第一小節 - 慈愛
長い、長い夢を見ていた。
まるで他人事のように感じるその夢は、酷く現実的で苦しいものだった。
小さな船に乗ってただ海上を漂っている。次第に空は曇り雨は強さを増し、強い風と波に煽られ宛てもなく漂っていた。
不意に遠くの空から光が漏れ出し、そこから大きな大きな影が現れ近付いてくる。
アルマ。この島は俺のなんだ。一体俺に何を求めているのか。何もわからないまま眺めていると乗っていた船と衝突し、俺は沈んでいく。
息ができず苦しい。海中から見る空は徐々に晴れてきていた。
海上から自分を照らす眩しい光芒は強みを増し、そうして視界が真っ白になった時に目を覚ました。
「…おはよう、アニマ」
「おはようございます、エヒトさん」
目を開くと俺はアニマの膝の上にいた。昨日の事を思い出し急いで起き上がりアニマに向き直るも、気まずさからかアニマは若干視線を下げた。
「ごめん、重かったよな」
「いえ、このくらい大丈夫です。気にされないでください」
「ありがとう。…俺さ、なんでアルマに来たか思い出したんだ」
「最近外海からアクラルネ様が戻られた事は周知の事実です。それを追ってアルマに来られた事は容易に想像できていました」
「っ…分かってたのか…」
「確証がなかったんです。一昨日、目覚められた際に今代アクラルネ様のお名前を呼ばれていましたので、近しい関係の方ではないかと思っておりました。お伝えしようとしたのですが団長に止められましたので」
「そうか…ローゼンはどこまで分かってるんだ?」
「恐らく私が想像できていたことはその通り理解していると思います。ただ、やはり予想でしか無かったので確信している訳ではないかと。エヒトさんに姓をお伝えし何も思い出せなかったとしても聖域に向かうことは変わりませんでした。そこで確認ができましたので」
「確認っていうと、俺がそのエーデル家の人間だって分かるってことか?」
「はい、その通りです。その現象を説明することは難しいのでとにかく行くしかないのです」
「わかった。今から移動するか?」
「その前に確認を…エヒトさんは外海から来られたんですよね?昔の記憶とか、その辺りはどうですか?」
「それが全部はまだ…思い出したのも断片的なんだ」
「全てを思い出すにはまだまだ時間がかかるかもしれませんが、最終的な目標は定まりましたね」
「ああ、ネルに会いに行く」
「ですね。そうと決まればまずは腹ごしらえです。団長からこちらを預かっていますので朝食を頂いた後すぐ出発しましょう」
そういってアニマは肩に掛けている鞄を指先でトントンと叩く。
「そういえばその鞄、街では持ってなかったよな」
「ええ。これは空間魔法で内部拡張を付与した物です。団長が今回のために作ってくださり、中にはいくらかお金や食料を入れてあります」
そういってアニマは鞄からサンドウィッチを取り出した。ただの鞄にそんなものが入るのかと見入っていると朝食です、と手渡してくる。
「ローゼンはそんなすごいものを作れるんだな」
「確かに団長は凄いですが、この手の内部拡張を付与された収納具は珍しいものではないですよ?ただアルマでしか使用できないと聞いていますので外海では存在しなかったのかもしれませんね」
「ローゼンが言ってたあれか、その地の魔力に適合するかどうかと関係しているってことだよな」
「そうです。アルマに流れる魔力は海洋民に大きなシナジーを齎します。そのため、この地でしか使えない特殊な魔力が関係していると考えられています」
「そういう魔力とか適正とか、そういう話も良かったら教えてくれないか?」
「では聖域に向かう道中詳しくお話しますね。半日もあれば到着できると思いますので」
「分かった。よろしく頼むよ」
そこでこの話は終わり朝食を食べた。
スピカさん製のサンドウィッチは具がしっかり詰まっており食べ応え抜群で、2つ貰った所で満腹になった。
「それでは行きましょうか」
「ああ、行こう」
「昼間は騎士団や兵士に見つかってしまうかもしれませんのでこちらを被っていただけますか?」
