第九話:反逆
雷電は『クィーン』の前にいた。
「今回のお告げは?」
女性と見紛う、整った顔が無表情なものになる。
「鳩川ハソロソロ用済ミデス。ソレニ、我ガ計画ニ反旗ヲ翻ス可能性モアリマス。消シナサイ」
電子音声が空間内に響き渡った。
「偉大なる指導者よ、仰せのままに」
雷電は頭をたれる。
「岡崎ヲ消シタ時モソウデシタガ、行動ニ乱レガアリマス。気ヲ付ケナサイ」
「はっ」
『クィーン』のいる空間から去って、雷電はジェノヴァの街の雑踏に消えていった。
「キム首席総長、そろそろですぞ。我々北京民族の世界統一が間近になる」
関西シナ空港にある巨大な爆撃機の一室で小川は軍服を着てキムと話し込んでいた。
「うむうむ」
キムは目を閉じて、頷くばかり。
「今度は歴史を人間が取り戻さねばなりませんな。我々選ばれた神聖なる人間のみが生きることを許される、ニダ思想のもとに」
「……これまでご苦労だった」
キムは突然ダークスーツのポケットから小型の拳銃を取り出すと、小川の額に突きつけた。
「何のおつもりですかな?」
小川の額に脂汗が浮かぶ。
「君の役目はもう終わりだ。よくやってくれたよ。日本を売り、天皇を殺し、国民を虐げ、我々北京民主共和国のために働いてくれた」
「な、何故私が?」
「君は売国者すぎる。我々の秘密を握るのは君だけだ。つまり、君を消せば安心というわけだ。これをネタに強請られることもなくなるからね」
小川はわなわなと震えた。
「そんな、私は全てキム首席総長のために! 尽くしてきたというのに!」
「芝居はもういい。君は役目を終えたのだ。滅びるがいい」
小川は目を細めて口元をゆがめる。
「ぐふふ、それで私を殺すつもりですかな? アンタはいつも一手遅いんですよ」
小川が指を鳴らすと北京民主共和国兵がどかどかと押し入り、キムにマシンガンをつきつけた。
「お前たち、これは何の真似だ?」
「首席総長、アンタが機械の脳みそに従い続けるとした時からこうなるとは分かっていましたよ。考えることを放棄した能無しが考えることといえば、奴隷のように惨めに従うだけですからなあ」
再び小川が指を鳴らすと、マシンガンが火を吹き、キムの手にあった拳銃を弾き飛ばした。
「貴様、偉大なる指導者を愚弄するか」
「人間の歴史は人間のものです。機械ごときに人間の歴史は作ってもらいたくないのですよ」
小川は傲然とキムをにらみつけた。
「それに、人民どももアンタのような太ったブタに支配されるよりは獰猛な鰐に支配されたほうがいいでしょうからな。何、心配要りません。北京民主共和国は『クィーン』による支配から脱却し、世界を手中に収めてみせます。そろそろ、老害の出番は終わりです」
腹の底から笑う。
対照的にキムは歯軋りし、ひざをついた。
「最初から画策していたのか?」
震えた声を絞り出す。
「もちろんです。ノア計画に従って世界に北京民主共和国軍を配置することができました。軍事力での支配では我が国に勝る国はアメリカ連邦くらいのものでしょう。ですが、アメリカにもノア計画の魔手が伸びていますからな。内部はガタガタ、戦争に持ち込めば勝てますよ」
小川はキムの落とした拳銃を拾う。そして、それをキムの脂ぎった額に突きつけ、引き金に指をあてる。
「さて、もういいでしょう」
「し、神罰が、くだ、下るぞ」
キムの歯がかちかちと鳴る。
「はて、何のことですかな。神に祈れば罰とやらが下るのならば、私はとっくに神に殺されていますぞ。あくまでも人に罰を下すのは神ではない、人なのです。私を滅ぼすとすればそれは人でしょう」
「おのれ……」
「いい夢を見ていたようですね。続きはあちらの世界でご覧ください。アンタの意思を継いで、私が北京民主共和国首席総長となり、世界の覇者となりますから。では、御機嫌よう」
小川は引き金を握る指に力を込める。
一発の銃声が室内に鳴り響いた。そして、その後は高笑いが起こった。
ジョーカーが紫電たちと接触してから数日後、雷電は鳩川を狙うために『クィーン』からの情報に従って、大阪にやってきた。
整った顔は俯いて、空を見上げない。
先のノア計画で壊れた街並みを無視して、ひたすら目的地に向かって歩いた。
時間は昼だというのに暗く、曇った空は今にも涙をこぼしそうになっている。
雷電はアカヒ新聞本社を見つけると、黒装束を纏ったまま、入っていった。
こんばんは、Jokerです。
これも一部修正してお届けします。
小川の狡猾さが出せていればいいのですが。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……