敵国の女王
―――竜人族宮廷
「これはどういう事だ!何故こんな事になった!」
そうどやすのは竜人族の帝達を治める王帝。
そしてその前には、卓に着く八帝。
八帝達は皆いい顔をしていなかった。
王帝「炎帝に続き、水帝までやられた!しかも敵の捕虜にされたんだぞ!!」
雷帝「そう怒らないで下さい王帝。冷静になってください。彼等は単独でそうなったんですから僕等が怒られる筋合いはありませんよ」
風帝「あんまり怒ると血管切れるぜ?」
王帝「貴様等っ!!仲間意識という物は無いのか!!」
「王帝の言う通りよ」
階段を降りながら凛とした声を発するその人物を見て、王帝を含めた帝達が目を見開く。
王帝「姫様……」
王帝はその場に跪き、頭を下げる。
女王「頭を上げなさいシグルド。普通にしていていいわ」
王帝「は」
女王「あなた達、どうして炎帝が一人で出て行くと知っていながら止めなかったの?」
雷帝「ですから、彼等が勝手に……」
女王「ならば彼等を止めるのはあなた達の役目なのよ。それが仲間よ? それとも、彼等は仲間じゃない?」
会議室が沈黙に包まれる。
女王「仲間なら、協力し合って助け合うべきよ。それが出来ると思ったから、私はあなた達に竜人族の上に立つ事を任せたの。分かるわね?」
雷帝「……はい」
雷帝以外は何も言わなかったが、皆顔には反省の色を示していた。
女王「分かったなら、今回は解散。いつまでもめげていたって良いことないわ」
八帝達は皆立ち上がり、部屋を後にする。
何か言いたげにしていた王帝だったが、王帝は八帝が部屋を出るまで何も言わなかった。
王帝「女王……」
女王「言いたい事は分かるわ。水帝は拉致されたまま、解決策も講じず会議を終わらせ、この小娘には一体何か策があるのか。そんな所かしら?」
王帝「そこまで蔑んではいません。しかしこちらの将を二人もやられているのに、一体どう埋め合わせをするつもりなのです」
女王「考えてあるわ。あなたは大反対するでしょうけど」
王帝「と、言いますと?」
女王は、口元でニヤリと笑みを作った。
―――ナイチンゲール宮殿
ライズ「……………………ん」
夜が明け朝日が窓から射す。
ライズは窓から射す光に照らされて目を覚ました。
目の前には解凍され、眠ったままの青い髪の少女がベットに横たわっていた。
ライズ(寝てたんだ……。ナイアさん、すぐに目を覚ますって言ってたけど、結局この子、あれから目を覚まさなかったんだ)
しかしライズがそう思っていたのも束の間。
少女も朝日に顔を照らされてゆっくりと目を開けた。
水帝「……ん。……!!」
水帝はすぐに覚醒し、ベットから飛び起きる。
水帝「ぐ……!!」
しかし体が全快では内らしく、腹部を抑えて苦痛に唸る。
ライズ「大丈夫!?」
水帝「……あなた誰?」
こんな状況だというのに、水帝は冷静に聞いて来た。
ライズ「とにかくまだ寝てた方がいい」
そう告げ、ライズは水帝をベットに寝かせた。
ライズ「僕はライズ。訳あってここに保護されてるんだ。だからここの人達の味方じゃない」
水帝「そうなの……」
ライズ「あ!それより君に聞きたい事があるんだ!」
水帝「何?」
ライズ「僕の姉さんを知らないか? 君達の竜人族の仲間に連れ去られたんだけど」
水帝「知らないわ。一体何があったの?」
ライズ「竜人族に村を襲われたんだ。その時、僕以外の村人は全員殺されて……姉さんも連れ去られた」
水帝「それは本当?」
ライズ「当然だ!僕はこの目で村が焼けるのを見た!焼ける炎を感じた!あれは間違いなく現実の出来事だった!!」
水帝「落ち着いて、誰もあなたの言っている事を疑ってないわ」
ライズ「……ごめん」
水帝「私達は主要な要塞を襲ったりしても、小さな村を焼き払うような報復じみた事はしないもの。だから信じられないだけ」
ライズ「そっか……ごめん」
水帝「こちらこそ、力になれなくてごめんなさい」
ライズ(姉さんの手掛かりが見つかると思ったのに……。姉さん……)
水帝「私を責めないの?」
ライズ「え?」
水帝「私はあなたのお姉さんを連れ去った人と同じ竜人族なのよ。どうして?」
ライズ「だって、君は僕の姉さんを連れ去った連中と違うだろ?」
