漆黒の六翼
ライズ「ブレイズさん……僕は。……!?」
突然としてブレイズは手にした長剣を振り抜く。
だが、寸前の所で体を入れ替えてフレアが剣を構えながら前に出た。
フレア「くぅ……!!」
到底剣から発せられたとは思えない程の鐘がなる様な轟音が辺りに響く。その衝撃に思わず、ライズとエメラルドは顔を一瞬伏せてしまう程に。
だが一人、フレアだけが一切目を反らす事なくブレイズとつばぜり合いまでに持ち込んでいた。
ブレイズ「ほう、大した実力だ」
しかし涼しい顔でブレイズが告げる。対するフレアは返事をする余裕すらもなかった。
ライズ「ブレイズさんどうして! 僕らは敵じゃない!」
代わるようにライズが叫ぶ。
ブレイズ「俺の部下に攻撃を加え、更に一人殺めておいて、仕方なかったで済ませられると思っているのか?」
ライズ「……!!」
ライズは思わず絶句する。そのまま視線を手元に戻すと、そこには血にまみれた手があり、すぐ横にはうつぶせに倒れたまま動かない先程の兵士の姿があった。
フレア「ふざけないで! そっちこそ先に手を出しておいて、やり返すななんて理不尽な事言うつもりなの!?」
ブレイズ「………成る程」
次の瞬間、両者の均衡が崩れる。
ブレイズが剣により力を加え、そのまま横にフレアを吹き飛ばす。なす術もなくフレアは地面を転げ周り、大きくライズ達から距離を離されてしまう。
ブレイズ「お前は何をしにここに来た。まさか戦う事にならないとでも思っていたのか?」
どうにか立ち上がろうとするフレアの動きがその言葉によって止まる。
ブレイズ「ここは戦場だ。剣を向けられる覚悟が無いのなら、初めから剣など持つべきではないな」
フレア「あなたの理屈で決めつけないで!」
再び動き出したフレアがブレイズへと踏む込む。
が、
フレア「くっ!?」
フレアが振り抜いた剣がブレイズの首筋で止まる。対するブレイズは一切構えることも無く涼しい顔のまま再び口を開く。
ブレイズ「これがお前の理屈なのか?」
フレア「!?」
ブレイズはフレアの剣を意にも止めずにフレアへ一歩踏み出す。自ずとフレアの剣がブレイズの首筋に当たり、血が垂れるが本人は全く意にも止めない。その姿を見て思わずフレアは剣を引いてしまう。
ブレイズ「殺める事を恐れるなら、初めから剣など持つべきではなかったな」
そのままブレイズはフレアの脇を抜けて再びライズの前に立つ。それをフレアは呆然とし、ただ血の付いた己の剣を見つめている事しか出来なかった。
ブレイズ「お前も同じだライズ。お前は一体誰の味方だ。今居る竜人族の味方か、それともまだ俺達の側なのか。或いは、お前の味方はお前自身だけか?」
ライズ「!!」
その言葉にライズは強い衝撃を受けた。同時に、両目から止めどなく涙が流れた。
ブレイズ「選ばせてやろう。お前が何の為に戦うのか」
そうブレイズが剣を構える。ライズはただそれを、見ている事しか出来なかった。
そのまま一拍の間を置いて、ブレイズの剣が振り抜かれた。
ガン!!
