第十話:雷電
アカヒ新聞本社全体に警報とアナウンスが鳴り響いた。
『侵入者発見! 赤山社長が危険だ! ガードマンは社長室、警備兵は全フロアをくまなく捜索し、見つけ次第射殺せよ!』
雷電は得物の日本刀で行く手を遮る警備兵を切り倒しながら、息ひとつ切らさずに社内を駆け回っていた。
黒い服は既に多くの返り血を浴びている。
表情一つ変えず、ただひたすら相手を斬る。
その光景に警備兵たちは次第に手向かうことをやめた。
雷電は社内を閃光の如く駆け抜けると社長室へと繋がるエレベーターに乗り込む。
五分とたたずに高層ビルの最上階、社長室にたどり着いた。
大阪市内を一望できる部屋で、室内には社長用の机とパソコン、観葉植物が置かれている。簡素なつくりだった。
「赤山社長、覚悟を」
テノールボイスが発せられた。言葉に抑揚がない。
「お前が雷電か」
赤山はぎょろりとした目を泳がせた。
「そうだ。情報をいただきたい。鳩川紀夫は今どこにいるか?」
刀の切っ先を赤山に向ける。
「わ、私は知らない。あのお方はたまたま数日前に日本自治区観察に来られた後は行方知れずになっているのだ」
「しらを切られても困る。偉大なる指導者は全てお見通しだ。お前のような人間の考えることは」
刃が鈍く光る。
赤山は目をせわしなく動かしながらも口は閉ざしたままだった。
「意地でも話さないつもりか。鳩川の犬にしては上出来じゃないか。命と引き換えに主を守るとはな」
刀を振り上げる。
「苦痛の生より、安息の死を」
躊躇なく、刃を赤山の頭に振り下ろした。赤山は目を瞑って震えている。
その瞬間、一つの影がその場に現れた。
「貴様の腕も鈍ったものだ。横槍に気付かないとはな」
紫電は自らの刀で雷電の刀を受け止めた。
雷電は二つの目を見開いて、招かれざる来訪者を見つめる。
「何故、君が?」
「貴様が『クィーン』の鍵を握る人間だと聞いた。貴様を始末し、任務を遂行する」
紫電はいつもの鋭い眼光を敵に向けた。
「そうか。千崎が捕まったと聞いたが、紫電たちにだったんだね」
雷電はもう一人の隻腕の男を見た。千崎を抱えている。
「ああ、テメエには関係ねえ。俺の目的のためにコイツは俺が裁く! 邪魔するってんなら、蜂の巣にするぜ?」
左腕の銃口を雷電に向ける。
「愚かだな。この世界を動かしているのも、僕たちの運命を握るのも、これからの世界を形作っていくのも、全て『クィーン』なんだ。何故、無駄に抗う?」
雷電は紫電と距離をとった。赤山はその隙をついて、その場から逃げ出す。
「ふん、愚問だな。任務だからだ」
「気に入らねえから潰す。何か問題があるか?」
雷電は刀を納めた。
「かつての友とは戦いたくないんだ。ここは引いてくれないか?」
「甘ったれたことを言うな。貴様が『クィーン』に加担するというのなら、俺たちは友ではない。敵だ」
「やはり、君はそう言うんだね」
雷電は一瞬で加速し、ガレスの抱えている千崎を奪い取ると、社長室から屋上へと繋がる階段を登っていった。
「しまった!」
「放っておけ。どの道、ここでは決着はつけられまい」
紫電はガレスを制止する。
屋上からはプロペラ音がして、すぐにそれは消えていった。
「次の手を考えねばな。雷電が次に向かうとすれば……」
「それに、鳩川や小川の動きも考えねえとな」
小川はキム抹殺の後、北京民主共和国首席総長に就任した。
これは小川が以前から巡らせていた策が成功したためであり、小川の世界統一への一歩だった。小川はまず独裁体制を確立した上で、ノア計画で各国に配置した軍隊の力を誇示し、世界中に連邦大戦の停戦を求めた。各国はノア計画と大戦の傷で疲弊しきっており、この要求を呑まざるを得なかった。
次に小川が進めたのが『クィーン』征伐の軍を編成したことだった。
歴史を人間の手に取り戻す。このために、小川は全世界から兵を強制的に徴収し、イタリアのジェノヴァに向かわせた。
これにより、ジェノヴァは至る所で戦闘が勃発していく。
しかし、完璧なはずの小川の計画は鳩川の行動により徐々に壊れていった。
鳩川が小川に反旗を翻したのだ。
鳩川はかねてより結成していた友愛教団を使い、各地でテロ活動を行い、小川率いる北京民主共和国軍と対立していった。
雷電はこれらの動きを掴み、鳩川を始末すべく、再び日本自治区東京エリアへ向かった。この時から『クィーン』は次なる計画を実行しようとしていた。ノア計画も、鳩川の始末も全てはそのための布石でしかなかった。
おはようございます、Jokerです。
これもほんのちょっとだけ修正。
あんまり変わってないけど、雷電の描写を一部変えました。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……