第一小節 - 心音
竜車へ戻るとローゼンは拍手をしながら先ほどの戦闘について語りかけてきた。
「凄い活躍だったね、あっさり倒してしまうとは」
「最初の腹への一撃がうまく行ったおかげだよ。特別なことなんてしてないさ」
「いや、それは違うね。君はその身一つで魔物と渡り合っている。戦闘技術を持たない者とは雲泥の差だよ」
「昔いろんな修行をしてたようだからそれだろうな。記憶は完全でなくても身体は覚えているみたいだ」
「そうだね。ま、夜営地も近いしそこで魔物が出ないとも限らないから。頼りにさせてもらうよ。連戦だったし何かあるまで休んでても良いよ」
「そうさせてもらえおうかな。少しずつ思い出せてるから戦闘はすべきだろうけど、やっぱりまだ疲れるよ」
その後は特に魔物との遭遇もなく無事夜営地へとたどり着いたようだ。
移動中うとうとしてしまい、良い匂いに誘われて目を覚ました時には既に日が沈む前だった。
夜営の準備は完了しており、先ほど討伐したベアズリーとマッシュを使った料理を頂いた。
「ベアズリーの肉って結構旨いんだな」
「それはね~作った人の腕が良いからだよ~」
「これは誰が?」
「あそこにいるお兄さんだよ~。スピリさんって言うんだけど、色んな調理に精通してるんだ~」
リテはそう言いながら作者のスピリさんへ手を振る。こっちに気付いた様子のスピリさんへ頭を下げると近付いてきた。
「エヒト君で合ってるよね…?」
「はい、エヒトです。スピリさんの作ったご飯、とても美味しく頂いてます」
「それは良かった。僕は戦う力が無いから…でも料理だけは団の中で負ける気はしないね」
「スピリさんは料理担当で楽器隊の一員なんだよ~」
「演奏をされるんですね」
「そうだね、縦笛や横笛なんかを担当しているよ」
「すごいですね。俺はできないので…」
「およ?エヒトくんはその辺りのことを思い出せたの~?」
「あぁ、いや。そんな気がするだけだよ。思い出すのは戦いの事ばかりだし、そういった芸術面は妹が…」
「…妹が?」
「いや、ごめん。妹が、いるみたいなんだけど…だめだ、思い出せないな…。すごく大切なことだと思うんだけど…」
「…そっか!なら思い出せると良いね~。無理はしちゃダメだよ~?」
「そうだよ、少しずつ思い出せることからで良いんじゃないかな?といっても僕は今君が記憶喪失だって知ったけど」
あっけらかんとした感じのリテを見て苦笑いをしながらスピリさんは言った。
「おや?エヒトくんはもううちの団員と親睦を深められているようだね」
隣からローゼンとアニマ、それと知らない女性2人が連れ立って近付いてきた。
「あっ、だんちょ~。もう周囲の確認は終わったんですか~?」
「そうだね、特に問題なさそうだったよ」
「あ、ごめん…俺が寝てたから」
「気にしなくて良いよ、特に何もなかったから。ここは人の匂いが残ってるだろうからね、獰猛な魔物でもない限り率先して近付いてくることは滅多に無いのさ」
「それならよかったけど…」
「そうそう、エヒトくんにうちの団員を紹介しておきたいなって思って。アニマちゃん、リテちゃん、あとスピリくんはもう大丈夫そうだね」
「そうだな、良くしてもらってるよ」
「はは、それは良かった。で、とりあえず後この2人も紹介しておこうかなと」
「いいよ、あたしは」
「良いじゃない、団員以外の方と一緒に旅をするなんて随分久しぶりだわ」
「そうだよ、フェローちゃん。ドルチェちゃんもこう言ってるし、ね?」
「はぁ…」
わかりやすいため息をついてフェローと呼ばれた女性は自己紹介を始めた。
「あたしはフェローチェ。みんなにはフェローって呼ばれてる。好きに呼んで」
「私はドルチェ。ふふ、若い男性はスピカ君以来かな?仲良くしてくれると嬉しいな。フェローちゃんとは双子の姉妹なの」
「ありがとうございます。俺はエヒトです。お二人の演舞拝見しました、とても素晴らしかったです。しばらくの間厄介になりますが宜しくお願いします」
「あらあら、随分礼儀正しいのねえ。礼儀正しいコは好きよ。ね?姉さん」
「ふん」
つんけんしたフェローチェさんとは対照的にドルチェさんは柔和な物腰で語り掛けてくる。双子なのに正反対の2人に内心苦笑しながら話を続ける。
「お二人は俺と同い年でしたよね?」
「あ、そうね。じゃあエヒト君は今17歳なのね。子ども扱いしてごめんなさい」
「いえいえ、気にしないでください。接しやすいようにしていただいて構わないです」
「そお?それなら…」
「おい、ドルチェ。あまり他人に心を許したらだめだ」
「姉さんは少し冷たすぎると思うの。良いじゃない、少し仲良くするくらい」