水帝「そうかしら。私はあなた達魔族が許せないわ。私の大切な人を再起不能にまで追い詰めたあなた達が」
水帝は鋭い視線をライズに向ける。
しかし、ライズは全く動じる事はなかった。
ライズ「でも、君は姉さんを連れ去った訳じゃないだろ?」
水帝「私はそんなふうには割り切れないわ。炎帝を傷つけたあなた達魔族全てが許せない」
ライズ「許せないから、他の関係ない誰かを巻き込んでもいいのか?」
水帝「関係なくなんかないわ。あなた達は魔族、例外なく私達竜人族の敵よ」
ライズ「同じ人なのに……」
水帝「私達にとっては人ではないわ。魔物と一緒よ」
ライズ「僕には君が魔物には見えない。君には、僕が魔物に見えるのか?」
水帝「………………………………」
ライズ「人同士でこんな事するのはおかしいよ。それにブレイズさんだって、炎帝に自分の部下を全員殺されたんだ。悲しいのは君だけじゃないよ」
水帝「……それが戦争なのかもしれないわね」
ライズ「え?」
水帝「私は炎帝を傷つけられた事を許せない。けど、あなた達も私達がしている事が許せない。私は例えあなた達全員をこの手で殺しても、完全に許す事など出来そうにないわ。きっとあなた達も同じ事を思ってる。行き場の憎悪が募り、やがてそれを晴らす為に戦争になる。相手が人間だから、争いが絶えないのかもしれないわね」
ライズ「………………………………」
水帝「ごめんなさい、今のは忘れて。戦う理由は人それぞれよ。全てが憎悪に塗り固められてる訳じゃないわ」
ライズ「僕もそうだったらって思ってる。じゃなきゃいつまで経っても戦争は終わらない」
水帝「そうね」
ライズ「それより、君はなんで僕を襲わなかったんだ?」
水帝「あなたが自分で言ったじゃない。軍の人間じゃないって」
ライズ「そうだけど、そんな事本当に信じられる?」
水帝「私も馬鹿じゃないわ。これでも竜人族のトップよ?」
ライズ「つまりどういう事?」
水帝「この部屋にあなた以外誰も居ない所を見るとあなたは民間人で間違いないわ。つまり手を出せば丁の良い報復の材料にされるだけ。おまけにあなたを人質に取っても連中にとってあなたはなんの価値もない。そうなれば私ごと殺すでしょうね。その時は、同様の理由で報復でしょうけど」
ライズ「そのまま逃げたら?」
水帝「敵のド真ん中よ? いくら私でも無理よ。歯も立たなかったくらいなんだから。ふふふ……」
ライズ「なんだい?」
水帝「あなた利用されたのに気が着かないの?」
ライズ「え……?」
水帝「あなたは私の監視役として、または私を都合良く殺す為の捨て駒にされてるのよ」
ライズ「そんな……! ここの人達はみんな良くしてくれる。なのにそんな事!」
水帝「信じても、信じなくてもいいわ。どちらにしたって、私に出来る事は何もないもの」
ライズ「…………………………」
水帝「優しいのは結構だけど、あまり甘いと誰かに利用されるわよ?」
ライズ「ふふふ……。わざわざそんな事教えてくれるなんて、君もやっぱり優しいんだね」
水帝は僅かに微笑む。が、それ以上何も言わない。
ライズ「ねぇ。俺はここに居るべき?それとも君から離れるべき?」
水帝「さあ。どちらにしても私は長くは生かされないでしょうね」
ライズ「そっか。ならもう少しそばに居るよ。他に行く宛ても無いし」
水帝「そう」
――――帝国玉座
「そうか……お前の部隊は壊滅か」
ブレイズ「……面目ありません」
「いいや。元を言えば部隊をあそこに待機させた私の責任でもある。悪い事をした」
ブレイズ「いえ、部隊の壊滅は俺の力不足です。けしてドレイク様のせいでは――」
ドレイク「ブレイズ、自分を責めるな。人の死はこの国の王である私の背負う罰だ」
ブレイズ「……こんな体になってまで得た力なのに、自分に一番近い人間達でさえ救えないなんて」
ドレイク「……ブレイズ」
ドレイクは玉座から降り、そっとブレイズの肩に手を乗せる。
ドレイク「……もう少しの辛抱だブレイズ。もう少しで争いの無い世界が完成する」
ブレイズ「…………………………」
ドレイク「それまで耐えてくれ」
ブレイズ「…………はい」
バン!
