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種蒔く者  作者: 星見流人
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番外編:復讐の聖者

「ねえ、お父さん。『種蒔く者』のお話をして?」

 5歳ほどの少年が目を輝かせて父親に話しかけた。家の中には煌々と燃える暖炉があり、母親は台所で夕食の準備に取り掛かっていた。窓の外には満点の星空。家の周囲には多くの民家があり、集落を形成していた。

 父親は息子の言葉に笑顔で頷くと、リビングにある椅子に座り、ゆっくりと話し始めた。

「むかしむかし、この国では戦争が起こっていました。長い戦乱に国は荒れ果て、誰もが希望を失いかけていた時です。そこに一人の青年が現れました。彼は異国の服を身に纏っていました」

 一旦、ここで区切る。父親は穏やかな声で続けた。

「彼は仲間を集めて、戦争をとめるべく、戦いを始めました。戦いをとめるための戦い。矛盾した戦いでした。それでも、人々は心から戦争が終わることを望んでいたので、彼に協力しました」

 息子は真剣な眼差しを向けて聞き入っていた。

「彼は長い戦いの末に戦争を終結させることに成功しました。彼は決して名前を明かそうとはしませんでした。そこで人々は聖書から名前をとり、彼を『種蒔く者』と呼ぶようになりました。彼が希望の種を人々に、世界に蒔いてくれたということから名づけられたのです。戦争が終わると、『種蒔く者』はすぐにどこかへと旅立っていきました。まるで、己の役目を終えたと理解したかのように。そして、世界は平和な姿を取り戻したのです」

 長い話を終え、息子はまた笑顔になった。

「ねえ、お父さん。『種蒔く者』は現れるかな?」

 今は日本が壊滅し、鳩川や千崎、カンガンスらが不穏な動きを見せているとのニュースが流れている。ここアメリカでも長引く連邦大戦の影響によって各地で小規模な戦闘や紛争が起こり始めていた。まさに『種蒔く者』の話の時と同じだった。