「…勝手にしな」
そう言ったフェローチェさんはスピカさんを呼び、少し離れた場所に座り食事を始めた。
「姉さんが好ましくない態度を取ってごめんなさいね。悪気があるわけではないの」
「いえ、大丈夫です。適切な距離を取ることは大切だと考えていますから」
「そう言ってくれると嬉しいわあ。私も一緒にお夕飯頂いても良いかしら?」
「俺の事はお気になさらず、どうぞ」
「ありがとう!スピカくん、お願いしてもいい?」
それを聞いたスピカさんはすぐに移動して慣れた手付きで食事を用意した。
その後は特に波風が立つことは無くわいわいと語り合い平和な食事会になった。食事後はローゼンへ聴魔力の訓練について聞きに行くことに。
「楽しい夕食になったね。団員以外との触れ合いは良い影響があると考えているから、仲良くしてもらえると嬉しいよ」
「あぁ、みんな良い人ばかりだよ。まだちゃんと話せてない人もいるけど」
「あと7人団員がいて、メンバーは楽器隊6名と歌手1名だね。何人かで今日の反省会をしてたみたいだからまた別の機会に紹介させてもらうよ」
「覚えられるか自身無いけどな」
「そりゃそうだね。一気に13人紹介されても難しい」
「時間があるときでいいさ。で、早速だけど聴魔力のこと教えてもらえるか?」
「もちろんだよ!じゃあ早速始めようか。眼魔力を使う時の魔力経路は分かるよね?」
「あぁ、目の奥深くに魔力を集める感覚でやったよ」
「そんな感じで耳の奥を意識してやってみるといいよ。後は言った通り、聴こうとすることだ。意識して、自分を中心に波紋が広がるように、薄く薄く伸ばしていく感覚だ」
「わかった」
「最初に言ったように静かな環境で行う方が芽が出やすいからね。ちょっと森の中に入れば静かだろうしそこでやってみたらどうだい?」
「そうさせてもらおうかな、ありがとう」
「魔物が出るかもしれないからあんまり遠くには行かないようにね、僕たちは会議してるから。じゃ、行ってらっしゃい」
笑顔で小さく手を振りながらローゼンは俺を見送った。
竜車の外では他の団員が談笑しているのが見える。確かに少し奥に行けば静かになりそうだ、そう思い森の中を進んだ。
しばらく離れたところに大きな岩があった。その裏に回り背中を岩に合わせて目を閉じる。
聴こうとするように、薄く魔力を伸ばし音を聴く。
ローゼンの言葉を念じるように頭で繰り返し、意識しながら耳の奥に魔力を集める。
そうして目を閉じたまま自然の音を聞き結構な時間が経過した。
ふいに耳元に聞こえてきたのは誰かの小さな息遣いだった。俺の来た道の方向、少し離れたところから聞こえてくる。
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Side アニマ
彼はとても怪しい。記憶がないと言いながら最適かつ最短の手順で魔物を倒し、果ては30分足らずで眼魔力が使えるようになるなど信じられない。
今は一人で聴魔力を練習しているとのことだが元々使えないのかも疑わしい…。
今は後方から探っているが動く気配はない。どこかの間者で報告でもしているのかと思ったがそうではない様子。
念のため連れてきたリテは私より更に後方で聴魔力を使ってもらっている。
気を張っていると不意に、岩の裏からエヒトが顔を出した。
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この気配は恐らくアニマだ。もう少し後ろにはリテもいるかな。
俺は声をかけようと立ち上がり岩から顔を覗かせる。
「アニマ、とリテだよな?何かあった?」
風で揺れる木々の擦れた音しか聞こえない森に俺の声は消えていく。
そうして声をかけても特に反応は無かった。
「気のせい…?確かに聞こえはずだけど、まだまだか」
愚痴のように溢したその言葉を口にし目線をそのままに岩の裏に戻ろうとした瞬間だった。
抜剣した状態でアニマは接近し、ほんの数秒で距離を詰められ喉元に刃を押し付けられる。
「な、おい!なんだよ!」
「それはこちらの台詞です。貴方は何者ですか」
「な、何者ってエヒトだよ、知ってるだろ」
「そう言うことを聞いているのでは無い」
酷く冷たい声音でアニマは続ける。
「今日一日貴方の動向を監視させていただきました。私たちに取り入ろうとする輩は多い。どう考えても貴方は異常です。今日1日で眼魔力と聴魔力を習得するなど、普通はありえない。元々使えたのでは?洗いざらい話しなさい」
「まてまて!本当に俺は何も知らない!覚えてないって言っただろ!」