だが次の瞬間、激しい火花と衝撃音がライズの目の前で起こる。
エメラルド「おかしいですよ! 何で同族で、それも知り合いに剣を振り下ろせるんですか!!」
声を張り上げ、両手を広げたエメラルドがそうブレイズの攻撃を凌いでいた。
ただエメラルドは剣を抜いておらず、だがブレイズの剣はエメラルドを捉えていてもその刃が肌を通さずに火花を散らす。
フレア「エメラルド!」
慌ててフレアが助けに入ろうと駆け出す。
しかしそんなにフレアに目すら向けず、ブレイズは剣を一瞬エメラルドから引くとそれを後ろに振り抜いた。
不意を突かれたフレアはその一撃こそ剣で防げたものの、無理な体勢から防御に転じた為に後ろに大きく吹き飛ばされる。
そのままブレイズは剣を両手で持ち直し、後ろに振り払った剣を大上段に構え直す。
ブレイズ「大した魔法だ。力の向きを反射して相殺出来るとはな。だが……」
目にも止まらぬ一撃がエメラルドの顔面に振り下ろされる。
凄まじい衝撃音、剣圧と魔力で一帯が揺れ動く程だった。
しかしその中で高い金属音と共にブレイズの剣が中程で折れる。
だが折れて宙を舞う剣先に目をくれず、ブレイズは拳をエメラルドの腹に叩き付けた。
エメラルド「うぐっ……」
鈍いうめき声と共にエメラルドは後方へと吹き飛ばされて動かなくなる。
ブレイズ「その攻撃に相当する魔力が無ければ意味が無い。とはいえ俺の剣を折ったのは大したものだ。さて……」
ブレイズは再びライズを見下ろす。
そして
ブレイズ「さあ選べ。そしていい加減に目覚めろ」
そう告げてブレイズは降ってきた切っ先を掴み、それをライズの胸元に突き立てる。ライズは声すらも上げられず、そのまま意識を手放した。
フレア「!!」
それを離れていた場所から見ていたフレア。何も出来ず、二人が倒れている。
そのまま剣を手放し、ブレイズが居るのも気にせずライズへと駆け寄る。
フレア「あぁ……」
枯れたような呻き声が、溢れるように口から漏れる。フレアの眼前にあったのは、空を仰いで倒れたままのライズだった。その目は虚ろで、胸からは溢れんばかりの血が流れている。
そして、エメラルドの方へと目を向ける。
彼女もまた、地面に倒れ伏したままピクリとも動かない。
フレア「何で……なんで……」
ブレイズ「お前が迷ったからだ」
冷たくブレイズは言い放つ。
ブレイズ「これが覚悟を決める事が出来なかったお前の結末だ」
フレアはその場に崩れ落ちる。最早ブレイズに向かうことも、言い返す事すらも出来なかった。
ただ目の前の現実から逃げるように、過去の記憶を遡って行く。
---
赤い。
ゆらゆらと揺れるそれは、夕闇よりも赤く辺りを照らしていた。
「うぅ……うぅ……」
すぐ隣では、胸を締め付けるような悲痛な呻き声が聞こえる。
それはまだフレアやエメラルドが五歳になったばかりの事だった。
魔族との間に産まれた子供が居る。
そんな噂を聞いた何者かが、家へと火を放ったのだ。
そんな中、命かながらフレアはエメラルドとその母親を連れ出す事が出来た。しかし自身の母親には一歩及ばず、助け出す事が出来なかった。
フレア「……………………」
感情が追い付かず、フレアは涙を流す事すらも出来なかった。だが、声を上げて泣くエメラルドを見て、そして自分を守ってくれる母親はもう居ない事を受けて、この時強くなる事を誓った。
そして数年後……
フレア「どうして! 何故あなたは私に契約剣を授けてくれないの!」
???「まだお前の器には足りないものがあるからだ」
フレアの叫ぶ虚空の先で、冷たくそんな一言が返って来る。
フレア「あなたは私と契約した時点で、私の実力を認めてくれていたじゃない! ここまでの実力を積み上げて来るのに、どれ程の覚悟を決めて来たと思うの!?」
