第十七話:戒正
雷電の背中から二つの黒い羽が生え、異形の形を成していった。
「これが、僕が手に入れた新しい力だ。この刀と一緒に」
漆黒の瞳で雷電は紫電を見つめる。波紋のない水面のように穏やかな視線を送った。
「『クィーン』の技術で肉体改造をしたか。そこまでして勝ちたいか?」
「勝ちたいね。我が主のために」
紫電は言葉を交わしながら刀を打ち込んだ。乾いた金属音が響く。
「そのためなら、僕は化け物にも悪魔にでもなる」
雷電は床を蹴ると、その部分が砕ける。高速で紫電に近づき、重い一撃を叩きおろした。『羅刹』が粉々に砕け散る。
「僕の存在意義はもう、ここにしか見出せないんだよ」
消え入るような声で呟いた。
紫電は雷電の前から飛びのく。
「貴様の太刀筋、似ているな」
「そうかな」
雷電は漆黒の翼をはためかせる。
「もう帰るよ。今の君にこれ以上、戦いをしかけてもつまらないからね」
「殺すんじゃなかったのか?」
「新しい武器を用意して、もう一度戦ってほしい」
「相変わらず勝手なヤツだ」
雷電は微笑む。そして割れたガラスの隙間から飛び去っていった。
「落ち着いてもいられんな」
紫電は雷電の一撃を受けた右腕をだらんと垂らしながら、左手で携帯を取り出す。
「こちら紫電だ。タワー制圧完了」
『ご苦労。すぐにグレンと私が行く』
マスターとの短い通信の後、紫電は携帯を懐にしまい込んだ。
その場に座り込む。
「今度、日本に戻ったら確かめねばな」
小川は日本海で鳩川との戦争に入った。日本への派兵は自らの懐刀である悪阻松に任せ、船上で友愛教団軍とにらみ合う。小川率いる北京民主共和国軍は百隻。対する友愛教団軍は五隻。戦力差は歴然だった。
「鳩川、貴様はワシがかけてやった恩義を忘れたのか」
曇天の空の下、人民服を着込んだ小川が野太い声を出す。
「うるさいうるさい! ボクちんの愛が受けられないのなら友愛すのだぁ!」
幼稚園児のように鳩川はわめく。
「ふん、哀れだな。精神崩壊をすでに起こしていたか」
「ボクちんは宇宙皇帝はとかわのりお六十三歳。お前如き、独裁者には負けないのだ。愛は無敵なのだ。思いは世界を超えるのだ」
「日本を売った仲間として楽にしてやる。第一艦隊、前へ」
小川が指示を出すと、十隻の軍艦が前進する。そして砲撃を加えた。
「ぐはははは! 北京民主共和国の前にひれ伏すがいい」
戦況は北京民主共和国軍が圧倒的に有利になって進んだ。
数時間すると鳩川の乗った戦艦以外は海の藻屑となっていた。
「ぼ、ボクの友愛ボートが……」
わたわたと慌てふためく。
「鳩川を捕縛せよ。まだ殺すな」
静かに小川が命令を下すと、一隻の軍艦が鳩川の乗っている船に近づいた。
それを確認すると、鳩川はほくそえんだ。
「ボクの愛は無限なのだ。同志たちよ、決起して友愛革命を起こすのだ!!」
鳩川が大声を張り上げると、北京民主共和国軍の半数が砲台を小川の船に向けた。
「鳩川、貴様何を仕組んだ?」
「これが愛ですよ、小川さん。金で愛を買う。金で買えないものはありませんからねぐふふ」
「ま、待て鳩川」
「友愛せ! ボクちんの前に沈むのだぁ!」
重い音が響いて、北京民主共和国軍内部で戦いが始まる。鳩川はただいつものように、船の上で銃に『友愛』と書いて笑っていた。
マスターとグレンはすぐにダイナスティに到着した。
額には汗が残っている。
「紫電、これが頼まれていた『戒正』の完成品だ」
マスターは漆黒の刀身を持つ忍者刀を紫電に差し出した。柄の部分にはトリガーがつけられている。
「ありがたく頂戴する」
静かに礼を述べると、紫電はそれを受け取った。
『この力は己を戒め、正しきに使うべし』
柄に日本語で書かれている。
「師匠、確かに俺はこれを正しきに用いると誓います」
小さな声で言うと、紫電はそれを背中におさめた。
「さて、紫電。これからが見せ場だぜ」
グレンがにやりと笑って持ってきた機材を組み立て始めた。
こんにちは、Jokerです。
これは第二部に少し繋がる部分です。
さらにちょいと修正しました。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……