「そうだね。きっと現れるよ」

 父親は首にかけている十字架のペンダントを手に取る。

「きっと神は我らを見捨てはしない」

 そんな話をしているうちに母親から声がかかった。

「ご飯できたわよ!」

「さて、お母さんの美味しいご飯を食べて寝るとしようか」

「うん!」

 三人の家族は暖かい食卓に向かい、神に一日の平穏に感謝の意を捧げる。

「神よ、今日も一日無事に過ごせました。明日も良き日となりますよう……」

 父親が祈りを終えると、三人は湯気のたったスープや野菜サラダ、鶏肉のフライを口に運び始めた。

 美味しそうに食べ物を頬張る姿に父親は彫りの深い顔をほころばせていた。

 深夜、三人が寝静まった頃に静寂を壊す銃声が響く。

「おほほほ、アメリカンどもをとっとと片付けるのよ!」

 けばけばしい化粧を施した老婆率いる武装集団が教会を取り囲んで、銃弾を容赦なくばら撒いていた。

 けたたましい音に父親はがばっと飛び起きる。

「何だ、これは?」

 父親の家、教会の外で繰り広げられている殺戮劇に彼は呆然とした。

「神よ、何故我らにこのような惨劇をお与えになったのですか」

 短い金髪を揺らしながら、自らの妻と息子を起こすために寝室に入り、この場所から逃れようと言う。

「ええ、何とかしてヨシュアだけでも」

「お父さん、お母さんも無事じゃないと嫌だ」

「大丈夫だよ、母さんもヨシュアもきっと神が守ってくださる。大丈夫だ」

 集落の周囲は完全に包囲されていた。

 絶え間なく、人々を撃ち殺す音と悲鳴がこの世とは思えない地獄絵図を作り出している。

「おほほほ! 愚民どもや野蛮人どもは北京民主共和国と朝鮮連王国の前に跪くのよ! 友愛の天下も近いわ、ぐふふ」

 三人は結局教会内から出ることが出来ず、政府に連絡の電話をいれ、政府の対応を待つことにした。

 数日後、まだ謎の集団は攻撃の手を休めない。そして、教会から三人は出てこない。

「うざったいわねえ。おい、兵士。あそこのボロっちい教会にいるのは誰なの?」

「はっ、名前は分かりませんが、この集落の神父一家かと」

「銃弾で脅してもねえ。爆弾でも持ってくれば良かったかしらおほほほ」

「制圧せずに撤退してもいいのでは? ここの集落はあの教会以外全て潰しましたし」

「お黙り! あそこの教会も例外なく友愛の制裁を加えるのよ! 我らは鳩川紀夫率いる『友愛巡礼団』の一員なんですからねえぐふふ」

「はっ」

「そうねえ、毒を井戸と水道に流して殺しましょうか。水は絶対使うでしょうし、阿鼻叫喚の図、見物だわあ」

 下品に笑うと、老婆は部下に命じて毒を流させ、待つことにした。

「これは……?」

 水を飲んで痙攣し、そしてぐったりとする息子と妻を見て、父親は震えている。

「あ、あなた……水に毒が……」

 母親は口からだらだらと濁った血を流しながら夫に訴えかけている。

「たす、けて……おとう、さ……ん」

 息子は真っ赤な泡を吹いていた。

 神父は瞳から大粒の涙を流し、薬を飲ませ介抱したが甲斐はなかった。

「そろそろ死ぬ頃合じゃないかしら」

 へらへらと老婆は教会の前に立っていた。

 そこに乱暴に教会のドアを開き、父親が現れる。埃だらけの蒼いローブは血で所々汚れていた。

「お前たちが……イリアを、ヨシュアを……!」

 神父は怒りに満ちた瞳で襲撃者たちをにらみつける。

「あら、神父さん。穏やかそうな人ね。まあ、野蛮人は死ぬのが定めってヤツよね。おほほ」

「許さん!」

 父親は拳を振り上げ、老婆に殴りかかったが、部下に取り押さえられた。

「ふ~ん、大した威勢ねえ。まあ、気まぐれに殺さずにおくっていうのもいいわねえ」

「千崎様、どういたしますか」

 取り押さえた兵士の一人が尋ねる。

「とりあえず、左腕を引きちぎっておこうかしらね。極上の叫びを聞かせて頂戴」

「はっ」

 兵士たちは男を押さえつけると、鋭利な大刀を用意した。

「ざくっとやって頂戴。ばっさりとね」

 兵士と千崎はにやにやと笑みを浮かべて神父の左腕を切り落とした。

「ぐぁあああああああ!!!」

 おびただしい血が飛び散り、神父は苦悶にのた打ち回る。

「いい叫びだわ! 聖職者が苦しみもがく様っていうのが見たかったのよねえ」

 神父は腕を押さえ込みながらなおも千崎を見た。

「必ず……神の裁き……を……」

「下せるかしらねえ。私は法務大臣様ですからねえ。有罪も無罪も全て決めることが出来る地上の神様なのよ」

「覚えて、おけ……必ず……」

 それから神父は気を失った。

 千崎たちが引き上げた後に神父は偶然集落を通りかかった医師に発見され、治療を受けた。大量失血をしていたが、奇跡的に一命を取り留めた。

「大丈夫かね。出血は止まったが君の左腕は使い物にならない」

 年老いた医師はしゃがれた声で言う。

「構わない。私の左腕を武器に変えることが出来るなら。あの者に復讐することが出来るならば」

 神父はぎらぎらと光る目で医師を見ていた。

「……そうかね。君は復讐のために生きるのか」

「そうだ」

「それで妻と子どもは納得すると思うかね?」

 一瞬躊躇した。

「分からん。ただ、私を突き動かすものはこれしかないのだ、今は」

 数ヵ月後、神父は左腕の手術を受け、新しい左腕を手に入れた。

 厳しいリハビリに耐え抜き、神父は聖職者の肩書きを捨て、ひたすら敵を倒すための特訓に励んだ。すべてを捨てても力がほしい、と毎日呟いて。

 細かった両腕には逞しい筋肉を帯び、言葉遣いも徐々に荒っぽいものへとなっていった。憎悪に取り付かれ、手当たり次第に北京民主共和国兵や関係者たちを抹殺していく人間に成り果てた。

 そして、神父は北京民主共和国と朝鮮連王国に指名手配されるまでに至る。『隻腕』のガレスとして。

 ガレスはしばらく旅を続け、東京で千崎を発見することに成功した。

「見つけたぜ、ブタ。この街、東京でテメエを殺し、俺の復讐の旅も終わりだ」

 その風貌からはかつての僧侶の面影は見えない。ただ、二つの瞳を除いては。

こんばんは、Jokerです。


これも一部修正しました。

ちなみに一番気に入っているストーリーの一つです。

ガレスが紫電よりも好みなのもあるかもしれませんが。


ではまた次回お会いできることを祈りつつ……

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