???「ふん、まさか私が契約剣を授ければお前は八帝に成れるとでも思っているのか? 断言する。お前が八帝になるのは無理だ」
フレア「なっ!?」
???「我が貴様に契約剣を与えないのも、八帝に成れない理由と同様の物だ。継承の儀でせいぜいそれに気が付く事だな。最も、嫌でも知る事になるだろうが」
フレア「ふざけないで! それはどういう意味!?」
その言葉を最後に、虚空から返って来る言葉はなかった。
だが、フレアの契約竜が告げた通りフレアは契約竜が告げた意味を一年も経ずに知る事になった。
全帝「フレアドラゴンの契約者よ。よくぞ選定を勝ち抜き、第一継承権を手にした。そなたの望む継承先を選ぶが良い」
フレア「私は……私は炎帝の力を望みます」
全帝「心得た。では……」
全帝の先でフレア同様に跪く八帝の一人、赤い装束の男が立ち上がりフレアの前に立つと再び膝をつく。
全帝「今そこに膝をついた炎帝の首をそなたの契約剣で落とすが良い」
フレア「え!?」
その言葉にフレアは不意を突かれた。しかし全帝「ん?」と首をかしげ、フレアの心中を誤解する。
全帝「ああ、そなたは契約剣が使えぬのであったな。すまない、契約剣無しで首位成績を修めた者など過去に居なかったものでな。ならば……」
再び炎帝が立ち上がり、剣を抜く。すると炎帝はその剣を跪くフレアへと突き出す。
唖然とするフレアは思わずそれを手にしてしまう。
すると炎帝は今から自分の身に何が起こるか分からないかの様子でまた跪く。
全帝「その剣で炎帝の首を断て。その後にお前の兄妹親、家族、血の繋がる者全ての命を断て。さすれば継承は完了し、そなたは新たな炎帝に成るだろう」
フレア「そ……んな」
剣を持つフレアの手が震える。脳裏に一瞬、エメラルドと叔母の倒れ伏す姿が過った。
フレア「あ……ああ……」
震えが限界に達し、剣を落としてしまうフレア。同時に嘔吐感を感じる間もなく胃液が喉を突いて溢れた。
床を吐瀉物で汚し、その場に崩れ落ちながらフレアは首を降って声を上げた。
フレア「出来ません……! そんな事は出来ません!」
全帝「成る程な……。ならば去るが良い。まさか人を殺める覚悟も無い者が、これ程の実力を身に付けているとは誤算であった。成る程、契約剣を使えないのもそういう理由か」
連れていけ、と最後に全帝が告げる。
そう言われて立ち上がった炎帝に、フレアは引き摺られるようにして宮殿の外へと連れて行かれた。
そして炎帝は宮殿の外へフレアを放り出し、最後に告げる。
炎帝「覚悟の足りない者が、戦場に迷い混むな」
---
再び現実に戻されるフレア。逃げるように走馬灯へ身をまかせたが、そこでも再び辛い現実を突き付けられる。
何処にも逃げ場など無いのだとフレアは知る。そして同時に、何も出来ない、あれから何も変わる事が出来ていない自分に腹が立って仕方なかった。
フレア「くっ……!」
強く奥歯を噛みしめてフレアは立ち上がる。
ブレイズ「どうする。投降するなら命までは取らない。お前が選べ」
フレア「あなたの言う通りね……。私は覚悟が足りてなかった」
その言葉にブレイズはゆっくりと剣を降ろす。
フレア「けど」
とフレアが口にした瞬間だった。
ブレイズ「!?」
ブレイズの周囲が突如光と轟音に包まれる。
ノーモションでフレアは魔術を発動させた。
フレア「お陰で覚悟が決まったわ」
フレアは噴煙の先を真っ直ぐ見る。するとその噴煙を割って剣を構えたブレイズがフレアへと突っ込む。
しかし噴煙を突っ切ると同時に閃光が瞬き今度はブレイズは大きく後方に吹き飛ばされる。
だがブレイズは両足を地に着いて転げ回る事なく直立したままその勢いを殺す。それでもその体の正面は肉が爛れる程に焼け焦げていたが、ブレイズは意に介した様子もなく表情を崩す事はない。
