嗚呼ロリータ
〈引導は鱈腹食へるさくらんぼ 涙次〉
【ⅰ】
貝原麻織、10歳。
杵塚由香梨、11歳。
歳が近い、と云ふだけの類似點である。他に似てゐるところ‐ まあまあ美しい女の子だ、と云ふ點ぐらゐか。それ以外には何にもない。
麻織は由香梨の事をよく知つてゐた。調べ上げたのである。私立探偵を雇つた。興信所と云つた方がいゝか。カネづくで何でもやる職業。
何故調べたのか、と云ふと、由香梨の事が羨ましかつたからである。憧れのカンテラ、神田寺男と同じ屋根の下、起居してゐるのだ! もし叶ふのなら、躰はその儘に、心だけでも入れ替はりたかつた...
【ⅱ】
そんな望みが實現すると云ふ、夢のやうな話を持ち掛けてくる者がゐた。【魔】、である。假に「取り替へ【魔】」とでもして置かう。カンテラに憧れてゐる彼女が、【魔】の云ふ事を信用するのは、矛盾、と云ふしかなかつたが、何せ戀してゐるこの齡頃の女の子、なる人種は、盲目なのである。甘い話に、つひ目が眩んだ。
だがそれには条件があり、それは簡單な事ではなかつた。カンテラを誘惑せよ‐ それが「取り替へ【魔】」の司令、であつた。カンテラには所謂ロリコンの氣はない。そればかりか、女などゝ云ふ面倒(失敬!)な者は、悦美一人で充分だと思つてゐた。
【ⅲ】
然し彼女は、当たつて砕けろ、とばかりに、「取り替へ【魔】」にOKサインを出し、由香梨と入れ替はつてしまつた。さて、突然所謂「いゝところのお嬢さん」になつてしまつた由香梨、これは【魔】の仕業だと、いち早く氣付いた。その事をテオに、連絡したのである。
一般ピープルならいざ知らず、カンテラ一味の「常識」は、世間の常識とは大分かけ離れてゐる。テオ、今どこの家にゐるのか、由香梨に訊いた。すると、「貝原家」だと云ふ答へが‐ 頭のいゝテオには、説明なしでも大體の筋書きが分かつてしまつた。
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〈悲しみが透き通る迄漉き返すそれが現世の全て拭く紙 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラ、面倒くせーな、と思ひつゝも、「修法」の準備に取り掛かつた。テオの云ふには、次に來るのは、麻織の誘惑光線發射・笑、だらうとの事。だうか笑ひ話で濟んでくれ、とカンテラ、切に思つた。カンテラからすれば、靑天の霹靂である。幼稚な誘惑などは、冗談にもならない。
【ⅴ】
さう、カンテラ怒り心頭であつた。すぐさま、「取り替へ【魔】」は召喚され(手間の掛かる「修法」だつたが、カンテラにしてみれば、だうしてもやらねばならない事だつた)、カンテラは彼女(云ひ忘れたが、この【魔】は女だつた)に詰め寄つた。
「だうせ人間の想ひ事など微塵も考へぬ、ニュー・タイプ【魔】なんだらうが、麻織ちやんの一途な氣持ちを惡用したのは許せん!」その方面には無関心な、カンテラにさう思はせたゞけでも、麻織は、倖せ、と云はねばならなかつたのだ。
【ⅵ】
「しええええええいつ!!」‐「取り替へ【魔】」は斬り伏せられた。麻織は傷付いたのだらうか。だとすれば… この一件、依頼人が彼女でも、可笑しくはない筈だつた。
更に、由香梨と躰を入れ替はると云ふ、彼女の願ひが、カンテラには不憫であつた。ゆゑに貝原家にはこれを内緒とし、この件、ヤマとはしなかつた。
で、結局、誘惑、は未然に防げたのである。こんな惡戲、惡いジョークとするにも程がある。
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〈猫首を傾げつ見たり走馬燈 涙次〉
‐ヤマとせぬ。要するに、カネの出入りはなかつた譯で、じろさん始め、一味一堂驚いた。じろさん「カンさん、妙に優しくないか?」‐「最近女ごゝろについては、散々勉強させられたんでね」。
だが、元の躰に戻つた後も、麻織のラヴラヴ光線は、打ち止めとはならなかつたのである。今回は未然に防げた。然し次回は… そんなカンテラの戰慄は納めきれなかつた。ロリータ攻勢はまだまだ續く。そんなの書く方も面倒臭い。だが、そんぢやまた、アデュー!! と一應して置く。お仕舞ひ。