扉を開き、突如兵士が入り込んで来る。
兵士「申し上げます! ナイチンゲール北西街道の砦が陥落! 並びに東南の砦がほぼ壊滅状態との報告を受けました!」
ドレイク「何だと!?」
ブレイズ「敵の規模は!」
兵士「それが……報告ではどちらにも竜人族の軍勢は見えなかったみたいです」
???「さて……これだけ派手にやれば動いてくれるわよね」
燃え盛る塔の上で、黒いローブの女はナイチンゲールを見据えた。
数分後………………
ブレイズ「状況は!?」
兵士「はっ! 砦は全壊し、負傷者は多数。しかし、死者は居ません」
ブレイズ「何?(どういう事だ、これだけの被害を被って死者無し?)」
辺りは見渡す限り火の海になり、草原に立っていた風車達は全壊していて、まさに地獄絵図になっている。にも関わらず、死者が出ないなんてのはおかしい。
ブレイズ「生存者は一体何処にいる?」
兵士「それが、皆街に転移しており口をそろえて一体何が起きたのか分からないと……」
ブレイズ(強制転移? いや、転移なら隊長格の誰かが気付くはず。だとしたらこれは……)
ブレイズは目を瞑り、集中する。すると兵士や揺れ動く炎が突如として動きを止めた。
ブレイズはゆっくりと目を開く。
???「初めまして。その出で立ちからすると、あなたが“漆黒の六翼”ね?」
ブレイズの目の前には黒いローブの人物が居た。声から察するに女である。
ブレイズ「お前は何者だ」
???「ああごめんなさい。私から名乗るべきだったわね」
そう告げて女はフードを脱ぐ。黒いフードからは、金髪ショートヘアで青い目をした整った顔立ちが出てきた。
レイア「私はレイア。竜人族の女王であり、全ての竜を統べる者。まあ女王と言ってもお飾りで、政は全部他の者がやっているのだけど」
ブレイズ「成る程。女王自ら出てきて、あの小娘を取り返しに来たのか」
レイア「察しが良くて助かるわ」
ブレイズ「お前は逆に察しが悪いな」
ブレイズはそう告げながら異空間から身の丈程の長剣を呼び出す。
ブレイズ「目の前居るのは敵国の女王。それがノコノコと出てきて、ただで見逃すと思うのか?」
レイア「どうでしょうね。私はあなたと戦った訳ではないから、その実力は計りきれないわ。けれど私もあなたも、時空と次元を操る事が出来る。となれば、あなたか私、どちらが滅びてもこの世界に悪影響なのは分かるでしょ?」
ブレイズ「……………………………」
レイア「それと恩着せがましく言いたくはないけれど、私はあなた達の領土を破壊しても、十万の民には一切手を出していないというのも考慮して欲しいわ」
ブレイズ「だからといって無条件で捕虜を解放すると思うか?」
レイア「ええ」
レイアは笑顔になり、続ける。
レイア「だって、あの子があなた達の所に居ても、新たな戦いの材料になるだけでしょ? 私はあなたがそんな戦いを望んでいるようには見えないわ」
ブレイズ「お前に何が分かる」
レイア「分かるわ。だってあなたはこうして私と話をしてくれるし、何より炎帝を手に掛けなかったのは殺めたくなかったからでしょ?」
ブレイズ「……………………………………」
レイア「どうかしら? 取引して貰えるなら、今夜国境の丘で会いましょう?」
そう言い残し、レイアはブレイズの前から姿を消した。
兵士「ブレイズ様?」
ふと、炎の熱気と時間が蘇る。
ブレイズ「いや、大丈夫だ。一応転移させられた兵士達を診てやれ」
兵士「はっ!」
兵士は敬礼をした後、街へと走って行く。
ブレイズはそれを見送ってから、手のひらに魔力を集中させる。