フレア「流石ね、大岩だって木っ端微塵になる爆発を耐えるなんて。無詠唱じゃ威力不足かしら?」
ブレイズ「いいや。俺に手傷を負わせたのはここ十年来ではお前が初だ。漸く覚悟が決まったようだな」
フレア「お陰様で」
それは、怒りに任せた感情ではなかった。ただフレアの周りで戦う者が、皆その覚悟を、人を殺める覚悟を決めてここに立っていたのだ。
それを、妹のエメラルドやまして同族と戦うライズでさえ決めたその覚悟を、自分だけ背負えていない事に嫌気が差したのだった。
戦うと決めたのだから、必ず背負わなければいけないそれから、逃げるのを止めたのだ。
ここに居る限り、断ち向かわなければずっと逃げ道を探す事になる。そんなのは、そんな生き方はもうしたくない。
???(漸くか。どれ程待ったことか)
虚空からの声が直接フレアに語りかける。
フレア(そんなの良いから、今まで勿体ぶった分さっさとあれを寄越して)
その声に乱暴に返しながらフレアは両手を前に突き出す。
???(ならば唱えよ)
フレア「我悉々つくづくを滅却する者。我が両手に宿りて万物を灰塵と成せ!」
フレアが両手を払う。
すると閃光と轟音を発したその先にあった彼女の両手には、赤い刀身の細剣が握られていた。
だが間髪入れずにその背後にブレイズが回り込み、背中から折れた剣を振り抜く。
ブレイズ「……!」
だがそこにスッとフレアが細剣を割って入れる。
するとブレイズの剣が触れた瞬間に二人を爆発が包み込む。
巻き上げる土や噴煙が収まると、そこにあったのはバラバラになったブレイズの剣と、無傷で佇むフレアだけだった。
フレア(まさか、衝撃波よりも速く動けるなんてね……)
ふとフレアが向けた目の先で、ブレイズは新しく異空間から剣を抜く。
同時に回復魔法でも行使したのか体の正面に負った火傷も、纏う衣類も元に戻っていた。
契約剣を発現し、ブレイズと実力が比肩した今のフレアだからこそ、ブレイズの能力に驚いていた。
フレア「けれど!」
フレアは一瞬でブレイズの目の前に迫り、細剣を構える。迎え打つ形でブレイズも剣を構えた。
が、
フレア「今は私の方が速い!」
ブレイズが剣を振り抜くよりも速く、フレアは細剣をブレイズの腹部へ突き立てる。
ブレイズは回避することも、構えた剣を構え直す事すらも出来ず、フレアの細剣はブレイズを貫いた。
それと同時に地を揺らす程の衝撃を伴い、二人は爆煙に包まれた。
フレア「これなら……」
ブレイズ「見事だ」
フレア「!?」
フレアは確かな手応えを感じていた。その攻撃は間違いなく決まっていたのだ。更に、煙の晴れた先を見てフレアは驚愕する。
フレアの攻撃は確かにブレイズに命中していた。
ブレイズは、胴体の半分以上を吹き飛ばされていた。腹部から胸元まで文字通りなくなっていたのだが、まるで何事もないかのようにブレイズは無表情のままフレアを見つめ、ましてや口を利いて見せた。
ブレイズ「お前が“炎帝”でなくて良かった」
そう告げるブレイズの雰囲気が変化するのを感じ取り、フレアは大きく飛び退いた。
次の瞬間ブレイズの体が一瞬で再生し、更に今まではなかった四枚の黑翼が生える。
ブレイズ「お前が炎帝だったら、奴のように手加減など出来なかった」
そう告げた瞬間、フレアの目の前からブレイズが消える。
と、同時に大きく離れた筈のブレイズがフレアの目の前に立っていた。
フレア「!」
慌てて剣を振り抜くフレア。だがフレアの攻撃は、空を切り、既にそこにブレイズは居ない。
だがフレアは背後にブレイズが回ったのを感覚で感じ取る。
振り替えるのは間に合わないのを察して自分のすぐ背後を爆撃する。
同時にフレアは振り返るが、そこにブレイズはもう居ない。
が、何も居なかった筈のそこに再びブレイズが現れる。
それを予期してフレアは剣を振る。だが……
フレア(なに……これ?)
