第3話 少しは無理をしない女神様
私はいつも、ヒトの欲望を見る。
ううん、全部が全部欲望というワケじゃないけど……それでも、欲望が根本的な部分にある感情をいつも見ている。
見せられている。
何度この仕事をやめたいと思ったか分からない。
この仕事はこの仕事でブラックな仕事だと思うから。
でもこれは、私がわざわざ選ばれて。
それで私が、了承した上でしている仕事。
それにこれは、世界にとって必要な事。
だから私は続ける。
どれだけの数の欲望を見たとしても。
※
「…………んっ」
仕事を終えるといつも怠くなる。
そしてその影響で、眠りたくない時に眠ってしまう。
「おはよ、天塚さん♪」
そんな私に、途中から入学した伊瀬くんはいつも挨拶をしてくれる。
なぜか私に対して笑顔ばかりを向ける上に、なぜか私が眠っている事を認識している彼が。
私が寝ているのは誰にも知られないハズだった。
なのに彼は私が目を覚ますとすぐに挨拶をしてきた。
ワケが分からなかった。
顔には出さなかったけど焦った。
この人はどこまで知ってしまったのかと。
でも伊瀬くんは私に挨拶をするだけで、他に何もしない。
私が寝ている事を先生に言いつける事だってできるハズなのに。
それをネタに私を脅す事だってできるハズなのに。
挨拶以外、何もして……ううん。
よく見れば今も、挨拶以外の事をしていた。
彼は私に、制服のブレザーをかけてくれて。
さらには……お香を用意した上で、それをうちわでゆっくりあおいでいた。
「…………何、してるの?」
「ん? 天塚さんがよく眠れるようにお香を持ってきたんだ」
ちょっと何言ってるの?
全然ワケが分からないんだけど?
「天塚さん、なんだか無理してるようだからさ。あ、別にお香の代金を請求しようとか思ってないから、うん。確かに高価なヤツだけど貰い物だし」
まさか高価なお香だったの!?
そこはさすがに驚くけど……同時に、なんで無理をしてるのが分かったのか……それに、なんでそんな私にわざわざそんな事をしてくれるのか、分からなかった。
ううん、それ以前に……お香をわざわざ持ってくる、なんて行動の方がまったく理解できないけれど。
よく先生にバレなかったと思う。
「…………私は平気」
「俺にはそうは見えないな」
ポツリと、伊瀬くんが呟く。
すると私は、改めて彼が私の事を認識しているのに気づいた。
いったいどこまで認識しているかは分からないけど。
とにかく彼は、私が眠っているところをちゃんと認識している。
「…………大丈夫。あと、お香…………それに、ブレザー…………ありがと」
でも、少なくとも彼からは欲望を感じなかった。
それどころか彼は、善意しか私に向けていなかった。
まるで、初めての仕事の時のように。
ううん、それはともかく。
私は素直に、伊瀬くんにお礼を言った。
彼が何を考えているかは分からないけど。
私を思ってしてくれた事だから、ちゃんとお礼を言わなきゃ。
「どういたしまして♪」
すると彼は、また笑顔を向けてくれた。
なんだか、彼だけな気がする……笑顔を、善意を向けてくれるのは。
他の人は、私にそういうのを向けない。
私が、どちらかというと無愛想だから。
でも伊瀬くんは、そんな私に笑顔を向けてくれて。
私は、なんだか気恥ずかしくなって。
さらに顔が熱くなって……思わず彼から目を逸らした。
※
「喜んでもらえたようで、良かった」
わざわざ取り寄せたお香のおかげか。
あの後、天塚さんは少しは無理せず眠るようになった。
まだまだ無理して笑顔を作ってはいるけれど。
それでも今回の行動は、偉大な一歩になるんじゃないかと思う。
「さて、それはそうと……原因は全然分かんないんだよなぁ」
あれから、使える手段を全て使って天塚さんを調べてはみた。
けれどそのどれでも、天塚さんの作り笑顔の原因を突き止められなかった。
「…………いつか、笑顔を見てみたいなぁ」
笑顔ほど綺麗なモノはないと俺は思う。
だからこそ俺はできる限り明るくつとめてる。
それで誰かと笑い合えたら素敵だと思う。
できればクラスのみんなとも一緒に笑いたいけど。
俺の中では……申し訳ないけど、天塚さんが最優先なんだ。
ゴメンねみんな?