そういってアニマは大きめの白い外套を取り出し手渡してきた。特に拒むこともなくフードを被る。
「これはこれで不審者じゃないか?」
「そのまま歩くよりましですよ」
少し微笑みながらアニマはそう言った。
周囲を警戒しつつ洞穴を抜け森の中を進む。街道の方は今のところ人影は無さそうだった。
「街道を進みましょう。昼間なので人の往来もあるはずです」
小さく頷きを返し進み始める。
森を抜けると明るい日差しに包まれ目を閉じる。
風が吹き段々なれてきた目を開くと、そこからはフローラルの街が一望できた。
「こんな感じだったんだな」
「ええ、綺麗ですよね」
先日見た丘の上からの景色とはまた事なり、少し小さく見えるフローラルの街は周囲を色とりどりの花で囲まれていた。カラフルなその花の絨毯が風にそよぐ姿は変わらず美しい。
「急ぎましょう。またフローラルは見に来れますよ」
「ああ、そうだな」
少し名残惜しさを感じながら俺たちは目的地の聖域に向けて歩き始める。
歩き始めてしばらくすると前方に騎士団と思われる一団が目に入った。
事前にアニマに伝えられていた作戦は、あえて怪しげな外套で顔を隠す事だった。認識阻害効果を付与されたこの外套は、顔が印象に残りにくく上手く判別できないらしい。
そうして相手から見える距離に近付いた時、1人の兵士がこちらに駆けてきた。
「この先への通行には検問が必要です。…顔をお見せできるか?」
「ええ、大丈夫です。あなた、顔を」
「ああ…」
フードを軽く上げるとあからさまに嫌そうな顔をし、兵士は失礼しました、お通りくださいと通してくれた。
兵士は俺達を追い抜いて一団の元へ戻り、隊長と思わしき人物に小声で話しかけている。聴魔力で盗み聞きしてみるととんでもないことを言っていた。
「あの外套を被った者ですが、見るも無惨な顔でした。アレは対象ではありませんね。気持ちの悪い夫婦です」
と。
横のアルマを見ると顔を逸らして肩を震わせていた。なんだ、一体俺はどんな顔をしてるんだ。
そうして検問所を抜けしばらく歩いてからアニマに声をかける。
「なぁ、俺はどんな顔になってるんだ?さっきの検問の人達、化け物を見たようなあからさまに嫌そうな顔をしてたけど」
「あ、いえ、その…ぷふっ」
「な、なんだよ!気になるだろ!」
「そ、そうですね、気になりますよね…。鏡、どうぞ」
アニマは笑いを堪えつつポーチから鏡を取り出す。その鏡を見て俺は絶叫した。
「なんじゃこりゃあああああ」
下手くそな化粧を施され、まさに化け物とでも言えるような顔が鏡に映る。まさか女装させたのか?いや女装にしても酷い。
「な、なんだよこれ。自分で見えるってことはこれ、認識阻害関係無しに実際今この顔なのか!?」
「す、すみませ…ぶふ、すみません!寝ている時に少し…その、お化粧しました」
「…アニマは綺麗に化粧できてるから普通にできたんだろ?顔を変えるにしてももっと何かなかったのか…」
「ま、まぁ無事通れましたので!この先は森が続きますしあそこで検問していたならもう騎士もいないでしょうから。化粧は落としましょうか!」
「はぁ…まぁ助かったから許すけど…。朝目を逸らしたのは気まずさからじゃなかったんだな」
「え?気まずい?」
「いや、なんでもない。今度からこういう時は一言言っておいてくれ」
「はい、分かりました」
キリッとした顔でアニマは答えた。しかし手を見ると強く拳を握りプルプル震えている。小さくため息をついて化粧を落としてもらうよう頼んだ。
そうして元の顔に戻り目的地に向かって再度歩き出したのだった。
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「アニマ、あそこ…」
「ローウルフ5頭ですが…こんな街道沿いに現れるなんて珍しいですね…」
「やるか?」
「ええ、記憶が戻った今なら簡単ですかね?」
「すまない…戦闘関係の記憶もほとんど思い出せてないんだ」