そしてブレイズが魔力を込めた手を払うと辺りの炎は消え、崩れた建物はひとりでに治り始めた。
それを確認してから、ブレイズは宮殿へと戻った。
場所は変わり宮殿では、ライズが水帝の監視を続けていた。
ライズ「ねえ。君の本当の名前は?」
水帝「はあ?」
それまで笑顔で接していた水帝の顔が突如歪む。しかし、何かを察したかのようにすぐ普通の顔へと戻る。
水帝「あなた、もしかして竜人族の事知らないの?」
ライズ「まあ……田舎の出だからそんなには」
水帝「ああそう。あのねこの際だからあなたの為に教えておくけど、竜人族の女性に真名を聞くというのは凄く特別な意味を持つのよ?」
ブレイズ「特別? どんなふうに?」
水帝「竜人族はその血族にしかその本名を明かせないの。つまり、その、真名を聞くというのは……」
と、何故だか水帝は言葉に詰まりだす。しかも、だんだんと顔が赤くなるのをライズは見て気が付く。
ライズ「じゃあつまり、竜人族に真名を聞くのは家族になろうってこと?」
しかし、妙に察しがいいライズはそれを察するが、水帝の心境までは察する事が出来ない。
ライズ「それってつまりプロポ……」
水帝「言わないでバカ!」
と、水帝は赤面して声を上げる。ライズはその声に驚いてから気が付く。そう、ライズは知らぬ間に水帝にプロポーズしていたのだ。
ライズ「……その、ごめん。話題を変えよう。竜人族の冠名っていうのは一体なんなんだい?」
水帝は咳払いをしてから答える。
水帝「私達は産まれながらにして竜の力を継承するこのよ。それはその土地の神だったり、何の力もない地竜だったり様々だけど、その継承した竜の名を私達は冠名として授かるのよ」
ライズ「だから、君の名前は水帝?」
水帝「そういう事よ。因みに帝を冠するのはそれぞれの属性で最高位を意味する事なの」
ライズ「へぇ……」
と、その時突如ドアが開いた。
ブレイズ「目が醒めたか」
ライズ「ブレイズさん!?」
水帝「ブレイズ……?」
水帝は目付きが鋭くなる。
ブレイズ「お前と話がある。悪いがライズ、外してくれ」
ライズ「え?」
ブレイズ「さっさと部屋からでろ」
ライズ「は、はい!!」
ライズはブレイズに脅された勢い良く部屋を出て行った。
水帝「お前が漆黒の六翼……炎帝の仇」
ブレイズ「やめておけ。俺はお前程度に負ける気は無いが、仮に仇を討ったところでお前は二度と炎帝のもとに戻れないぞ」
水帝「くっ……」
ブレイズ「素直で何よりだ。お陰で話が早く進みそうだ。今日、お前の所の女王が訪ねて来た」
水帝「なっ!? レイア様が!?」
ブレイズ「そのレイアが、これ以上戦闘が長引かない事を取引にお前を返せと言って来た」
水帝「レイア様が……」
ブレイズ「信じるなら手を貸す。信じないなら……また信じられて尚仇を討ちたいというなら止めはしない」
水帝「……とても信じられない。……信じられないけれど、その話に乗るわ」
ブレイズ「賢明だな、正しい判断だ。だが理解は出来ない。何故そう簡単に話に乗る?」
水帝「今更悪足掻きしたところで状況は変わらないからよ。だったら例え偽りでも私に条件がいい方を選んだのよ」
ブレイズ「……なるほど」
一言告げ、ブレイズは踵を返す。
ブレイズ「夜になったらまた来る。それまで安静にしておけ」
水帝「お言葉に甘えて」
そう水帝はベッドに横になる。
それを見てからブレイズは部屋を後にした。
ライズ「……ブレイズさん、彼女をどうするのかな?」
呟きながらライズは歩いていた。
すると……
ドン!
