第4話 口を噤む女神様
あれから、伊瀬くんは私にいろんな事をしてくれた。
安眠を促す枕や飲み物をくれたり、音楽を聞かせてくれたり、最初に学校に持ち込んだお香以外のお香を使ったり……私としてはとてもありがたかった。
でも、それだけで私のストレスが消えるワケじゃない。
私が対峙している欲望はそれだけ不快なんだ。
だけど伊瀬くんのおかげで少しはマシになった。
「…………ねえ、なんで私にここまでしてくれるの?」
だからこそ、私は知りたい。
伊瀬くんの事――私を気にかけてくれる理由とか、私の事をある程度認識してるそのワケとか、とにかくいろいろ。
別に……彼が気になっているワケじゃない。
いや、気になってはいるけれど……恋愛的な意味じゃ、ない。
「…………そうだなぁ」
伊瀬くんは笑顔のまま考え込んだ。
言い訳を考えてるのか、それとも……本当に、私にここまでしてくれる事に理由なんかなかったのか。
「しいて言えば、天塚さんの笑顔が見たいからかな?」
「…………馬鹿にしてる?」
ヒトによっては惚れる台詞かもしれない。
そういうシチュエーションが少女漫画にあったような気がする。
でも、私には分かる。
彼から感じるのは善意のみだという事を。
少なくとも嘘じゃないと思う。
たとえ嘘でも、私を思っての嘘だ。
だけど、私は今まで多くの欲望を目にした。
そして……言いたくないけど、今も苦しい。
私の事を、あまり知らないかもしれないのに。
その程度で私の苦しみを解決できると思っているようで……なんか嫌だ。
「してないしてない」
伊瀬くんは笑いながら否定した。
「というか、もう降参だよ」
そして彼は、なんとここが校内で、教室で、休み時間だというのに……私の耳元に、顔を近づけた。
一瞬、伊瀬くんの動きが見えなかった。
いや、それどころか……時間が止まったような感覚がした。
い、いったい何が――ッ!?
「いい加減、教えてほしいな♪」
耳元で、伊瀬くんが囁いた。
なんだか、聞くだけでゾクゾクした。
同時に、顔が熱くなるのを感じた。
いったい今、何が起こっているのか一瞬分からなくなって――。
「なんで天塚さんから、俺の知る女神様の気配がするの?」
――しかしその熱は、一気に引いて。
「…………ぇ……?」
何を言われたのか、これまた一瞬分からなかった。
だけど、伊瀬くんの言葉が少しずつ、私の中にしみてきて。
「それに、これと似たような術式を使ってるよね?」
さらに彼は、事実を告げてきて。
私は、それだけで彼がどんな存在なのかを悟った。
※
いい加減、俺は賭けに出た。
この瞬間まで、天塚さんの事を、いろんな手段――こちらの世界で使える手段に加え、あちらの世界で手にした手段も使って調べた。
だけどダメだった。
俺の知る女神様と同じ姿や気配はすれど。
ついでに言えば、現在俺が使っている気配遮断の術の気配もすれど。
眠っている最中の天塚さんの身に何が起きているのか。
その謎だけはどうしても解明できなかった。
なぜならば、これまた俺の知る女神様と同じ神気の波長を放つ……こちらの世界で言うところのジャマーみたいなモノが、天塚さんの中から放たれているからだ。
もしや、俺の知る女神様が受肉したのか。
それともこの世界における、巷では並行同位体などと呼ばれてる存在に憑依してこの世界を満喫しているのか。
そしてジャマーは、俺のような人間対策ではないか。
最初はそう考えた。
あちらの世界にもそんな神様がいたし。
けれど、彼女との会話の中でその可能性はないと察した。
もしも俺の知る女神様であれば、俺の事をすぐ思い出すハズだ。
カミはヒトよりも、出来が良いんだから。
受肉したとしても常人よりは出来が良いくらいだ。
ならばどういう事か。
もしも彼女が俺の知る女神様であった場合……こちらが想像できないほど特殊な状況下にあるに違いない。
そしてもしそうなら。
俺は彼女の力になりたい。
俺は彼女に大恩があるんだから。
「わ、私は……」
天塚さんは目を丸くしながら、どう話すべきか迷っていた。
よほど特殊な事情があるに違いない。
だけど俺は……エゴだろうと何だろうと彼女の力になりた――。
「オラァ!!!! クソ女神ィ!!!!」
――しかしその思考は、突然遮られた。
「とっとと出てこいやァ!!!!」
校庭の方から。
怒りの込められた絶叫が聞こえたせいだ。