「わかりました。まず普通の群れなら余裕ですが、リーダーがいるようなので注意してください」
「分かった」
500メートルほど先に発見した魔物の一群は既にこちらを認識しているようだった。
眼魔力で見ていると統率を取る大きなウルフがいる。あれが頭のようだ。
「まずは頭を獲りたいけど…やれるかな?」
「絶対とは言いきれませんがやってみましょう。私がそちらへ行きます」
目で合図が送られ同時に接近する。アニマは腰に下げた短剣を抜きながら魔力を込める。
それに続くように俺は足に魔力を込め駆け抜ける。
『ウルフ系は素早く地を駆け、強靭な爪で切り裂いてきたり噛みついてくることが多い。ローウルフの中には稀に地の魔法を使うやつもいるが、十分注意すれば避けられるはずだ。基本は機動力を削ぐ事を優先しろ、まずは足を狙え』
まただ。師匠の言葉が頭を過る。
この言葉を信じて、俺は下段蹴りを行った。
「転脚!」
前方と右のローウルフの足が鈍い音を立てて折れる。まずは機動力を…。
隣を横目で見ると、追い付いたアニマが1頭の足を剣で割いたところだった。その勢いのままに群のリーダーへ接敵する。ローウルフのリーダーは反応できていないのかアニマをただ見ていた。
「翔舞剣!」
下から上方向へ流れるように昇る剣戟は、正確にリーダーの首元へ吸い込まれていく。
しかしその動きがスローに見え、嫌な予感が胸に込み上げる。
何かを失念している…。
『稀に地の魔法を使うやつもいる』
不意に思い出したその言葉が脳内で反芻する。
俺達が気付いた500メートル前方で、既にこいつらは俺達を敵と認識していた。
魔法の発動には、ラグがある。
「アニマああああ!下だああ!」
大声でアニマに魔法が来る事を共有する。
アニマは剣の軌道を力任せに切り替え、そのまま跳躍。
その瞬間、先ほどまでアニマがいたその場所に先の尖った岩がせり上がる。
悪い予感が的中した。アニマは俺の隣に着地し敵を睨む。
「助かりました。さすがに簡単すぎると思っていた所です」
「3頭はもうまともに動けない。残りはこのリーダーを合わせて2頭のみだ。先に周りのを仕留めるぞ」
こくりとアニマは頷き、周囲に転がっているローウルフに止を刺した。
俺も足に魔力を纏い、まだ動けるローウルフの頚筋へ蹴りを振り下ろす。短い悲鳴を上げ倒れた姿を見て、リーダーは雄叫びを上げる。
その威圧をビリビリと肌に感じ、胸が高鳴る。
「まずは機動力を削ぐ」
短く言葉にし、ローウルフの横っ腹に蹴りを叩き込むが余り堪えていないようだ。横に飛び退いた姿勢から素早く噛みついて来る。
「させません!」
スッと前に飛び出したアニマは、連続の噛みつきを短剣でいなす。
「エヒトさん!」
「おう!」
ローウルフが一歩下がった隙を逃さず、前に踏み込み。
「突掌底!」
鼻頭に叩きつけた一撃は効いたようで、頭をブルブルと震わせ更に後退する。鼻先からは赤い血がポタポタと溢れていた。
自らの血を見たためかダメージを負った事への慟哭か、一際大きな声で雄叫びを上げる。
アニマは雄叫びを上げるローウルフに、その隙を逃すまいと一気に接近する。
構えた短剣は練り上げられた高密度の魔力を纒い、その首を切り落とさんと振り上げられた。
しかしその攻撃は寸でのところで届かず、ローウルフからの横殴りの一撃がアニマを弾き飛ばす。
弾き飛ばされたアニマを見るとフラフラになりながら立ち上がった。
「エヒトさん!私は大丈夫です!油断せず闘えば負けることはないはずです!」
数メートル吹き飛ばされ怪我をしたアニマは血を流し右腕を抑えていた。それでも空元気を見せ俺を鼓舞する。
ローウルフから強い一撃をもらったアニマはフラフラだ。俺が決めるんだ。俺が…。
そう思った時、目の前のローウルフが瞬間的にぶれ、目の前から姿を消した。
どこだ!?逃げたのか!?そう思いアニマを見ると、フラついたアニマのすぐ後ろにローウルフは現れた。
「あ、アニマ!アニマああああ!!」
助けられないのか、また俺は、失うのか…?