ライズ「うわっ!?」
ライズは誰かとぶつかり尻餅をつく。
???「すまない、大丈夫か?」
スッと手を差しのべられる。
ライズ「あ、すみません。ありがとうございます」
差しのべられた手をとり、ライズは立ち上がる。
ドレイク「すまないね、考え事をしていて。私はドレイクという者だ。君はあの村の生き残りのライズ君だね?」
ライズ「はい。その節はありがとうございました」
ドレイク「して、君は水帝の側にいて看病するようにと言われたのではなかったかな?」
ライズ「はい。ですがブレイズさんに出ていくように言われてしまって」
ドレイク「ブレイズが?」
その言葉にドレイクの目が鋭くなる。
ライズ「あの、ブレイズさん何かあったんですか?」
ドレイク「ああ。先程、街の南方が襲撃されてね。水帝の急襲もあり、浮き足立っているとはいえここ最近竜人族の行動が活発になっている。ブレイズはそれを止めたいのだろう。水帝を、竜人族への見せしめに処刑すのつもりだ」
ライズ「そんな! 彼女だって被害者なのに、何故殺されなきゃ!? それも見せしめにするなんて!」
ドレイク「落ち着くんだ。まだ止めようはある。ブレイズはきっと国境の砦へと向かう。先回りするんだ」
ライズ「どうすればそこに!?」
ドレイク「私が案内しよう」
そう告げられ、ライズはドレイクについて行った。
そして夜が更ける頃、ブレイズは水帝を連れて国境の丘に居た。
水帝「で、この後はどうなるの?」
ブレイズ「女王が来る手筈になってる」
水帝「まさか、レイア様本人が!?」
ブレイズ「わざわざ俺の前に出向いて来たんだ。約束を無碍にする事はないだろ」
水帝「そんな……私なんかの為に」
水帝は顔を伏せる。そんな水帝から目を反らすようにブレイズは丘から竜人族の国を見つめる。
目の前に広がっているのは草原にすぎないが、千里を見通すブレイズの目には何も映らない。まだ、レイアは来ていない様子だった。
そして、時を同じくし……
ライズ(ブレイズさん……本当にここに来たんだ)
近くの岩場の影からライズはブレイズと水帝を見付ける。
ドレイク「ブレイズは何か待ってあるようだな……」
ライズ「待つ……?」
ドレイク「ああ。恐らくは竜人族側が気付くのを待っているのだろう」
ライズ「なら止めないと……!」
ライズは岩影から飛び出した。
ライズ「ブレイズさん!!」
ブレイズ「!?」
ブレイズは突然現れたライズに驚く。しかしそんなブレイズを他所に最初に言葉を返したのは水帝だった。
水帝「なんであなたがここに!? いいえ、それ以前に何故ここに居ると分かったの!?」
水帝の問い掛けを無視し、ライズは水帝の手を取りブレイズから離れる。
水帝「な!?」
水帝は困惑して頬を赤らめる。しかしそんなことはいざ知らず、ライズは口を開く。
ライズ「ブレイズさん、こんなの間違ってます!」
ブレイズ「どうしたライズ? お前、誰かに何かを言われたのか?」
ライズ「俺が誰かに何を言われたかなんて関係ない。俺は彼女に死んでほしくない、処刑なんて間違ってる!!」
ブレイズ「まて……お前は何を言ってる?」
水帝「どういうこと……?」
困惑していた水帝が、その言葉に正気になる。
と、そこに
レイア「お待たせ。ごめんなさい、ちょっと遅くなっちゃったわ……ってあれ?」
遅れて来たレイアは状況を把握出来ていなかった。
いよいよもって状況の収拾がつかなくなっていく。
ブレイズは舌打ちを打ちながら亜空間から長剣を取り出してライズと水帝に突き付ける。
ブレイズ「お前が誰に何を言われたか知らんが、それ以上邪魔をするなら殺す」
その言葉に水帝は身構える。同様にレイアも何処からか身の丈程の太刀を取り出して構える。
レイア「水帝、私の後ろへ」
レイアはブレイズから目を反らさずに告げる。
レイア「あなたもよ、ライズ君」
問い掛けにライズはすぐに応じない。
ライズ「あなたは……?」
水帝「竜人族の王……レイア様本人で間違いないわ」
