第十三話:衝動
小川を狙った弾は全て急所を外れていた。
独裁者はSPに守られ、場はジョーカーが取り仕切った。
「千崎、だったっけか。結構な花火だな」
狙撃手は構えると、小川を狙った数名を群集の中から的確に狙い撃った。
「確か、あれはジョーカー。何故、ジョーカーがこんなところに?」
千崎が呟く。
「『クィーン』のシナリオ通りってのは不満でね。さてと、次は千崎。アンタだ。命が惜しけりゃ、出てきな」
大混乱に陥る群集の中から千崎が出てくる。そして、壇から遠ざかる群集とは逆に、壇に向かって歩いてきた。
「よくもまあ、無計画にコトをおこしたもんだな。ま、けど、依頼主からあんたを殺せとは言われてないし、殺すつもりもないんだよな」
がちゃりと大きな銃を持ち上げると千崎の右足を撃った。
「でも、動かれても困るんだよな」
千崎の悲鳴を背にジョーカーは小川を警護しながら、姿を消す。
「依頼はこなしたぞ。俺はこれから故郷に帰るからな」
と言い残してジョーカーは小川の元から去った。
ジェノヴァではレジスタンスが動き出していた。
これまでは紫電に情報を与えるだけであったが、『クィーン』の動きが鎮静化したことをきっかけに大規模な軍事行動を起こす。
また、日本自治区では日本人による独立運動が活発化していった。結果、東京都は北京民主共和国から奪還することに成功し、大阪府や京都府で交戦状態に入る。
北京民主共和国は小川一郎首席総長が撃たれるという事件で混乱しつつも、日本人掃討の兵を差し向け、戦乱が再び始まった。
小川暗殺未遂事件から一週間。千崎は足の傷を引きずり、ウィーゲル民族に攻撃をしかけていた。
『クィーン』から預かった兵力に加え、最新のテクノロジーを使った機械兵を投入し、各地の集落を次々と殲滅していった。機械兵とは『クィーン』が開発した人型戦闘用AIロボットである。全体が機械で作られており、思考回路は戦闘に特化している。直接戦闘で人間を圧倒することが出来る。人と変わらぬ肌色の外装を持っているが、頭に巨大なネジが横から刺さっているため、すぐに見分けることが出来る。そして、一体一体は人間が一人一人個性を持つように体型や造りが少しずつ異なっている。
千崎たちはある日、ウィーゲル民族の一軒屋を襲撃していた。小高い丘に囲まれた土地に木造りのボロ小屋があり、千崎たちは小屋を取り囲んで銃撃している。そこには四人の家族が住んでいるが、連日続く銃撃により井戸に水を汲めにいけず、誰もが水を求めるようになった。太陽は容赦なく熱気を降り注ぎ、人々の体力を奪って行く。もともとこの土地は砂漠地帯が多く、基本的に一年間を通して乾燥しているのである。
そこで、十歳の息子が銃弾の嵐の中を走りぬけ、何とか井戸にたどり着いた。しかし、水の入った重い桶を持ったままでは銃に撃ちぬかれてしまう。二の足を踏んでいた。
そんな時に紫電たちが千崎を追って、その場所にたどり着いた。
「ガレス、貴様の獲物だぞ」
「ああ。これで、終わりだ。終わりにする!」
紫電は忍者刀を抜き、ガレスは弾を込めなおすと千崎に向かって突撃したが、機械兵の発射する不思議な光線銃の正体が分からず、退避策をとり、小屋まで二人は逃げ込んだ。
「すまない、邪魔する」
紫電は異国の住人に軽く頭を下げる。小屋の中はお世辞にも綺麗とは言えなかった。埃っぽく、あちこちのくもの糸が巣食っている。柱は老朽化しており、いつ崩れてもおかしくなかった。
「いいえ、構いませんが……ここで、あなた方をお助けすることは出来ません。水を汲もうにも、息子があの通り身動きが取れません」
白髪交じりの年老いた女性は窓から水の入ったバケツを持ったまま、銃撃の隙をうかがう息子を指差した。その表情は何日も水を飲んでいないせいか、生気がない。
小屋から息子のいる位置までは二十メートル程度離れている。
「何とか銃撃を押さえ込めばいいんだな」
ガレスが重たい声を出す。
「ええ、出来ればいいのですが。あの機械の兵は太陽光エネルギーをライフルに込めて発射しているのです。人体に当たれば、触れるだけで絶命しかねません」
禿頭の壮年男性がガレスの問いに答える。
「それに、ここには先日引き取った子どもがいるんです」
「引き取った?」
紫電は小さなベッドの上に寝ている影を見た。年齢は三歳で、頬はやせこけている。肌は年齢にそぐわなく、瑞々しさを失っていた。
「はい。隣町はあの侵略者に蹂躙されてしまいました。その際に傷だらけで、ある女性が運び込んだのが、あの子なんです。女性は亡くなりましたが、あの子だけは何があっても……」
「そうか。で、水がいるのか」
紫電は口を閉ざす。
「しかし、相手は機械兵。太陽光は無尽蔵となりゃあ、対策が思いつかねえな。どうだ、紫電?」
「ああ。俺も今のところは、一つしか思い当たらん」
「何だ?」
「特攻」
ガレスは手を額に当てた。
「要するに八方塞、と」
「冗談だ。大体の機械どもの狙撃レベルや銃弾の速度は覚えた。俺がこれから切り込み、奴らの包囲網を崩す。貴様はその隙にあのガキを助け出せ」
その時、悲鳴が聞こえた。
機械兵のライフル弾が少年の左足に当たったのだ。即座に足は焼け爛れる。
痛みにもだえる少年の姿を千崎は笑みを浮かべて見ている。
「いいわねえ。昔の神父の時と同じくらい素敵だわ」
「野郎ッ!」
千崎の台詞を聞いたガレスは突如小屋のドアを開け、大声を張り上げた。
「千崎、てめえは俺がここで潰す! ガキをいたぶって喜ぶテメエに神の引導とやらをくれてやるぜ!」
そして、ガレスは左手をじっと見る。
「頼むぜ、相棒。今まで散々人殺ししといて何だけど、俺に力を与えてくれ! 俺はもう子どもが死んでいく未来は見たくねえんだよ」
ガレスは銃弾の嵐の中を駆け抜け始めた。
「待て、早まるな!」
紫電の声は既にガレスには届いていない。
こんばんは、Jokerです。
これも一部修正しました。
お楽しみいただければ幸いです。
ではまたお会いできることを祈りつつ……