「あああああああああ!!!」
体から魔力が噴出し全身に力が滾る。一気に血が全身を駆け巡るように熱くなり、その体の熱をぶつけるように地面を蹴りつけた。
アニマまでの距離は僅か数メートルだ。
今にもアニマの命を奪おうとローウルフの凶牙が迫る。
「魂砕撃!!」
ローウルフに向けてありったけの力をぶつける。漏れ出ていた魔力は体に逆流し、右手の拳に収束する。
膨大な魔力を帯びたその拳の一撃は顎を砕き、牙を折り、そのままローウルフの顔面を弾き飛ばした。
とんでもない威力の攻撃を放ち、一気に疲れが体を脅かす。
目の前にはしゃがみこんだまま呆然としたアニマがこちらを見ていた。
「アニマ、ぶ、無事か」
息も途切れ途切れに声をかけ、俺は膝から崩れ落ちた。
そのまま地面に倒れ伏そうとしたところで、アニマは俺を抱き止めてくれた。
「無茶、しすぎですよ…。ありがとうございます」
「助けられて良かった、もうあんな思いはしたくない…」
「…また何か思い出されたんですね」
「……俺の友達が昔、海魔に襲われたことがあった…。俺にはどうしようもなかった。逃げるのが精一杯だったんだ。そいつは大怪我を負った。死にはしなかったけどもう戦う事はできなくなった。師匠の元で切磋琢磨してきた、大事な友達だったのに」
「そうだったんですね…。でも、貴方は強くなった。私を助けてくれた。それでも、今も後悔していますか?」
「少し、救われた気がする。あいつの分まで強くなると誓ったんだ。それが無駄じゃ無いってわかったから、少しだけ救われたよ」
アニマは頭部を失ったローウルフを見ながら話を続けた。
「ローウルフのリーダーから獲れる高級素材、牙は粉々になってしまいましたね」
「はは、仕方ないだろ…」
「そうですね。命あってのモノですから。もう少し休んでから行きますか?」
「いや…そうだ!アニマ怪我しただろ!?」
アニマの腕から離れ顔を見る。
キョトンとした顔でアニマは俺を見返し、そういえば、とハッとした顔で袖を捲りダメージを受けた場所を見せてきた。
「怪我してなかったのか?」
「いえ、めちゃくちゃ痛かったです」
「でも、それ」
アニマの腕は怪我ひとつない綺麗なものだった。
「回復魔法…?いやでも、使えないって言ってたよな」
「はい。回復魔法は使えません。種を明かせば何てこと無いのですが、私の体はちょっと特殊でして…今回のようにダメージを受けても徐々に回復するんです」
「そんなことあるんだな」
「でも攻撃を喰らうと痛いことに変わりはないので」
アニマはそれと、と続ける。
「もし治ることを伝えていたらあそこまで本気を出して守ってくれましたか?」
少しいたずらっ子のような笑顔を見せ、袖を戻しながらそんな事を言ってくる。
「当たり前だ。治るって言っても、死んだらどうしようもないだろ?」
「…ええ。その通りです。だからこそ本当にありがとうございました」
「仲間だからな。…俺もアニマに助けられてるよ。その、ありがとな」
少し照れ臭くなりながらお礼を伝えると、アニマは顔を逸らしながら立ち上がった。
「さて、そろそろ動けそうでしょうか?」
「ああ、先を急ごう」
ローウルフの死体を焼却した後、俺達は聖域に向けて歩き始めた。
「そういえばアニマは火魔法が使えるんだな」
「そうですね。元素魔法では一番得意ですよ」
「俺も大陸で練習した事があるはずだけど、魔法の類いは一切使えないんだよなぁ」
「団長が言っていたあれのせいだと思いますよ」
「あれか、アルマと大陸で魔力の質が異なって、適合するかしないかで出来る事と出来ない事が明確に別れるってやつ」
「はい、それです。アルマでは使えるかもしれませんよ。何せエーデル聖家の血筋ですし」
「それを知りたかったんだよ、魔力の適正とか性質ってやつ。あとエーデル家についてもよかったら教えてくれないか?」
「移動中はとりあえず魔力についてお教えしますね。エーデル聖家については聖域の目的地に着いてお伝えします」
そういってアニマは魔力について教えてくれた。要点は以下のようだ。
1.魔力はほとんど全ての生命が持つ魔力回路を伝っている
2.魔力は魔法と魔術に主に使用するが、その括りから外れたものが存在する
3.先天的に使用できる魔法は決まるが、一部の魔術と原則の括りから外れている眼魔術、聴魔術、纏魔術は修行により会得する事もある
4.アルマでは聖域を中心に各地で魔力が噴出しており、それにより特有の魔力に満たされている、らしい
5.そのためアルマの魔力に馴染んだ魔力回路を持たない者がアルマで魔法や魔術を使用するには永い年月が必要となる
ざっとまとめるとこんな感じだった。
「結構ちゃんとしたルールがあるんだな」
「これは長年研究されて分かったことみたいです。どれだけ訓練しても伸びない者がいて、もしかしたら魔法への適性や魔術への適性、そういった別の分野に伸ばせるかもしれない。そういう研究が昔されていたそうですよ」
「…俺は大陸民なのになんで使えるんだろうな」
「推論として話してきましたがほぼ確実に貴方は海洋民の神の末裔ですからね。使えない道理は無いかと思います」
「そういうもんなのか」
「そういうもんです」
魔力のルールは良く分かったがやはり疑問が残った。
俺の父親は大陸民のはずだ。母は…聞いたこと無かったな。でも昔から大陸に住んでいるとは聞いていた。どこか遠い先祖にルーツがあるのだろうか?
