第一話:紫電
紫電は世界で知らない者はいない超高性能AIロボット『クィーン』のいる街へと入った。見た目は二十歳前後、鷹のような鋭い目つきが印象的な青年である。総髪に黒い忍び装束のような服を細身の身体に纏っており、背には短刀を背負っていた。
このときは別段珍しくもない格好である。何故なら、大戦がまだ続いており、人類は戦いに明け暮れていたのだから。
「ここか」
地図を確認し、短く呟くと青年は市街地にあるビルの地下へと入った。
地下へと続く階段は薄暗い。
階段を下り終えると、コンクリートで囲まれた部屋に男がいる。
「ご苦労さん」
赤い髪を持つ長髪の男が出迎えた。赤い西洋鎧を身に纏った、紫電と同年代に見える青年であった。西欧人らしく鼻が高く、青い瞳を持つ。
「貴様がここのマスターか?」
紫電は無愛想に問うた。マスターとは『クィーン』による支配を倒すためのレジスタンスのリーダーを指す言葉である。紫電はマスターからある依頼を受けていた。
「いいや、俺はただの使い走りさ」
にやりと笑って長髪の青年は答えた。
「マスター、来ましたよ」
だるそうに長髪の青年は声を上げた。奥にある木造の扉がぎちぎちと音を立てて開かれる。
「ご苦労、グレン」
マスターと呼ばれた老年の男はグレンと呼ばれた青年にねぎらいの言葉をかける。頬にある傷と右手首にある銃弾の跡は歴戦の戦士を思わせる。長い白髪で顔の右半分は覆われている。
「さて」
マスターと呼ばれた老人は紫電に目を向けた。グレンと同じ青い瞳だが、少し濁りがある。
「君のことは調べた。暗殺ギルド所属のハンターだな?」
ハンターとは文字通り狩人を指す。ただし、暗殺ギルドでは人間を含めた全てを『狩る者』という意味合いを持つ。
「元、だ。ギルドは壊滅した」
無愛想に紫電は口を開いた。
「それで用件はなんだ?」
「まあ、そう焦らないでくれたまえ」
老人はタバコをふかした。うまそうにタバコを吸い込むと、わっか状の煙を器用に吐き出した。
「まあ、座りたまえよ」
老人は近くにあった白いソファをすすめた。老人は紫電がそこに腰を下ろしたのを確認すると自らもその対面にあるソファに腰を下ろした。
「さて、仕事の話といこうかね」
「手短に頼む」
「若いのに急いてはいかんぞい。もっとじゃな、落ち着きを」
「……」
紫電は突き刺すような視線を老人に向けた。
「脅しなどワシには効かんよ。まあいい、話そうか。君の仕事だが、三体の機械兵の抹殺だ」
老人は真剣な目つきになって紫電に言った。
機械兵とは『クィーン』が警備のために作り出した兵隊で、彼女の命令を忠実に実行する。今は『クィーン』を倒そうとする人間の大敵である。
「以前受け取った手紙にあった内容とは違うが……」
紫電は迷わず訊き返した。
「こやつらを始末せねば『クィーン』に近づくことすらできんのじゃ」
「了解した。作戦決行はいつだ?」
紫電は問題ないというようにすました顔で答えた。
「おいおい、暗殺者さんよ。アンタ、大丈夫なのか?」
グレンが口を挟んだ。無知を嘲笑うような口調で。
「問題ない。俺が負けるはずがない……!」
その言葉によどみや揺らぎはない。
「グレン、少し下がっておれ。さて、紫電。明日夜十二時に作戦を実行する。今日はひとまず休み、明日朝に作戦会議をするから、それに出て欲しい」
紫電は不服そうに答えた。
「必要ない。俺は貴様らの邪魔にならぬよう行動するし、一人でも充分だ」
老人はしばらく考えていた。数分の沈黙の後、老人は決意したように言った。
「分かった。では、この作戦は君一人で行ってくれ。下手に我々が動いて、レジスタンスの所在が明るみに出るのもまずい」
「了解した」
紫電はそれだけ言うと用意されていた部屋へ入っていった。
「どうかね? 君はあの男をどう見る?」
老人はグレンに尋ねた。
「分かりません。ただ……」
「ただ?」
「底知れぬ力を秘めていると思います」
翌日になると紫電は落ち着いた様子で作戦会議に出席し、無言で作戦の概要を聞いていた。
「眠れたかい?」
グレンが紫電に訊いた。グレンは眠たそうな目をこすっていた。
「まあな、貴様と違って軟弱な生き方はしていない」
グレンの両手に力がこもったが、そのまま何も言わずに立ち去っていった。
街の空が夕闇に染まり、完全な黒になるまで紫電はジェノヴァの地下墓地にいた。地下墓地は整備されていない部分が多く、骸があちこちに転がっていた。墓地というには大雑把であり、そこは遺体放置の場所に近い様子であった。
紫電は気配を極力殺す。
深夜十二時を告げる鐘がジェノヴァの街に鳴り響く。
紫電は無言で立ち上がると暗闇に消えていった。
ジェノヴァの港には標的の機械兵たちが闊歩していた。
三体とも手にそれぞれの武器を持つ。
槍、剣、そして銃。
船はあれども人の気配はしない。黒い波が押し寄せてくる音が響く。
「さて、始末にかかるか」
紫電は短刀を抜く。
石造りの港から三体の機械兵は小さな漁船へと入った。
それを確認すると、懐から手榴弾を取り出し、船に投げる。
大きな爆音が上がった。
「何者ダ?」
「オノレ、『くぃーん』様ニ楯突ク輩カ」
「殺セ」
耳障りな電子音が返ってくる。
船は燃えながら沈み始めた。
火を被りながらロボットが三体出てくる。
「「「処刑スル」」」
「遺言はそれか。死ね」
一瞬、閃光が走ると機械兵たちは横真っ二つに斬り裂かれていた。
「目標殲滅完了」
紫電が戻るとマスターをはじめとしたレジスタンスのメンバーは驚愕の表情を浮かべた。
「まさか、あの標的をわずか一夜で撃破してくるとは……」
とりわけ驚いていたのはグレンだった。
「コイツがいれば、『クィーン』を倒すことも出来るんじゃないか」
紫電はそれを聞いて答えた。
「無論だ」
自分を信じるというレベルではない。絶対の自信がそこに垣間見えた。
「では早速次に移ろうかの」
マスターが声を上げた。
「必要ない」
一言で冷たく紫電は返事した。
「これは俺が一人でやる。貴様らはそれを見ていればいい……」
「おい、紫電。お前、敵をなめすぎなんじゃないのか?」
グレンが紫電に詰め寄った。
「なめる? 貴様こそ俺を誰だと思っている?」
紫電は冷ややかな眼光をグレンに向けた。
「……暗殺ギルドの一員だろ」
「ふん」
踵を返すと紫電は一人立ち去っていった。
「何じゃ、グレン。あいつの正体をまだ知らんかったのか?」
マスターがグレンに声をかけた。
「知りませんよ。一体何者なんですか」
「まあ、そこに座れ。データを持ってこよう」
マスターはソファを指差した後、自分の部屋へデータを取りに戻った。
数分後、マスターはデータを持って戻ってきた。
「このメモリーファイルを見るといい」
端末に入ったファイルから情報が映し出された。
「これが……紫電……?」
グレンの額には汗がにじみ出ていた。
こんにちは、Jokerです。
これも書き改めた第一話です。
初期にあったダラダラした展開を消しました。
シンプルイズベスト(?)
というわけで
次回またお会いできることを祈りつつ……