「こちらはそれを疑っています。どれだけ異常なことか、理解するべきです。そもそも私たちは気配を隠していました。近かった私はともかくリテになぜ気付けるのです」
「それは…」
「…」
「…リテの寝息?が聞こえたから…」
「…はっ?」
少し驚いた顔でこちらを凝視するアニマは訝しげな様子のままリテに声をかけた。
するとアニマがいた場所より後方の影からリテが姿を表す。
「リテ、貴女寝てたの?」
「ぅ…ごめんなさい~、うとうとしてました…」
「…はぁ…」
ため息をついて呆れた様子のアニマは続けて声をかける。
「心音は?」
「アニマと話し始める前、エヒトくんが声をかけてきた時から~」
「で?」
「うーん、特に~」
「そう、でもここまでの使い手なら隠すこともできるかもしれない」
「どうかな~」
「…話を戻しましょう。貴方はどこから来たのか、なぜ技団に同行しているのか、包み隠さず説明を」
「わかった、覚えている範囲でなら」
「ひとまずそういうことにしておきましょう」
剣を喉元に突き付けたままアニマは俺の話を聞いていた。
パカタメンテで目を覚ましたこと、医者をしているザント、娘のミサ、ペットのターブルたち一家に原初の泉付近で倒れているところを救われたこと、祭りでタクトゥスの演舞を見たこと、その翌日に騎士団に捕縛され幽閉され、そしてローゼンに救われたこと…。
「それからは知っての通りだ」
「そうですか」
短く返事をしたアニマは横目で目配せし、それにリテは頷きで応える。
スッと短剣を首元から離しアニマは続ける。
「突然このような事をしてすみませんでした。エヒトさんは嘘をついていないと思われますので、ひとまずは同行を認めさせていただきます」
「そ、それはどうも」
「ですが」
少し語気を強め、その後の言葉を噛み締めるように続ける。
「エヒトさんに絶対的な信頼が持てているわけではありません。怪しい行動を見つけ次第、今回のように対処いたしますのでそのつもりで」
「…肝に銘じておくよ」
「よろしい」
「ねえねえ、エヒトくん。もしかして聴魔力使えるようになったの~?」
空気を変えるようにニコニコしながらリテは尋ねてくる。
「多分?使えるようになったのかな?」
「そうですね、岩を挟んだうえでエヒトさんと割と離れた所にいたリテの"寝息"が聞こえたということは恐らく…」
寝息の部分を強調しながらアニマはそう言った。横ではリテが気まずそうにへへへと笑っている。
「ま、まあ~とりあえずエヒトくんは怪しくないってことで!みんなのとこに戻ろっか~」
「…そうですね、リテに言われるのは癪ですが」
「はは、確かにね」
軽く冗談を言い合いながら夜営地へ戻る。ローゼンはアニマが男性を嫌い、そして警戒していると言っていたし本人もその様子ではあった。
結構驚きはしたがアニマにとってタクトゥスの団員は家族そのもののはずだ。それを守ろうとすることは当然だろうし、どんな過去を抱えているのか、そんなことを聞くのは野暮だろう。
これからは極力刺激しないようにしようと心に決めて戻ったのだった。
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「やぁやぁエヒトくん。無事聴魔力を習得できたみたいで良かったよ。あ、あと体も無事で良かった」
「…気付いてたのか」
「そうだね、君たちの会話が聞こえていたからね」
「ここから相当離れてたぞ」
「そのくらいなら聞こえるさ。リテちゃんはその倍は聞こえるはずだよ」
「こりゃ内緒話はできないな」
「ま、なんでもかんでも聞いてるわけじゃないからね。基本リテちゃんは自分の名前に限定して反応していると思うよ」
「えっ、それなら…」
「はっ!」
バッと揃って後ろを振り替えると、竜車の荷台の影からこちらを見るリテの姿があった。
「…筒抜けですよ~?」
「「ひっ」」
男二人揃って悲しい悲鳴が漏れ心臓は速度を上げる。
暗闇から覗き込んでそんなことを言うリテは少し怖かった。
その後はなにも言わずスーッと暗闇へ溶けるように消えていった。女性用の別の荷台に戻ったのだろう。
「は、はは。びっくりしたね」
「そうだな…まさに地獄耳…。これからはもっと気を付けよう」
「そうしようね、心臓に悪いからね」
その後は他愛ない会話をして床についた。
1日、たった1日で沢山のことがあった。騎士団に突然捕縛されて逃亡し、その後は新しい技術を覚え記憶を少し取り戻し、そして知り合いも増えた。
とても濃い1日だった。少し戻った戦闘の記憶、アニマとの衝突、そんなことを思い出すと心臓は緊張を思いだし強く鼓動した。そんな心音が耳に響くようで心地よく、少しずつ体の力を抜き俺は目を閉じた。