そんなことを考えているとアニマが立ち止まった。
「どうした?」
「着きました、ここから先が聖域です。一般人が立ち入ることはできませんが、私達なら入れるはずです」
「それも血に刻まれた盟約ってやつだな」
「そうです。私の一族はお伝えしていたように聖域の浄化を生業としています。つまり通れます。そしてエヒトさんがエーデル聖家の者なら同様に通れるはずです」
目の前をしっかり見ると薄い光のカーテンのようなものがユラユラと揺れていた。ごくりと生唾を飲む。
「ちなみに、入れなかったらどうなる?」
「入れない場合は…」
「入れない場合は…?」
「入れないです」
「は?」
思わずポカンとしてしまった。
「いやいやいや、こういうのって入れなかったら痺れたり最悪死んだりするもんじゃないのか?」
「聖域は各地にあります。巡礼の際は一部権限が軟化されて一般の方も見に来ることが出来るんです。万が一子どもや旅人、新婚の夫婦が知らずに近付いて死にました、じゃ大問題ですよ」
「まぁ、そりゃそうかもしれないけど…」
「第一、そんな危険な賭けを安全だと確信がないまま試すわけないでしょ…」
少し呆れたようにアニマは言い切り、じゃあ早速行ってみましょう、とまるで子どものようにワクワクした様子で光のカーテンに手を掛けた。
それは特に抵抗する様子もなく、ヒラヒラと舞いながらアニマを向こうへと通した。
「やはり私は大丈夫なようです、エヒトさんも」
言われて同じようにカーテンを捲る。
俺の時もアニマ同様特に抵抗もなく通ることができた。
「これ、ホントに何か機能してるのか?」
「してますよ!…私の父達が見回っているはずです」
「そうか。まぁ意味があるならいいんだ」
少し過去を思い返したのか顔を下げたアニマの頭を撫で、奥へと歩き出した。
「この先には何があるんだ?」
「実は私もフローラルの聖域は初めてでして…口伝でしか知りませんが大きな滝があると言われています。そこから溢れる魔力が川を流れ、フローラルの街のあの花畑を形成している、と」
「そういうことだったのか。とりあえずそこまで歩くってことだよな?」
「はい。聖域内は基本魔物もいませんから安心して向かえますよ」
そう言って軽い談笑をしながら進むことしばらく。
うっすらと滝の音が聞こえ始める。
「もうすぐですね」
「ああ。そこで俺の何かが分かるんだから、ちょっと楽しみだよ」
「ふふ、子どもみたいですね」
「なっ。さっき聖域の入り口を通る時、誰よりも子どものように眼を輝かせてたくせに」
冗談を言い合いながら森の中を進む。進んでいく度に滝の音は大きくなり、次第にその姿が見えてくる。
「あれが…」
滝まであと100メートルほど。
そこからはっきり見える横に大きな滝は、優しい音を響かせていた。
「着きましたね」
「凄いな、綺麗だ」
「そうでしょう。こういった場所がこのアルマにはまだまだあるんですよ」
若干のドヤ顔を見せながらアニマは微笑んでくる。
「で、どうしたらいいんだ?」
「エヒトさんの左耳に着いているイヤリングを外して掲げてください。そうしたら分かるはずです」
「イヤリング…。これは母さんの形見だ。これに何か秘密が?」
「ええ。滝の正面に円状の岩が見えますよね?あそこに立ち眼を閉じて掲げて頂ければ大丈夫です」
「わかった。行ってくるよ」
そうして俺は滝の手前の浅瀬から川の中に入った。
冷たいはずの水は優しい温もりを感じる不思議な感覚だった。そうして川の中央にある円状に成型された岩の上に立つ。
イヤリングを外して手に持ち、眼を閉じる。
握った手を掲げようとした、その時。
「エヒトさん!!避けて!!!」
アニマの声が耳に届く。目を開けると目の前に大きな塊が接近していた。
考える暇もなく上体を倒してその物体を避けると、川を渡ってきたアニマが声をかけてくる。
「エヒトさん、不味いです」
「ああ、分かってる。こいつはヤバそうだ」
見たこともない巨大な蛇型の魔物は、こちらを凝視し尾を水面に叩きつけ威嚇していた。
「アニマ、やるぞ!」
「はい!」
こうして唐突に戦闘は始まった。