フレアの動きは、衝撃波を上回る速度で動くブレイズを越える筈だった。だがそんなフレアでさえ、自分の体がまるで止まっているかのような錯覚をしてしまう。
そんな止まった時間の中で、ブレイズは通常通りに動いてみせる。間に合わない。
ブレイズはフレアが剣を振り抜くよりも速く手を伸ばしてフレアの首を掴む。
そのままフレアを組伏せて地面へと叩き着けた。
フレア「がっ!?」
フレアが叩きつけられた地面が陥没する。
更にブレイズはフレアの腹を踏みつけて更に地面へと捩じ込んだ。
ブレイズ「抵抗は止めろ、今の俺は光と同速だ。その意味がお前なら分かるな?」
フレア「あり……得ない! そんな物理法則を無視した事……!」
ブレイズ「お前こそ、爆破の衝撃の向きをコントロールするなんて魔術精度は到底人間技とは思えんがな。まして、無詠唱で構える事もなく正確に当てて見せた。更には八帝ですら無し得なかった俺の本気を引き出したのだから大したものだ」
フレア「何を!?」
突然のブレイズの賛辞に困惑を隠せないフレアだったが、その時だった。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
突然の叫びに二人の目はそちらを向く。
---
暗い。そして四肢に何も感じない。
死んでしまったのか?
そう思いかけたライズだが、この感覚には既視感があった。
???「起きろ」
すると凛とした女性の声がし、ライズは無意識に瞼を開いた。
ライズ「え?」
すると次の瞬間、ライズは全身の感覚が戻るのを感じた。思わず手足を確認する。辺りは相変わらず暗闇に包まれているが、不思議なことに自分の手足が見えていた。
???「どこを見ている」
不機嫌そうな女性の声の方をライズは見る。
すると前回はシルエットしか分からなかった女性の姿が露になる。
黒いドレスに身を包んだ、長い黒髪の女性がそこにはいた。
鋭い相貌の女性だが、その目が更に鋭くなっている事に怒っているのは簡単に察する事が出来た。
???「奴めふざけた真似をしてくれる」
ライズ「ブレイズさんが……僕を殺した?」
???「違う。奴め、私を切り離してお前に移したのみならず、無理やりに私を起こしおった!」
ライズ「えっと……じゃあ僕は死んではいない?」
???「お前が死ぬ事などあるか。この力がある限り、お前はこの世が滅びても絶える事はない」
ライズ「え!? というかそもそもあなた誰なんですか!?」
???「私は楔だ。奴が無為に力を行使しない為のな。だが奴め、自分の力の大半をお前に委ねたついでに私まで切り離しおったわ」
ライズ「ならブレイズさんは今はどれくらいの強さ何です?」
???「瞬きする間にこの世界の全ての生物を絶やす事が出来る。が、」
ため息を交えて女性は告げる。
???「それは奴の本来の能力の5パーセント程だ」
ライズ「って事は……」
???「残りの力はお前が持っている」
ここがどんな所かは分からない。しかしライズは自分の心音が速くなり、立っていられなくなる。
唐突に汲み上げる恐怖。そして今まで不可解だった事が、今告げられた事の事実が埋めて行く。
水帝を上回る魔力も、突然跳ね上がった身体能力も、そして何度死に瀕しても死んでいないのも、全てはこの力によるものだったのだ。
???「ふふっ……怖いか?」
跪く形で顔を上げると、女性が目の前まで来ていた。
???「恐れるな、その為の楔で私が居る。うっかり世界が滅びるなんて事も、そのせいで誰かを殺めるなんてこともない」
ライズ「本当……ですか?」
???「違えれば世界が滅ぶ。違えようがあるまい?」
そう女性が手を差し伸べる。
心音が収まる。差し伸べられた手を取りゆっくりと立ち上がった。
???「しかし、だ」
ライズ「?」
???「奴には灸を据えてやらねば気が済まん。体を借りるぞ」
ライズ「え、それどういう!?」
次の瞬間二人の周りが光に満たされた。
目を開くと、地面に突っ伏していた。
状況を確認しようとするライズ。
ライズ(!?)
