE。愛の抱擁をAgeるよ!」
「俺に触れたら斬り殺す」
ありったけの殺気を放ったが、暖簾に梅干だった。ちなみに、暖簾に梅干とは『暖簾に梅干を投げても落ちるだけ』。つまり、まったく無駄なことのたとえだ。広辞苑あたりで調べてみるといい。多分載ってないから。
「飛鳥、雷電。この危険人物を排除しろ」
「でも、お客なんですよねえ。お金落としていってもらえるならいいんじゃないですか」
「うん、我慢しなよ。お客さんをもてなすことも仕事のうちなんだからさ」
この薄情者!! 俺の命はどうでもいいというのか?
「では、宣教師さん。ご注文は?」
飛鳥はにっこりと極上の笑みを浮かべて注文をとる。
「紫電サンの活け造りを一発くだSay」
俺は無意識に懐にあった刀を取り出そうとしたが、雷電に取り押さえられた。
「抑えて抑えて。今日一日の辛抱だから」
俺は仕方なく鯵の握りと鯛の味噌汁を出す。エセ宗教家はしゃくしゃくと平らげた。おのれ、鬼退治のお爺さん秘伝の『最悪液体X』でも仕込んでやろうか?
ルエビザはものすごいペースで寿司を平らげた。優に100巻は食っている。いくら食べ放題といっても、こちらの懐が厳しい。というか、もうネタがない。特に高級食材の。
「紫電サン、うにといくらとトロくだSay」
「帰れ」
素で言ってしまった。
「せ、先輩。それはまずいんじゃあ……」
「飛鳥ちゃん、ちょっと……」
雷電が飛鳥と何やらひそひそと会話を交わしている。
「DoしたんDeathか? まさか、Neta切れ?」
「貴様を斬りたいところだが、その通りだ」
我ながらものすごい会話をしていると思う。
俺一人で宣教師を相手にしていると雷電と飛鳥が戻ってきた。二人は笑顔で
「紫電(先輩)をあげますから、今日はこれでお引取りください」
と声を揃えてのたまいやがった。
「Oh! これぞAI。神の思しMesiね」
「貴様ら、俺を生贄にでもしようというか?」
雷電と飛鳥は笑顔で答える。
「いやいや、お客さんのニーズにこたえるのも立派な客商売だよ。ルエビザさんと一緒に宣教師の館に行って来なって」
「でも、先輩に手を出さないでくださいね?」
「そういうわけDeath。一緒に我がルエビザ大聖堂にはいりまShow」
俺は仕事着のまま、ルエビザに連れ出された。逆らえばバズーカを街中でぶっ放すと脅しをかけられ、仕方なく『ルエビザ聖教団撃滅鉄鋼銃撃本部』に入る。名前からしてまともではない。
「さあ、我らが神『ルエビザ』に祈りを捧げまsHow。経典は『偽の教典』Death」
「思いっきり邪教丸出しだな」
「いえいえ、聖なる宗教団体Deathよ。これで世界征服を夢見ています」
俺とエセ宗教家は白を基調とした豪奢なつくりの神殿に入った。古代ポリスにある建築構造を彷彿させる。
そして、そこで俺は延々丸二日説教を受けた。
『偽の教典』全128章を丸暗記した。これで俺もルエビザの信徒に……いかん、本来の任務を忘れていた。
仕事を思い出して本部に帰還すると、司令官から『一体この二日間で何があったのだ』と本気で心配された。俺がルエビザ教に帰依したのがそんなにおかしいのだろうか? 俺は身も心もルエビザの教えに捧げたのだ。洗礼名ももらったぞ。『ダニエル紫電』という。
雷電は俺が宣教師服を着て『偽の教典』を読み上げる姿を見て大笑いし、飛鳥は涙を流していた。
俺は『偽の教典』の台詞がそれから丸一週間抜けなかった。やっとまともになりかけてきたところにまたルエビザが本部に襲撃をかけたというニュースが飛び込んできた。
俺はもうヤツに関わりたくはない。洗脳だけは勘弁だ。
こうして、俺の緊急指令は終わりを告げた。
こんばんは、Jokerです。
今回も番外編をお送りします。
しかしルエビザ、使えます。このキャラは高校生時代に作ったキャラなのですが。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……