ライズ「竜人族の王!?」
水帝「あの人に従って」
水帝の言葉にライズは悩む。が、それが水帝の救われる道なのだろう。ライズはそう考えてゆっくりとレイアの方へと向かう。
対するブレイズも、それ以上はライズ達を追わなかった。
レイア「このオマケは?」
ブレイズ「知らん。お前の差し金ならと期待したんだがな」
レイア「申し訳ないけど、流石の私も初対面相手にそこまで気は回らないわ」
ブレイズ「なら……気が回らなかったのは俺か。すまないが、そいつを頼めるか?」
レイア「んーー……」
レイアは一瞬だけライズを見る。
レイア「じゃあ貸しね」
ライズ「???」
二人のやり取りが全く理解できないライズ。だがどうやら水帝は無事らしいことは分かる。
レイア「そうと決まれば……」
レイアが太刀を何処かに戻す。そんなレイアとライズは目が合った。
と、その時だった。レイアの向こうで何かが光る。遥か遠く、地平線の向こうの光だがライズはしっかりとそれを捉えた。
考えるよりも先に体が動く。
ライズ「危ない!」
ライズはレイアを突き飛ばす。
次の瞬間、光速で何かがレイアとライズの間を通過する。
レイアは呆気にとられるも無傷で済む。しかしライズは……
ライズ「え……?」
突然腰から下の感覚を失い、ライズは地面に倒れ付した。
ライズ「ゴハッ!!」
ライズの口から止めどなく血が溢れ出す。ライズは下半身が綺麗さっぱり吹き飛ばされ、そこからおびただしい量の血を流していた。
しかし当の本人はその事を理解出来ておらず、ただ全身に力が入らないのを感じていた。
ブレイズ「くっ!!」
ブレイズは光を放たれた方向を見る。ずっと奥、地平線の先に一つ人影を認める。今から殺めるのは一瞬だろう。しかし今はライズが優先だ。
ブレイズはライズの方へと駆け寄る。既に水帝とレイアがその傍らにいたが、そこにブレイズが割って入る。
ブレイズ「容態は!?」
レイア「……見ての通りよ」
ライズの下半身からは臓物と血が流れ出している。ライズの呼吸もか細くなっていた。
水帝「なんとかならないの!?」
水帝がライズの胸に両手の平をおき、回復魔法を行使する。流石は竜人族の精鋭らしく、その魔法は一級品だ。しかし、それでもライズの血は止まらない。
ブレイズ「………………」
明らかな致命傷だった。尽くせる手など何も無い。
ライズ「……よか……った」
その時、ライズが口を開く。喋る事など本来不可能だというのに、それを可能にしているのは水帝の回復魔法あってのことだろう。それ程に水帝の回復魔法は凄まじい。
水帝「喋らないで! 本当に死ぬわよ!?」
ライズ「……いいんだ……。誰も……傷付いてないなら……それで……」
レイア「あなた……」
水帝「ダメ! 喋ったら……」
水帝の頬から涙がこぼれ落ちる。
ライズはゆっくりと、ゆっくりと水帝の頬に触れた。
ライズ「……君は……生きて……」
水帝「ダメ!! あなただって……! あなただって!」
レイア「水帝」
そっとレイアが水帝の肩に触れる。
レイア「これ以上は、彼が傷付くだけよ。だからもう眠らせてあげて」
水帝はうつむき、しゃくりあげる。そんな水帝の肩を抱き、その場から離れようとする。
レイア「楽にさせてあげて」
レイアはライズから離れる時、そうブレイズに告げた。
ブレイズは立ち上がり、亜空間から長剣を取り出す。
ブレイズは長剣を額に押し付け、祈るような仕草と共に魔力を練り上げていく。
すると四人の周りが光に包まれ始めた。
レイア「何をする気なの?」
ブレイズはレイアの問いかけに答えず、ライズに聞く。
ブレイズ「ライズ。お前はこの世に未練は無いのか?」
ライズ(未練……未練か……)
ライズにもう答える力は無い。しかし消え入りそうな意識のなか、ブレイズの問いは聞くことが出来た。
すると、ライズの脳裏にある情景が過る。いつも家で見た姉の笑顔が。
ライズ「……ねえ……さん……」
そして呟くライズの顔面に、ブレイズは長剣の切っ先を突き刺した。