だが意に反して体が動き出す。
勝手に動き出したライズの体は立ち上がり、そして口を大きく開いた。
ライズ「ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ライズ(えぇぇぇぇぇぇぇ!?)
突然叫び出した自身の体にライズ自身が困惑するしかなかった。
???「はははは! 外に出るのは久しぶりだ! 実に気分が良い!」
ライズ(やめてくれ! そんな姿を皆の前で晒さないでくれよ!)
が、ライズの訴えは虚しく、体の主導権は戻らない。
と、ふと自由の利かない自分の目がフレアを捉える。
ライズは体の中で声にならない悲鳴を上げ続けるが、そんなものは知らんと体は勝手に動き出す。
ライズの目が真っ直ぐにブレイズを捉える。二人の目が合った瞬間だった。
刹那にも満たない、正に零の間にライズは剣を異空間から取り出してブレイズと鍔迫り合いになる。
ブレイズはライズに圧されて後退するも、すぐに体勢を圧し直して鍔迫り合いへと持ち込んだ。
その衝撃が辺りに走り、それはフレアの爆撃にも比肩する勢いでフレアは二人から大きく吹き飛ばされた。
???「久しぶりだなブレイズ。貴様には返さねば済まない借りが山ほどある!」
ブレイズ「俺がお前に貸した分の方がまだデカイはずだ。最も、寝てばかりのお前に分かるな訳も無いが」
???「ほざけ!」
ライズが大きく振りかぶって剣を振り下ろす。
ブレイズはそれを半身かわすだけで避けて見せる。
すると次の瞬間ライズの剣の延長線上の山と大地が二つに裂けて渓谷を造り出す。
???「しまった。一割程度でこの威力か……」
ブレイズ「やはりな。お前は力を抑える事は出来ても制御は出来ない」
???「なに!?」
堪に障る言い方にライズは返す刀を繰り出そうとするが……
???「!?」
突如ライズの膝が崩れる。
ブレイズ「オマケに普段寝てばかりのお前にその力は扱い切れないだろ、加えて今は他人の体なのだから尚更だ。大人しく本人に体を返して眠れ」
???「くっ……悔しいがお前の言うとおりか。だが忘れるな。上手く私を切り離したとてお前の力は本来の力に遠く及ばないという事を。せいぜい……寝首を掻かれない事だな!」
その言葉を放ち、ガクリとライズは項垂れる。
ライズ「はっ!」
ようやく自分の体に主導権が戻った事をライズは確認する。
両手も目も自分の思い通りに動く。
ブレイズ「すまなかった」
ライズ「え?」
ふとブレイズが発した時にはその背に翼はなく、剣も消えていた。何だか良く分からないままライズは立ち上がってブレイズと向き合う。
ブレイズ「お前の力を引き出す為に、少し無茶をした」
ライズ「あの……えっと……」
ブレイズ「まさかお前がこっちに来るとは思ってなくてな。もう力を引き出している頃とは思っていたが……奴は相変わらずみたいだな」
フレア「待って、あなた何なの?」
すると、そこに全身土埃にまみれたフレアが、ようやく気を取り戻したらしいエメラルドを抱えてやって来た。
ブレイズ「ただの魔族だ。もうお前達に危害を加える気はない。が、部下一人分の仕返しはさせてもらった」
フレア「……だから命は取らないと? まあ、殺すつもりならいつでも出来たでしょうし、そうでしょうね」
ブレイズ「理解が早くて助かる。さて、俺の方もそろそろ時間が無い。ライズ」
ライズ「え!? あ、はい!」
ブレイズ「目覚めさせたとは言え、力の制御は奴がしてる。次から力を引き出したいなら奴を起こせ、呼び掛ければ起きる」
