第十四話:英雄
ガレスは奇跡的に無傷で少年のもとへとたどり着いた。
「待ってろよ、今運んで治療してやるからな」
額には脂汗がにじんでいる。
ガレスは上着として着ていた迷彩色の軍用ジャケットを少年の足の傷口に巻きつけた。
「ちっと今は痛えが我慢してくれ」
「うん……」
少年は涙を止めて頷いた。
「紫電! 援護を頼む! 俺はこれから戻る」
「ふん、仕方が無い」
紫電はドアを開けるとふわりと跳躍し、上空から機械兵に斬りかかる。
忍者刀は緑色の光を帯びていた。
「あらまあ、アサシンなんかが太陽光エネルギーを使った武器を持っているなんて、おかしいわねえ」
千崎はにやにやしながら呟く。
紫電は一瞥もせず、ただ群がる機械兵を切り倒していった。
「あのガキを狙うのよ! 子どもの悲鳴もまた最高だからねえ」
「急げ! 機械兵がそちらに向かうぞ!」
紫電は的確に獲物を切り裂きながら、ガレスに向けて叫ぶ。
「紫電にはこれが必要かしらねえ」
千崎が右手を上げて合図すると、紫電と同じ忍び装束を纏った兵士たちが砂漠の中から百人現れた。
「『羅生門』クローン。使えるかしらねえ、オホホ」
「まずい」
多数の機械兵は紫電を無視して、足に怪我を負った子どもとガレスに銃を向けている。
「逃げろ!」
兵士たちの刀を受けつつ、紫電は喉を枯らして声を上げた。
機械兵は表情を変えず、銃の引き金を子どもに向けて躊躇無く引いた。
太陽光エネルギーが何十もの銃口から放たれる。
「ちくしょうッ!」
ガレスは避けられない銃撃の雨にその身を晒した。子どもに覆いかぶさり、筋肉で守られた身体に高熱のエネルギーがぶつかる。
「俺が、ちゃんと守ってやる」
皮膚が焼け、真紅の液体がとめどなく流れる身体を動かし、ガレスは子どもを庇いながら走った。
焼け爛れた箇所は刻一刻とガレスの体力と生命力を奪っていく。
途中、何度も銃撃を受けたが、全てその身で受け止め、子どもに一つの傷を負わせることなく、小屋に入った。子どもは急いで水を全員に配る。そして、ガレスにも飲ませた。
「ヘッ、とりあえず、これで」
血を吐いた。濁った赤黒い血が小屋の床にこぼれる。
「その傷では動いてはいけません。手当てを」
「いいや」
ガレスは輝きを失いつつある瞳を禿頭の男に向けた。
「もう、俺は助からねえよ」
傷口からは内臓の鼓動が見える。出血は止まらない。皮膚はもう再生しようがないくらい、焼け爛れていた。
「さて、と……最後に、しん、ぷらしいこと……できたかな」
ガレスは瞳を閉じると最後に少し微笑んで、どさりと仰向けに倒れた。ズボンのポケットに入っていた銀色の十字架のペンダントが床に転がる。
「ガレス!」
紫電は兵士たちを全員斬ると小屋に入り込んだ。
「あと、は……頼んだ、ぜ。『種蒔く者』……」
「喋るな。まだ助かる見込みは」
「分かってるさ……もうお、れは……動けない。さい、ご……までお前を……見届ける、ことができない」
紫電は二つの拳に力を入れる。
「なかなか……勇気、あったな。えらかったぞ」
絶え絶えに息をして、ガレスは少年を見た。
少年は涙を流すだけで、何も言えなかった。
「じゃ、あ……な、戦友」
ガレスの二つの瞳が静かに閉じられる。その顔は苦痛にまみれたものではなく、微笑を浮かべているように見えた。
紫電は数秒間目を閉じて、再び開けた。
「貴様の願い、確かに聞き届けた」
静かに眠る戦友に告げると、紫電は刀を抜いて再び、機械兵に斬りかかっていった。
縦横無尽に大地を駆け、一閃一閃で複数の敵を同時に仕留める。太陽光の銃撃は刀身で受け止め、逆にそれを刀のエネルギーにしていった。
すべての機械兵と兵士を斬った後、紫電は千崎に鋭い眼光を向ける。
「た、た、たすけて」
恐れおののき、哀願する老婆に紫電は冷たく言葉を放った。
「貴様だけは……地獄の痛みの中で殺してやる」
紫電は珍しく感情を露わにして、刀を振り上げた。
「わ、私は『クィーン』に騙されただけなのよ! 本当はこんなことしたく」
紫電は千崎の両腕を切り裂く。
皮膚は変色し、焼け爛れた。
醜く叫ぶ老婆を蹴り倒した後、刀を突きつけて紫電は問いかける。
「『鍵』とは何だ?」
「かかか、『鍵』は雷電のDNAのことよ」
「それで、『クィーン』のいる空間に入るには?」
恐怖に駆られた千崎はぺらぺらと身体を震わせながら喋る。
「あ、あいつのDNAが必要なのよ。生体認証プログラムがあって、それで」
紫電の背後から突如一発の銃声が響く。
銃弾は正確に千崎の心臓を貫いた。
「よくも、俺の故郷を襲ってくれたな」
ジョーカーは動かない老婆をにらみつけた。
地面に唾を吐くと、ジョーカーは紫電の元に歩みを進める。
「久しぶり、でもないか」
「ああ、貴様とは奇縁があるようだな」
ジョーカーは野心的な笑みを浮かべている。
「世話になったようだな」
それだけいうと、ジョーカーは背を向けて、砂漠へと消えていった。
紫電は小屋に戻り、住人に頭を下げると
「こいつの墓を作らせてもらいたい」
と告げた。
「はい、我々もお手伝いします」
禿頭の男、その息子とともに簡素な墓を作り、ガレスを埋葬した。埋葬した場所には木で十字架が立てられた。
「じゃあな、英雄」
紫電は別れを告げた。
それから後、建てられたガレスの墓にある十字架には文字が彫られている。
『我らを守りし隻腕の英雄ここに眠る』と。
こんにちは、Jokerです。
死ぬこと=名誉ではない、と断っておきます。
ガレスはお気に入りのキャラなので心苦しいのですがここでリタイアすることになりました。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……