ライズ「はい」
ブレイズ「それと俺の部下の事は気にするな。皆死に場所を求めて俺の部隊に入った連中だ。むしろ、救われたくらいだ」
ライズ「……はい」
ブレイズ「さて俺はそろそろ戻る。……最後に」
ライズに背を向けながらブレイズは言った。
ブレイズ「お前は……いや、誰も竜人族や魔族の味方である必要はない。お前はお前の味方で居て良い」
それを告げた瞬間、ブレイズは三人の前から消え去った。
エメラルド「うっ……」
沈黙が訪れた辺りに、エメラルドの呻き声が響く。
フレアはすぐにエメラルドを横にして回復魔法による治癒を開始する。
ライズ「エメラルドは大丈夫?」
フレア「上手く加減されてるわね。この子の魔術を打ち破る程の攻撃だったにも関わらず、打撲程度で済んでるわ」
ライズ「そうか……良かった」
ライズは安堵のため息をつく。
フレア「あなたも、大丈夫なの?」
ライズ「え……」
ライズは自分の胸元を確認する。制服に穴は空いているが、その下は何事もなかったかのように塞がっていたのだ。
ライズ「何とも……ないみたいだ」
フレア「そう。……あなたも一体何者なのか疑問だわ」
ライズ「………………」
何も応えられなくなってしまうライズ。ライズ自身ですら、自分の身に起こった事が理解出来ずにいたのだ。
フレア「あなたは……。あなたはまだ私達の味方なの?」
ライズ「そのつもりだよ。今もこれからも、僕は誰の敵にもなりたくない」
フレア「そう……」
それ以上、フレアが何かを言う様子はなかった。
ライズはフレアから辺りに目を移す。
ライズの住んでいた村は、ブレイズとフレアの戦闘で完全に吹き飛んでしまっていた。今は焼け残った建物すらもない荒れ地に、地平まで続く地割れが伸びている。
到底ここに村があったなどとは思えない有り様になっていた。
同時に見渡した事でライズは気付く。
ブレイズの部隊の隊員の姿が一つもない。ライズが殺めてしまったあの隊員の姿すらも。
フレア「ごめんなさい……」
突如のフレアの謝罪にライズは驚きの声すらも上げられず、フレアはそのまま続ける。
フレア「あんなに迷った挙げ句に私は何もあなた達の役にたてなかった。それどころかあなたの村すら……奪ってしまった」
フレアの声は震えていた。その顔を見ずとも、今の彼女がどんな表情をしているのかライズには分かってしまった。すると……
エメラルド「私だって……何も出来なかった。今だって……」
虚ろに目を開きながら、呻くような声でエメラルドは口を開く。
そんな彼女の様子を見るべく、ブレイズはフレア同様にエメラルドの傍らに駆け寄った。
ライズ「そんな事無い! 君は僕を救ってくれた。君が居なければ……」
ふと、ライズの言葉を詰まらせたのは、先程殺めてしまった者の姿だった。ふと、涙が頬を伝うのをライズは感じる。
ライズ「ごめん……これは違うんだ」
エメラルド「……ライズ」
おもむろにエメラルドはライズの頬に手を伸ばす。
エメラルド「生きてて……良かった」
その言葉にライズの相貌からは溢れんばかりの涙が溢れた。
歯を食い縛り、ライズは嗚咽を漏らしそうなのを堪える。
やがて涙を流しながらも、言葉を発する事が出来るようになってからライズは言った。
ライズ「エメラルドも、フレアも、生きてて良かった。それ以上の事なんてないんだ。三人で帰れるんだ。だから帰ろう、三人で……」
ライズの言葉に、二人は静かに頷いた。




